開幕・針は止まり、時間は進む
新連載始めました!
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開幕のベルが鳴って、ふっと部屋が暗くなる。
その中で正面の舞台だけが光に照らされ、中心に立つ一人の男がぺこりと恭しく頭を下げた。
「初めまして、ご来場の皆々様。本日は足元の悪い中、当劇場にようこそお越し下さいました」
そんな堅苦しい挨拶と共に、男の前説が始まった。話の中に混じる小粋なジョークと、幼子の笑い声のように軽快な音楽がなんとも小気味良い。
「………さて、本日の演目は当劇団の十八番。
不思議な世界から来た少年が、止まった世界を救う為に奔走する冒険活劇。それではどうぞ、お楽しみ下さい―――」
男はわざとらしい程大きく身体を動かして、舞台袖に引っ込みながら舞台の題目を口にする。
「―――『時計塔のココル』!」
◇
今より、ほんの少し昔の話。この世界の裏側には、もう一つの世界が在ったそうです。
その世界の名は『夢世界』。妖精やドラゴン、ペガサスのような幻の動物達が当たり前に棲む世界。
そんな世界に建つ、大きな古びた時計塔。ここにはある一人の少年が、お爺さんと共に住んでおりました。
「ごしごしー、っと………よし、こんなもんかな!」
少年の名はココル。好奇心旺盛で心優しい、けれどほんのちょっぴり向こう見ずな妖精の男の子。
「爺ちゃーん、文字盤磨き終わったよー!」
「おお、ありがとうなぁココル」
ココルのお爺さん、チクタクはココルの本当のお爺さんではありません。ですがお互いにお互いを大切に思い、二人仲良く暮らしていました。
「すまんなぁ、儂ももう歳なもんで………腰が言うことを聞かんのよ」
「いーよいーよ、だって僕時計掃除好きだもん!」
「そうかいそうかい………良い後継ぎが居て、儂は幸せ者じゃのう」
何故、二人がこの時計塔に住んでいるのか。それには、海よりもずぅっと深い訳がありました。
「良いか、ココル。この時計塔の時計は、絶対に壊してはならんぞ。もし壊れてしもうたら………」
「爺ちゃん、それもう何度も聞いたー」
「何度でも聞くんじゃ、大事なことなんじゃから。何せこの時計塔が壊れたら、『向こうの世界』が大変なことになってしまうんじゃからな」
………そう、この時計塔にはある重大な役割があったのです。
それは、私達の住むこの世界―――向こうでは『現世界』と呼ばれるこの世界の時間が、正常に進むよう調整することでした。
もしもこの時計が壊れたら、現世界の時間は止まってしまう!
………だから、そうならないようにする為に時計を守っているのがココル達『時計の妖精』だったのです。
「儂ももう歳じゃ。じゃからこれからは、後継ぎのお前がこの時計を………って、おらん!?」
正直、ココルはこの話を聞き飽きていました。なので話の途中でこっそりと抜け出してしまったのです。
「………はぁ〜ぁ………」
ココルはほんの少し、複雑な気持ちでした。
「僕は将来、時計塔の管理妖精になるのかぁ………」
別に、それが嫌な訳ではありません。ですが、ほんのちょっぴり物足りないのです。
「………現世界って、どんなところかなぁ?」
ココルは現世界のことを、チクタクから聞く程度にしか知りません。ですがチクタクも外の世界に出たことは無いので、全く想像ができないのです。
「………何も知らない世界のことを、何の為に守るのかな?」
そんなことを考えながら歩いていた時、不意に近くの茂みからガサガサと音がしました。
「あれ?何だろ………妖精かな?」
そう思って、音のした茂みに近付いてみると。
「うぅ………」
「………誰だろ、この子」
そこには、一人の少年が倒れていました。ココルよりもずっと大きな身体をした、黒い髪の男の子です。
「ねぇ君、大丈夫ー?」
「ぅ………お腹、すいた………」
「お腹?分かった、ちょっと待ってて!」
ココルは近くの木に登って、果物をひょいひょいと幾つか採って男の子に渡しました。男の子はそれを凄い勢いで食べ尽くし、小さく息を吐きます。
「ふぅ………ありがとう、助かったよ」
「いーよ、気にしないで!僕はココル、君は?」
「………ユースケ」
「ユースケかぁ!ねぇねぇユースケ、君はどこから来たの?」
「え?えっと………カチャタン王国だけど」
ユースケの言葉に、ココルは瞳を輝かせます。
「知ってる!現世界にある『国』ってやつだよね!」
「………現世界?」
「あれ?………ってことはユースケ、現世界から来たの!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!その、現世界って………って言うか、ここはどこなのさ!?」
「ここ?んーとね、ここは夢世界だよ!」
「ゆ、夢世界………?夢を見てるってこと………?」
「あ、そっか。現世界の人はここのこと、知らないんだ」
ココルはユースケに、この世界のことを教えてあげました。この世界が二つの世界で出来ていること、それぞれ違う部分、自分が妖精であることなどを。
「し、信じられない………と言うか、だったら何で僕はここにいるの?」
「ああ、偶にあるんだ。二つの世界の間に穴が空いて、こっちの動物が向こうに紛れ込んじゃったり………後、そっちのものや人が迷い込んで来たり」
「そ、そうなんだ………ねぇココル、僕、帰れるの?」
「んー………分かんない!」
「そ、そんなぁ!」
「僕は分かんないけど、爺ちゃんなら分かるかも!ねぇ、一緒に爺ちゃんの所に行こう!」
「そ、その人なら………うん、行くよ!」
二人は急ぎ足に、時計塔に戻ります。しかし時計塔に着いた二人を待っていたのは、驚くべき光景でした。
「おーい、爺ちゃーん!お客さんだよー!」
「す、すみませーん………」
呼んでみますが、誰も出て来ません。
「おかしいなぁ………って、あーーーっ!」
周辺をきょろきょろと見渡して、最後に塔のてっぺんにある大時計を見上げたその時………ココルは、思わず叫んでしまいました。
「な、何!?どうしたのさ、ココル!?」
「お、大時計が………止まってるーっ!」
何と、大事な大事な時計塔の大時計が止まっていたのです。
「じ、爺ちゃーん!」
「ま、待ってよココル!」
ココルは大急ぎで、時計塔の中へ飛び込みました。その後を、慌ててユースケが追いかけます。
そして、中に入ると………なんと。
「………じ、爺ちゃん?」
チクタクが、床に倒れていたのです。
「爺ちゃん、しっかりしてよ爺ちゃん!」
ココルは慌てて駆け寄り、倒れたチクタクを抱き起こそうとしました。が、その時。
「ふぐぉぉぉぉぁぁあ!!!!!」
身体を掴まれたチクタクは、突然大きな叫び声を上げたのです。
「爺ちゃん!無事だったんだね、爺ちゃん!」
「お、おぉ………ココルか………あ、待て、動かすなぁ痛だだだだだだだ!!」
ココルが嬉しさからチクタクを揺さぶると、チクタクは更に辛そうな声を上げます。
「ど、どうしたの!?どこが痛いの!?」
「腰じゃ!ぎっくり腰で動けんのじゃ!」
「………へ?ぎっくり腰?」
ココルが動きを止めると、チクタクはようやく落ち着いたようで何が起きたのかを話してくれます。
「………実はの、お前が居なくなった後に悪戯妖精どもが来たんじゃよ。それで彼奴ら、あろう事か大時計を動かすのに必要な『七つの時計』の歯車を一つずつ盗んで行きおったんじゃ!」
「えぇ!?そんなことがあったの!?」
「うむ………儂は逃げる其奴らを追いかけようとしたんじゃが、突然身体を動かしたせいでぎっくり腰になってしもうてのう………この有様、と言う訳じゃ」
「そっか………だから、大時計が止まっちゃったんだ」
「………あの、良いですか?」
二人が沈んでいた時、それまで黙って聞いていたユースケが口を挟みました。
「ん………おぉ、そう言えば客人じゃと言うておったな。どちら様じゃ?」
「あ、ユースケは現世界から来ちゃったんだってさ!爺ちゃん、帰る方法知らない?」
「な、何じゃと!?」
その話を聞いたチクタクは、驚きの声を上げます。
「ど、どうしたのさ爺ちゃん?」
「成程、そう言うことじゃったか!くっ、あの悪戯妖精どもめ………!」
「一人で納得しないでよ、結局何が分かったのさ?」
「………恐らく、ユースケ君が出て来た穴を作ったのは彼奴らじゃ。彼奴らは歯車を盗んだ後の逃げ道として空間に穴を空け、そこから偶然落ちて来てしまったのがユースケ君だった………と言う所じゃろう」
「え、えーっ!?そ、そうだったの!?」
「穴が自然に空くことは殆ど無い………タイミングからしても、まず間違い無いじゃろうな」
「………あ、あの!」
完全に放置されたユースケが声を上げたことで、二人は一旦落ち着きました。
「す、すまん………取り乱した。何かな?」
「えっと………僕、何が何だか分からないんですけど。歯車がどうとかって、一体?」
「ああ、それはね………」
ココルは、時計塔の役割をユースケに話しました。それを聞いたユースケは、驚きの表情を浮かべます。
「そ、それって………僕の世界の時間が、止まっちゃったってことですか!?」
「うむ、そうなるのう………しかし、どうしたものか」
チクタクはぎっくり腰で動けません。そうなると、取り戻しに行けるのは………
「………うん」
ココルは、覚悟を決めました。
「その歯車、僕が取り返してくるよ!」
「ほ、本当か!?」
「うん!だって、僕は時計塔の管理妖精だからね!………まだ見習いだけど」
「そ、そうか………では、お願いできるかの?」
「うん、任せてよ!」
「あ、あの………それなら、僕も行きます」
ココルの横に黙って立っていたユースケは、そう名乗りを上げました。
「へ?………急に、どうしたの?」
「だって、僕たちの世界に影響があったなら他人事じゃない訳だし………それに、向こうのことが分かる人はいた方が探す時に便利じゃない?」
「………そっか、それはそうかも!」
「そうかい………ならユースケ君、ココルをお願いできるかい?」
「はい、分かりました………頑張ります」
「よーっし、それじゃあ早速準備だー!果物とー、それから歯車パズルとー………」
「………遊びに行く訳じゃないんだよ、ココル」
「全くじゃ………子供じゃのう」
………かくして、少年ココルの冒険が幕を開けることとなりました。
ほんの少しのビクビクと、胸一杯のワクワクを抱えて、ココルは初めての旅に出ます。
はてさて、この旅路には一体何が待ち受けているのか………それはまた、次回のお話です。
皆様どうも、作者の紅月です。
色々あって、二作品同時連載を決めました。
楽しんでいただけると幸いです。
毎日同じくらいの時間に投稿する予定なので、明日もお楽しみに。