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近くにある恐怖

夜行バス

作者: 杉孝子


 一人息子の優希は、1年前に地元の京都を離れて、大学生として都内から少し離れた場所で一人暮らしを始めていた。智樹はアパートの場所なども一緒に確認しに行ったりもしていたが、今年の5月の連休には帰ってこないと連絡があった。


 帰って来ないのならこちらから行っても構わないか優希に伝えると、バイトで忙しいから来てもいいけど付き合っていられないとの返事だった。智樹は東京を一人で観光するから、一晩寝る場所としてアパートに寄ることを息子と約束した。


 京都から新幹線で行けば3時間もかからずに東京まで行けるが、妻が行かないとのことで、費用を抑えるために夜行バスで行くことに決めた。5月3日の夜行バスが22時10分に京都を出ると、5月4日の早朝に東京へ到着する。4日は優希のアパートに泊まらせてもらい、5日の夜に帰って来るよう計画を立てた。夜行バスなら新幹線の片道で往復できる。智樹は、約束した次の日には夜行バスの予約を取っていた。


 若い頃に何回か夜行バスに乗ったことはあるが、所帯を持ってからは仕事やプライベートでも新幹線や飛行機での移動が当たり前になっていた。夜行バスで熟睡できないこともあり、体力的なことも遠ざかっていた理由の一つだ。


 息子に会いに行くのは表向きで、東京観光もしたかったからだ。予算の都合上夜行バスにしたが、京都のバスロータリーで夜行バスを待っている人達は学生風の若者達ばかりだった。時間丁度にバスが入ってきて、中から運転手の一人が降りて来る。ロータリーで案内していた作業者が、バス横のトランクルームを開くと、並んでいた人のスーツケースを次々に入れていく。バスから出てきた運転手の一人は、手に持った名簿と乗り込む人の名前を確認して、座席を指示していく。

 

 智樹も優希への土産と自分の着替えが入ったスーツケースを預けると、背中に背負ったリックサックはそのままに乗車口へ並んだ。


 指示された座席は前方から3列目、右側だった。左右各2列の4列シートになっていて、智樹の横は空いていた。座席に着くとリクライニングを倒すために後ろに声をかける。やはり学生らしい年代の若者が座っていた。了解を取り少し後ろへとシートを倒す。ここで熟睡は無理っぽいと思いながら辺りを見回す。次々に搭乗する男女が席に着く。シートがほぼ満席になった頃に座席の指示をしていた運転手が乗り込んできて、バスの搭乗口を閉める。

 

 智樹の横は空席だった。通路を挟んだ向こうには若い男性が並んで座っていた。知り合いではないのか会話はしていなかった。各座席の間には薄いカーテンが取り付けられていたが、智樹は隣が空席の為に閉めずにそのままにしておいた。


 バスは、ロータリーを出て国道を走り始めた。運転手が到着時刻と途中の停車場所を説明している。どうやら二時間おきに高速のサービスエリアに止まるらしい。トイレも無いバスなので当然のことと言えばそれまでだが。


 説明を終えると少ししてバスの車内が消灯された。厚手のカーテンで仕切られているためにバスの車内は暗い。カーテンの隙間が出来た所から対向車のヘッドライトの明かりが差し込んだりしてくるが、人の顔も判別できない。智樹は寝るつもりも無く目を閉じる。バスの振動とディーゼルエンジンの音がやはり気にはなる。

 

 2時間以上は走ったのだろうか、バスはインターのサービスエリアに止まった。知らない間に少しウトウトしていたのだ。車内の照明が着くと少し眩しく感じた。後部座席からお手洗いに何人かが降りて行った。智樹は乗車前に水分を控えていたのでそのまま乗車していた。


 停車時間は十分間。その間に運転手が交代する。交代した方の運転手が乗客の確認をしに後部座席の方へ行く。数人が時間ギリギリで帰ってきて自席に着席する。


 その時、老人らしい男性がバスに乗り込んできた。智樹は一目見て降りて行った乗客で無いとわかった。その老人は躊躇することなく智樹の横に座る。彼は前を向いたままで、老けた横顔を智樹に向けたままだ。どことなく自分と似ていると智樹は感じた。後部の乗客の確認を済ませて運転手が前にやって来た。智樹の横を確認しながら通り過ぎる。老人には気付いていないのか、何事も無く通り過ぎると、バスが動き出す。すぐに照明も消えてしまった。


 前席の数列分の座席場所である場所に長方形の箱が設置されている。そこが交代要員の寝床になっているらしく、乗客確認をしていた運転手は箱の中に消えていった。


 すぐ横に先程までとは違い確かに人の気配を感じている。暗くて表情は見えない。

その時、老人がこちらを向いたのが気配でわかった。頭の中に声が聞こえてきた。

「あなたは、今夜この夜行バスで死んでしまう」私の声のようでもあり、違うようでもある。

「今夜このバスが事故を起こして、沢山の人が死んでしまう。その中にあなたもいる」


 予言のような言葉を言う老人に私は声をあげたくなるのを堪えた。突然会ったことも無い人に、今夜死ぬなどと言われて誰が信じるのだろう。

「当然信じられないだろうが、本当のことだ。私は、安川智樹。そう、あなたなのだ」


 今夜死ぬ私が、何故私に会いに来ているのだろうか。死ぬのがわかっているのなら、夜行バスに乗車する前に止めたりするのが当然のことではないのか。色々な疑問が沸き上がってきて私は混乱する。


「混乱するのも無理はないな。正直、私も混乱している。私が何故この世界に来たのか自分でもわかっていない。気付いた時にはここにいた」彼は笑っていたのだろうか。

「私のいた世界では、あなたはこのバスに乗らなかった。別の方法で優希に会いに行っていた。だから今の私がいる」彼は話し続ける。

「もしかすると、君が私を呼び寄せたのかもしれない。そう思っている」



 急に夜行バスが大きく揺さぶられて、私は左右に揺さぶられた。その後は、金属のぶつかる音と共に意識も無くなった。

 


お読み下さりありがとうございました。

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