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私のものばかり欲しがるなんて、貴女はホントに私のことが大好きなのね

作者: 佐伯帆由

どうぞよろしくお願いします!



 学食で友人らと昼食をとる私の前に、従姉妹のミーナが立った時、あ、また始まったと思った。


「メル。メルとミーナは従姉妹よね」


 ミーナはわざとらしく大声で話している。周りに聞かせたくてたまらないのだろう。


「残念なことにその通りね」

「残念ってなによ!」

「ミーナ、貴女いつも、私みたいな従姉妹がいるのは恥ずかしいだとか、いくら分家の分家の末端でも、私みたいなみっともない子が親戚なんて嫌だとか、散々言ってるじゃない。残念なんでしょう?私が従姉妹で」


 私も少しだけ声を大きくして、周りに聞かせてやった。私の珍しい大声に、学食中が静まり返った。驚いて振り返り、私たちを眺めている。わたしが見回すと慌てて視線を逸らすが、みんな全身で聞き耳を立てているのがわかった。


「そうよ!ミーナが本家の娘で、アンタは分家の分家の末端!」


 またか。子供じゃないんだから、三歳児みたいなワガママはやめてほしい。そもそも、自分のことを自分の名前で呼ぶのは、淑女としてどうかと思う。ミーナの取り巻きも、頷いてるだけじゃなくてちょっとはこの子を止めた方がいいのに。


 ミーナは小さい頃から、ちょっと上目使いで「ミーナね、メルが持ってるアレが欲しいの」などと、自分の両親や私の父母にねだって色々と巻き上げて行った。私が嫌がれば嫌がるほど嬉しそうにしつこくねだるし、私はあまり物に執着するタイプじゃなかったので、大抵は素直に渡していた。


 まあ、ミーナがどれだけ残念な子でも、本家の娘なのは事実なので私は文句を飲み込んだ。


「そうね、お嬢様、その通りね。で、なにかご用かしら」


 ミーナはちょっと眉をひそめたけど、声を倍にして言い出した。


「メルったら、告白されたんですって!?メルのくせに。相手は誰よ!ミーナに紹介しなさい!」


 おっとぉ?そうきたか。ことを大きくしたくなくて黙ってたのに台無しだ。


「人のこと、よく知ってるわねえ、ミーナ。誰にも言わなかったのに。でも、紹介って、なんで?」


 にこやかに言ってやると、ミーナは目を泳がせた。


「そっ、その人は、前からミーナが気になってた人なの!分家の娘のくせに、ミーナの人を横取りする気!?」


 私はため息をついた。ついさっき、ミーナは自分で「相手は誰だ」と言ったではないか。


「ミーナ、とりあえず座ったら?」

「なによ、ごまかさないで!」

「ごまかすだなんて、立ったままじゃミーナが疲れるんじゃないかと思っただけよ」


 ミーナは私をにらんでいたが、黙って私の前の席に座った。私は再びため息だ。ミーナよ、取り巻きの皆さんは立たせたままでいいのか?友人なんだろ?


「皆さまも、手近なお席へどうぞ」


 私の言葉で、もう食事が終わっていた周囲の人たちがそそくさと立ち上がって、彼女らに席を譲ってくれた。猛スピードで日替わり定食を掻き込みはじめた人も。あ、スマン。


「で、なんだっけ」

「やっぱりごまかしてる!いい加減にして!」


 いい加減にしてほしいのはこっちだ。そろそろ、コイツには引導を渡したほうがいいかもしれない。


「あのね、ミーナ。確かに先日、私、交際を申し込まれたわ。でも、お断りしたのよ?」

「え、お断り?」

「そりゃそうよ、それまで話したこともない、よく知らない方と、いきなりお付き合いなんてできないわ」

「そ、それなら、それ誰なのよ!?」

「え?ミーナ、誰のことかわかっているんでしょ?ミーナの気になる人なんでしょ?え……、ミーナまさか……」


 私はわざと言葉を切って十分タメてから、ものすごく悪いことみたいに言った。


「まさか、気になる人が複数、いるの……!?誰だかわからないって、そ、そういうこと……?」


 そんなわけあるか。自分で言っておいて無理がありすぎると思ったが、それでも私は顔色を変えて取り乱してみせた。


「ダメよミーナそんなの!貴女は本家のお嬢様なのよ!ふ、複数の、複数の……」


 言っておいてなんだが、別にいいじゃないか、気になる人くらい複数いても。そんなもんだろう、その中から、本気で好きになる人が現れるもんなんじゃないのか?知らんけど。愛してる人とか付き合ってる人が複数いるなら問題ありだが。それでもミーナの取り巻きーズたちは、ちょっと身を固くしてミーナから距離を取ろうとした。おいおい。


「そんなんじゃないわよッ!!メルのくせに生意気なのよッ」


 私は大きなため息をついてみせた。


「そうなのね、ああよかった!大丈夫よ、私まだ、どなたともお付き合いするつもりはないの、私はまだミーナの大好きなメルのまんまよ!」


 ミーナが固まった。近来まれにみる見事なフリーズだ。


「……はあああああっ!?」


 食堂中に響き渡る大声で、ミーナが叫んだ。


「なに言ってんのよ、アンタなんか大っ嫌いよ!!」

「そんな風に言わなくても、私はちゃんとわかってるから。だってミーナ、小さい頃からずっと、私の物を欲しがるでしょう?メルのがほしい、ほしいって、ブローチとか、バッグとか、時計とか、色々。でも使っている様子はないし、どうしたのかなって思ってミーナのご両親に聞いたら、全部大切に取ってあるって!」


 取ってある訳ではないのは知っている。ミーナは私から取り上げた物はすぐ興味をなくし放り出すのだ。ミーナの家の人たちは、娘のわがままで従姉妹から取り上げた物を、さすがに捨てたり売ったりするわけにはいかず、そのうちこっそり返すつもりで一箇所にまとめているそうだ。少なくともミーナの両親には常識があるようで、よかった。常識ついでにもう一声、ミーナをちゃんと止めてくれ。


「そんなわけないでしょッ!アンタが、分家のくせにふさわしくないもの持ってるから!」

「照れなくてもいいのよ、本当に大っ嫌いなら、その人の持ち物を欲しがるわけないわ。貴女の気持ちはわかってるわ、私」


 私はにっこり笑った。ミーナは口をパクパクしている。


「そんなわけないでしょ、大っ嫌いよ!」

「またまた。だって貴女、私の物を奪っていくだけじゃなくて、私が好きなものまで大好きじゃない。私がピアノを習い始めたら、貴方も始めたっけ。私が目指してた学校にも、こうやって入ってきたし、外国の方と文通を始めたら、貴女もその方に手紙を送っていたし」

「だってそれは……」

「私がその方と仲良くなるのがイヤだったの?嫉妬しちゃったのかしら。だからと言って、その方、こちらの言葉はあまりお分かりにならなかったのよ?私の名前で送られてきたけど、これはなんだ、って、送り返されてきたわ」


 アレには閉口した。私はきちんと間に人を立てて紹介してもらってから、ようやく文通し始めたのに。


「心配しなくてもその方、ご気分を害されたみたいで、もう手紙のやり取りはしていないわ。だから、その方に私を取られたりしないから心配しないでね?」


 手紙のやり取りは、してない。ミーナには途中を端折って説明したが、あの後、お詫びに隣国まで伺って事情を説明して丁寧にお詫びしたら、文通相手とはものすごく意気投合した。なんと、こちらに留学されて、私が通訳兼友人をしている。何を隠そう、現在、素知らぬ顔で隣に座っている令嬢がその人だ。こちらの言葉だってだいぶ上達されたから、事態を把握しているはずだ。証拠に、肩が小刻みに震えている。笑っているのだ。


「でもねミーナ、大っ嫌いだったら、普通は離れていくものよ。関わらないようにするんじゃない?嫌いな人の持ち物なんて欲しがらないし、触るのだってイヤなはずよ。それなのに貴女ときたら、いろんな理由をつけて私の物を取っていったわね。だからわかったのよ。貴女ホントは私のことが大好きで、照れ屋だから素直になれないだけなんだって!」


 そんなはずないのは、わかりきっていた。この子は、我が家が本家よりも裕福で、ウチが援助をしているせいで、この子の親が私の親に頭が上がらないのが気に食わないし、私がこの子よりも上質な物を持っているのに我慢がならないのだ。

 だったら、本家を盛り立てる努力をすればいいのに。私はしてるぞ?学問も人脈作りも自分磨きも、自分自身と家のために。


「普通は、自分の好きな色とか、好みってものがあるわ。でも、ミーナは私の物ばかり。だから、ミーナが好きなのは私で、私みたいになりたいのねって、わかったのよ。照れ屋で意地っ張りだから素直に言えないだけなのね。そうでもなきゃ、自分自身の好みの物の一つや二つ、あるはずだもの!そうじゃない?」


 おい、私、無理矢理が過ぎる。が、肝心なことはミーナがそれに気付いていないってことだ。


「だから、私みたいになりたいんだったら、まずは一緒にお勉強しましょうよ!」


「フザけんな!!」


 ミーナが叫んで立ち上がった拍子に、椅子が後ろに倒れて大きな音がした。周りにどよめきが起こる。ヤベ、キレやすいの忘れてた。でも、ここでもうひと押ししなければこの子に効き目はないのも学習済みだ。私は猫撫で声を出した。


「……ねえ、ごめんなさいね?ホントは私のことが嫌いだったの?

 でも、だったら、嫌いな人の真似ばっかりしたり、嫌いな人の物を欲しがるなんて、ちょっとおかし……、いえ、ミーナのことが心配になるわ。ご両親に相談してみたらどうかしら?いい相談役の先生がいるの。なんなら私から本家にお伺いをして……」


「大っ嫌いッ!!」


 ミーナは言い放って背を向けると、ドスドスと足音を立てて出て行った。取り巻きーズが慌てて後を追う。


 ミーナ……。色々直すところはあるけど、まずは語彙を増やしたほうがいいぞ。

 でも、まあ、これで少しは、ミーナも私の物を欲しがったり真似したりはしにくくなるだろう。近付かないでくれたらなおいい。


 私は、何度目かわからないため息をつくと立ち上がり、友人と別れると自分の教室に向かおうとした。





「お見事」


 壁に背中を預けて立っていたイケメンが、私に向かって歩いてきた。先日「お断り」した相手だった。


「ご覧になってたのですね、私がすべてわかった上での行動だったと、おわかりになったでしょう?私、性格の悪さはあの子と確かに従姉妹のようです」


 イケメンはニヤリと笑った。


「ああ、アンタ、俺がいるの、気付いてたろ。俺を断っただけじゃ不安で、俺に自分のイヤなとこを見せつけようとしたな?」


 その通りだ。何故バレた。先日告白してきたこの男は、ほぼ初対面だったのだ。当然断ったのに、諦めるそぶりがなかったので、人のことをよく知りもしないでと思って私の本性を見せつけてやったというわけだ。


「さあ、どうでしょう?」


 私は笑って受け流して立ち去ろうとしたが、男は私についてきた。


「残念ながら逆効果だ、ますます気に入った。いいことも聞いたしな」

「いいこと、ですか?」


 私が立ち止まって彼に向き直ると、それはそれはイイ顔で笑った。イケメンってズルい。


「俺が「お断り」されたのは、話したこともないよく知らない相手だからだってな。というわけでオトモダチからよろしく」

「どんな人なのかがわかったからと言って、お付き合いには結びつきません、かえってイヤになるかも」

「お互い様だし、そこら辺は全力でいかしてもらって……」

「予鈴ですわよ」


 男の口上をぶった斬って私は背を向けた。

 背後から、「ッ痺れるねぇ〜」とかいう寝言が聞こえた。


 どうかしてると思う。



end

お読いただきありがとうございました。


今まで挑戦したことのないテーマでのチャレンジでしたが、いかがだったでしょうか。

暇つぶしになれば幸いです!


それではまたいつかの週末で!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今までにない良い返しでした 流石にここまで人の多い所でやられたら 今後絡んでこないでしょうねw しかし、大体は主人公の方が身分高い場合がありますが 低いのにねだったりするのは結構恥ずかしいで…
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