9話 クールな彼氏
わたしの恋人、鈴木惣一郎はクールな男だ。
なんていうと、ちょっと誤解を生んでしまうかもしれない。
物静かで、何事にも動じず、ちょっと油断できない男。そんな人物なのだ。
なのでわたしこと田嶋海帆は、ちょっぴり驚かせてみようと思う。
彼の待つ下駄箱。
ふたりで帰ろうって呼び出したのだ。
昇降口の前でじっと待っている彼。今日は雨が降っているから、少しの足音くらいなら聞こえないだろう。まさに驚かすならうってつけの日だ。
そろりそろりと背中から。
「わっ」
って声を出した。
すると惣一郎くんは。
「……びっくりした」
なんて、表情を変えずに言うものだから、なんだかわたしは申し訳ない気持ちになった。
もっとこう、びくってするのかと思った。なんか、ごめんね。
「ごめん。ちょっと驚いた反応が見たくて」
「俺、すっごい驚いてるよ」
「ええーっぜんぜんそう見えないよ」
「そうかな?」
イタズラのことを謝罪して、わたしたちは帰路につく。
それにしてもすっごい強い雨だ。
ざざざざって感じて、べちゃちゃちゃって歩いている。
あんまりにもあんまりなものだから、もう、足下もぐっちゃぐちゃになりそう。
こうなったら、ちょっと、雨が弱まるまでパフェでも食べに行かないかと提案したとき、無遠慮な車がやって来て、ちょうど、惣一郎くんが車道側で。
――ざっぱーん。
水たまりを踏み抜き、びしょびしょになる彼。
ほんとうにばしゃーんって、津波が来たかと思ったくらい。
下から順繰りにずぶ濡れになって、唯一、傘を差していた頭頂部だけは無事だった。
そんな状態にもかかわらず、彼は顔色一つ変えず。
「ごめん。パフェは食べに行けそうもないよ」
惣一郎くんは申し訳なさそうに謝った。
「いいよそんなのこと。それよりも早く帰ったほうが良いよ。風邪引いちゃうって」
「そうする」
わたしはというと、彼が壁になってくれたおかげで、靴下と服の一部が濡れるくらいで済んだ。革靴の中はぐちゅぐちゅとして気持ち悪いけど。
わたしたちはそのまま別れると早々帰宅した。
お風呂上がり。
スマホがぴかぴかと光っている。
彼からメッセージが送られていたようだ。
『今日はごめんね。なにか食べに行こうって言っていたのに』
『そんなのまたでいいよ! それよりも大丈夫だった?』
『すぐお風呂入ったから、調子も悪くないよ』
『よかった~~』
『でも……』
『でも?』
わたしが安心してベッドにダイブしようとしたとき。
「あれ、電話だ」
突然着信音が鳴り響いた。
彼だ。
今までメッセージでやり取りしていたのにどうしたんだろう。
「海帆に早く会いたい」
「っ~~~~~~~!」
クールだと思っていたけど、甘えた声で突然そんなこと言ってくるのだから、まったく油断できない――。