7話 告白の練習
「好きです! いや、好きだ! の方が良くないか!?」
放課後の校舎裏。
部活も終わり、校舎に残っている生徒も少ない。それだのに残っているやつというのはよっぽどの変わり者じゃないかと大河内恭人は思った。
「俺は君が好きなんだ! いや、違うかな……」
その変わり者の一人。
清川充樹は妙ちきりんな行動を続ける。
彼の奇癖に無理矢理付き合わされている恭人は、疲れたように眺めていた。
ぶつぶつと、ああでもない、こうでもないと呟く姿は、はっきり言って不気味だし、小学校からの友人の頼みでもなければさっさと帰っていることろである。というかすでに帰りたい。
「なあ、もういいだろう。早く帰ろうぜ」
「待ってくれもう少しだけ!」
「ぶっちゃけ俺が居なくてもいいだろうよ」
「そんなこと言わないでくれ! ひとりだと、その、恥ずかしいだろ……」
「見ているこっちの方が恥ずかしいんだが……」
いったい自分は何をやっているのだろうか。
何が悲しくて友人の告白の練習を見続けなければならないのか。しかも今日は初めてでは無い。すでに何度かこの秘密の集会は開かれているのだ。
さすがの恭人もげんなりとするというもの。
対する充樹はというと、まだまだ元気いっぱいで、というよりも必死で、有り余る情念をイマジナリー彼女に向けてぶつけている。
「むしろ、こうっ、身振り手振りとかで表現した方が良くないか!?」
ああでもないこうでもないと、一人百面相。まったくもって忙しい。
段々と恭人も付き合いきれなくなってくる。
最早埒があかないとスマホを取り出して、メッセージアプリを起動したりしていた。
「知らんがな」
「そんなに冷たいこと言うなよ……」
「ああ、俺は普通にするのが一番だと思うけどな」
「普通って言うのが一番分からない」
「あ、まだ残っているんだ」
「何の話だ?」
「こっちの話。そうだ、メッセージアプリで想いを伝えるって言うのはどうだ?」
「それじゃあ俺のこの有り余る想いは伝えきれない!!」
確かに想いは伝わることに越したことは無いが、その熱すぎる情念を受け取る相手のことも考えて欲しいと恭人は思った。あふれ出る情熱はコップを内側から爆砕しそうである。
自分の想いを伝えるというただ一点で、このような奇行に走らせているのだ。
「勢いはすごく伝わるけどな」
「それじゃあ駄目なんだ。そうだ、こう、振り返りながら言うのはどうだろう?」
「いいんじゃないか」
「こうか。好きだーっ!」
友人の好きだという心の叫びを一生分聞いた気がする。
ぽろんっと、メッセージが受信されると、恭人の顔がほころび、元気を取り戻す。
「そうだ。最初に後ろを向いていて、君のことがーみたいな台詞を言ってから振り返るっていうのはどうだ?」
「それもなかなか良さそうだ。試してみよう」
「これはタイミングも重要だ。俺が良しって言うまで動かないでくれ」
「分かった!」
充樹は力強く頷く。
そしてそのままの状態で待機させられていた。
待っている間、そわそわと気が気でないようであったが、恭人の言うことを良く聞いている。
その姿は飼い主に従順な犬にもよく似ている。
やがて、ひょっこりと現れた人物に向かって、静かにと人差し指を立てた。
そのままその人物だけを残し、彼は遠くから充樹に声を掛ける。
「よし、いいぞ!」
充樹は決心したように頷いた。
「俺、君のことがずっと前から好きだったんだ!」
「それって、わたしに言っているの?」
「えっ」
「ほら、続けて続けて」
どうやら彼は頭の中が真っ白になっているらしい。
ぱくぱくと口を開いては閉じるを繰り返している。先ほどまでの元気はどこへ飛んで言ってしまったのだろうか。
恭人は遠巻きにその姿を眺める。こうすればもう逃げ道はないだろう。
練習だといって煮え切らず何度も付き合わされたのだ。もういいだろう。
部活の片付けで残っていた告白の相手――佐野裕菜を呼び出したのだ。
混乱しているのか。
まごまごと口ごもりながらも、ようやく彼女に向かって。
「えっと、その。す、好きです」
「わたしも好きだよ」
彼らのそんな様子を背にして、充樹は帰り支度を始める。
「正直、両思いなんだから、早くくっつけばいいんだよ」
ぼそりと呟いたのであった。
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