24話 第二ボタンの返事
「あ、これは藤原くんの……」
引き出しの中を整理していたとき、可愛い小物入れの中にひっそりと隠すようにしまっていたもの。それは中学校の卒業式にもらった制服の第二ボタンだった。
ちょっと厳めしい、金色のそれ。
「懐かしいなぁ」
わたしこと小川桃子は、あの日のことを思い出す。
卒業式の前にママから聞いた話で、昔は好きな人の第二ボタンをもらう風習があったんだって。ママの時代でもメジャーな風習ではなくなっていたけど、もらっている子がいたそうだ。「なんだか青春しているって感じで、わたしももらっておけば良かった」というのは母の談だ。
なんで第二ボタンなのかと尋ねると、心臓に一番近い位置だから、心をあげるとか、心をもらうって意味だという。疑問形なのはママも良く分かっていないから。
スマホでちょっと調べると、いろんな意味があるみたいだけれども、確かにママが言っていたような意味もあるようだった。
それから彼こと藤原大翔くんの第二ボタンが妙に気になってしまい、卒業式でもないのに、彼とすれ違うときにそこばかり見てしまっていた。
ちょうどクラスメイトの誰かもそんなことを言っていて――それが誰だったかは覚えていない――余計に気になったのだ。
藤原くんとは別々の高校になると分かっていた。
最後の記念にそれがとても欲しくなってしまったのだ。
でも、元々彼とはそんなに話すような仲ではなくて、わたしの勝手な片恋慕。
あっちもわたしのことなんてぜんんぜん気にしていなさそうだったのに。
卒業式が終わって、教室に何人か残り、それでもそろそろ帰らないといけない時間。
これでお別れだねーって、解散するって流れになったとき、藤原くんがわたしのところに突然やって来て「これが欲しいの?」なんて言って、ぽんとくれたのだ。
藤原くんの第二ボタンを。
その後のことはよく覚えていない。
一緒に写真を撮ったのは覚えているけど、目が赤くなっていたから、たぶん大泣きしたのだろう。その大泣きしたことは無かったことにしたいのだ。
ちょっと恥ずかしいけど、大事な思い出だ。
明日からは大学生になる。
高校ではそんな洒落たイベントはなく、普通にお別れ会をやって別れた。
新生活に期待と不安が入り交じった不思議な感覚になる。
そして入学式を終えると、ふと、見覚えのある顔があった。
藤原くんだ。
昨日思い出していたから、似ている人をそう思い込んだんじゃない。
あれは確かに藤原くんだった。
向こうはこっちに気づいていないようで、そのまま去って行ってしまった。
その瞬間から昨日とは別のちょっと淡い期待と不安が入り交じった感情が押し寄せてくる。
もう、思い出になってしまったとばかり思っていたのに。
やばい、なんかドキドキが止まらないでいる。
もしかしたらこれから話す機会があるんじゃないかって、意味も無く期待していただけだったのだけれども。
偶然にも藤原くんと同じ講義を受け、それが終わった後に声をかけられたのだ。
「ねぇ、あのときの第二ボタンの返事。聞いてもいい?」
イタズラっぽくそんなことを言ってきたのだった。
わたしの大学生活のスタートはドキドキとハラハラに満ちていたのだった。
これでひとまず結びです。
ありがとうございます。