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23話 ノートの端っこ

「この問題が分かる人」


 ――しん。

 と教室は静まりかえっている。

 数学の授業。先生が黒板に問題を書き、その答えを尋ねている。

 誰も手を挙げない。答えが分かっていても同じ。自分に指を差さないでくれと願う。

 彼女、大柳郁枝(おおやなぎいくえ)もその一人だ。

 大きめの眼鏡は伊達ではないが、使いやすさよりデザインで選んでいた。たまにずれ落ちることがある。

 彼女は先生に当てられないように心持ち身体を小さくさせている。そして『こっちにこないでこっちにこないで』と負の念まで飛んでいそうなほどだ。


「いませんか。じゃあ大柳さん」

「ひはい」


 思わず変な声を出す。

 何故自分にという疑問は一瞬で困惑に塗り変わる。答えが分からないときばかりに何故当ててくるのかという恨み言さえも覚えるけれども、あの、当てるなと心の中で呟いている言葉が、逆に先生の目に付きやすい雰囲気とか気配とかを放っているのかもしれない。

 郁枝は「あー」とか「えーそれは」とか、頭の中で式を作りながら時間を稼ぐ。

 稼ぐが、分からないものは分からないのだと半ば諦めの心持ち。


 絶望に瞳を濡らし、さっさと「分かりません」と言えば良かったのだけれども、なんかちょっと答えられますという空気感を作ってしまったのが良くなかった。これで先ほどの言葉を言えば、ただただ恥ずかしいだけになってしまう。


 そんなとき、郁枝のの隣の席の園田都志(そのだとし)という生徒が、さっとノートの端っこを彼女へと見せる。そこにはその問題の答えが書かれていて。


「あの、――――です」

「はい。正解です。この問題の式は……」


 彼のおかげで乗り切ることが出来たのだった。

 早々にお礼の返事をノートの端に書いた。


『ありがとう!! 助かったよ!!』

『^_^ v』


 都志は短い髪を揺らし緩く笑う。

 それからは分からない問題をお互いに教え合ったりする――のだけれども、郁枝が分かる範囲は狭い。だけど理数系以外の、特に歴史が何故か弱い都志に、自分もそれほど得意ではなかったけれども、このやり取りをするためだけに勉強したりもした。

 その甲斐もありちょっとずつ仲が良くなってきた。


『タニセンまじやなかんじ』

『おっかないよね』

『ちょっとうちらがしゃべってただけであんなに怒ることないじゃん』

『機嫌が悪かったんだよ』


 などと、ノートの端などで会話したりしたのだった。

 ある日、都志がちょっと周りを見て、いつもよりも厳重に、誰にも見られていないか確認して、腕の下からノートを郁枝に見せてきた。

 こういう場合はすっごい変なこととか、笑わせようとしているときだったため彼女も警戒をする。表情筋に力を入れて笑わないようにしようと心に決めたのだったが。

 そっと、そこにある言葉は。


『好きだよ』


 と端っこに小さく書いてあったのだけれども、都志は恥ずかしいのかすぐに引っ込ませてしまった。


「ひうんっ」


 郁枝は思わず変な声を漏らしてしまい、先生に咳払いで叱られることになった。

 頭を小さく下げると、都志の顔を見た。

 彼は決して郁枝の方を見ない。黒板を真っ直ぐに見て、関係ないですよ、みたいな顔をして平静を装って、でもそわそわとしていて。

 郁枝もノートの端っこに文字を書いた。

 その答えは――――――もう分かっている。


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