2話 本の貸し借り
「その本って面白いの?」
「……わたしは面白いけど」
「へぇ、じゃあ今度貸してよ」
「別にいいけど……」
「約束だからな」
何が何だか一瞬わからなかった。
昼休みの一幕。
突然声をかけられた。
わたしこと安谷川めぐりは、ぱっと、再び本へと視線を戻すと、またはっと勢いよく上げた。
い、い、いま話しかけられた……?
なんで!?
し、し、しかもクラスの男の子に!?。
確か名前は竜胆光流。特に接点があるわけでもなく、けっこー人気がある。と思われる男の子。いつも明るくて、笑っていて、なんだか余裕があって、ちょっとキザっぽくて、遊んでいそうな、ってまあわたしの勝手なイメージなんだけれども。
とにかくそれがわたしと彼のコンタクトの始まりだった。
「この間安谷川さんが貸してくれた本、面白かったよ」
「ほんとう?」
「本当だよ」
「ほんとにほんと?」
「いや、そんなことで嘘なんかつかないよ」
疑心暗鬼これに極まれり。
と、何度も確認してしまったのだけれども、これが一ヶ月ほど続くとなると話が変わってくるのだ。
「白雁の最後のシーン良かった」
「うん。わたしは雪の話が一番好きかな」
「俺はやっぱり白雁が良いって思うよ。出てくる女の子がどことなく安谷川に似ているし」
「え~っ、わたし金髪じゃないし、そんなにかわいくないし」
「でもこの挿絵は安谷川に見えるときがあるんだ」
「ふ、ふーん」
なんてとある作家のお話を語り合ったり。
そんなことが続いていくうちに、どんどん惹かれていく自分がいるのに気づく。
でも、いつもあたふたするのはわたしばかりで、ちょっとは余裕ぶっている彼を慌てさせたい。
――彼に告白しようと思う。
わたしは『あなたのことが好きです』と書かれた栞を作った。
これを本に挟んで渡そうと思うんだ。
いざ実行に移すとなると、なんだか妙に恥ずかしくなってきた。
もしかしてこれ、普通に告白するよりも恥ずかしくない?
ばたばたと思い出すたびに足をもだえさせ、まったく眠れる気がしなかった。
それでも運命という日は何もせずともやってくる。
結局あんまり眠れなかった。
クマこそ出来ていないけど、ちょっと、肌がぴりっとする。保湿クリームだけはがしがしと塗ってやってきた。少し早い時間。教室にはわたしだけ。
がらりと、扉が開く。
竜胆くんは何気ない顔でわたしに「おはよ」と軽く挨拶。
ちょっと肩透かし。」
「これ読んだよ」
机の上には昨日貸した本がそっと置かれた。
栞もそのままの頁で、そのまま挟まれたままで……。
あれっ、もしかして気がつかなかったんだろうか?
そうだったのならばわたしの昨日の身悶えはなんだったんだ。
ちょっと安堵の気持ちと、残念な気持ちが混ぜこぜになってやってくる。
「ねぇ、何か気づかなかった?」
精一杯の勇気を振り絞って彼に話しかける。
と、くるりと振り返ると、手には『俺もだよ』などと書かれた栞を、がっちりと握りしめており、それから目を白黒させて、わたしをじっと見て、逸らして、落ち着きが無い。
所在なさげに右往左往した後、観念にしたように口を開いた。
「う、うるさぃっ、そ、そんな恥ずかしいこと出来るか!?」
うっすらと目の下にクマが浮かんだ顔で叫んだのだった――。
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