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17話 須之原くんは目つきが悪い

「はぁ」


 と幸せを逃すこと間違いない暗く淀んだ息を吐いているのは俺。

 いや俺じゃないボクだ。

 ボクの名前は須之原大牙すのはらたいがという平凡な男だ。


 ボクの両親の出会いが数奇なものだったらしく、惜しげもなく語っていた。父が母を町中で見つけ、身体に電流が迸ったのだという。そしていてもたってもいられられなく、お侍のように「もし」と話しかけたのだという。俗っぽい言い方をするならばナンパだ。突然の出来事に母はたいそう気味悪がったそうな。だというのに気が合い今日に至るという。


 そんな両親から生まれた我らが兄弟は言い聞かせられていることがある。それは「人生何が起こるか分からない。これだと思ったら声を掛けることが大事だ」という、天に祈る言葉を唱えるよりも有り難い言葉を頂戴したのだ。

 のはずであるが上手くいった例しがない。


 昨日も天ノ川西高校の女生徒に声を掛けたら、いかにも彼氏っぽい面をした男が出てきてしまった。じろりと怖い顔でにらまれるこっちの気持ちになって欲しい。ただ、ちょっと仲良くなりたかっただけなのである。それなのにやたらとボクの事を警戒しているようで、とても怖がらせてしまったようだ。


「顔が、怖いからか――ですか」


 ボクの顔は怖いらしい。

 あれは幼稚園の思い出。

 遊戯の時間、お互いの手を取りシャルウィダンスと洒落込もうかというところでペアの子に顔が怖いと泣かれた。


 あれは小学校の頃。

 友達を作ろうとしゃべりかけただけなのにいじめていると勘違いされてしまう。

 結局誰とも友達にはなれなかった。


 あれは中学校の頃。

 なんかちょっとワイルドな先輩達に声を掛けられることがあった。

 話しかけられたことはやぶさかでもなく喜びに身を震わせたりもしたが、決してワイルドになりたかった訳じゃない。


 言葉遣いも、丁寧な言葉ならば怖さが半減するだろうとのことだが、あまり効果が出ているとは言えない。町行く人には番の姿。あるいは友人達と軽やかな談笑。ボクの隣にはどこ吹く風さんだけがそわそわとしている。


 この世の不条理に切歯扼腕せっしやくわんと、肩を怒らせる。目は欄と輝き、血の涙が流れそうなほど。ギリギリと奥歯を噛み締めたところで、やめた。

 今に始まったことでは無い。だけど、もう終わらせたい。


 ――ぐぅぅぅぅ。


 とぼとぼと肩を落として歩く。

 その刹那に聞こえる大きな音。ボクは振り向かざるを得なかった。

 そこに居たのはお腹を押さえた同じクラスの明郷さんの姿。

 ボクに腹の音を聞かれたことを恥じているようだった。聞かなかったことにすれば早い。しかしひもじい思いをしているかもしれないと、声を掛けてみる。何事も声を掛けることが大事なのだ。我が敬愛する父と母が言っていた。


「お腹、減っているんですかぁ?」

「い、いや、そういうのじゃなくて」


 ――ぐぅぅ。


 再び聞こえる音。

 ボクが持っている彼女の情報というものは、ソフトテニス部に所属していること。

 短い髪に、浅く焼けた肌は活発そうな印象を受ける。弁当は大盛り。

 それくらいである。

 きっと、動き回るからお腹がすくのだろう。


「あの。菓子パンならありますけど。食べますか?」

「えっほんと!? い、いや、だ、だいじょうぶ……だから……」


 そういえばクラスメイトに食いしん坊だとからかわれていた気がする。

 よく食べるというのは健康な証拠であり、度が過ぎていなければ素晴しいことだと思うのだが、この世代というのは非常に多感な物で、ちょっとの言葉が気になってしまう――と、漫画で見た。

 ボクはぐっと、菓子パンを彼女の前に突き出す。


「遠慮しなくてもいい…………いいです」

「じゃ、じゃあもらうね」


 ばりっと袋を破り、口いっぱいに頬張っている。

 これほどおいしそうに食べてくれるのならば差し出した甲斐もある。

 ゴクリと、ボクのメロンクリームパンは彼女の胃の中へと落ちていったようだ。


「須之原くん……だよね?」

「そうですが」

「なんでそんなに敬語なの?」

「いや、そのほうが打ち解けやすいかと思って……」

「あっはっは、なにそれおかしい」

「おかしいですか?」

「普通打ち解けようとするなら、もっと砕けたしゃべりかたするんじゃない?」


 そうなのだろうか。知らなかった。

 いや、そうなのだろう。漫画のキャラクターも友人とこんなしゃべり方はして、していなかったも言いがたいが、少なくともボクとは違うのだということは理解できる。


「怖がられるんで、こうしたほうがマイルドになるかと思って」

「須之原くんって、二、三人ほど病院送りにしたって聞いたけど」

「ケンカとかしたことないっす」

「そうなんだ。あ、わたし今から塾に行かないと行けないからまたね!」

「また、ね」


 そう言って手を振る彼女に向かって手を振る自分がとても不思議であった。

 これから先この思い出を胸に抱いて強く生きていける気がする。

 などと幸福を噛み締めて次の日になったとき、いつものように誰も近寄らぬ自分の席へと向かう。少し面がにやけている気もするが、それも致し方ないことであろう。


「須之原くん」

「あん?」


 突然声を掛けられたことから、奇妙な音を発してしまった。


「昨日の菓子パンのお礼。須之原くんって、実はそんなに怖くない人なんだね」


 そういってぽんっと机の上に置かれたのは、可愛い包みに入ったクッキーだった。

 明郷さんはボクの前の席に座ると、軽く手を振る。

 ボクも思わず手を上げてみる。

 ちょっと、自分の人生は明るくなるかも知れない。そう思えたのだった。

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