13話 繋ぎたい手
(愛鈴(あいり)と手を繋ぎたい…………!)
真剣に自分の手を視線で貫かんとしているのは、出原正樹という、超絶かっこいい男。嘘です。幸せの絶頂のただ中にいる普通の男である。皆からはよくお調子者などという極めて不名誉な称号を授けられているのだが、心を痛め、涙を呑み、突き返しては差し戻されているという非常に不毛なことを繰り返している。
「おかしい。俺の計画だと、もう、ぎゅっとしているはずなのに」
ずっと眺め続けていれば視線も熱を持つのだろう。
心なしか手のひらに熱さを感じ始めたところで、彼女こと渡辺愛鈴が声を掛けてきた。
「生命線でも見ているの?」
「いやべつに」
人生で最も『無』であった瞬間かも知れない。
おおよそ平常に平静と冷静を重ねて答えた俺の言葉に不審な点など一切ないだろう。それほどまでに完璧に普通を装えたのだと自画自賛したくなる。
ガツガツとした感じを出さず、あくまでもそれとなく、それとなく手を繋ぐという至高にして尊い行為に持っていたいのである。
そこにはイヤらしさなどというものは微塵も存在せず、ただ、純粋に、人類にとって最も崇高な儀式に身を投じたいだけというのは理解されてしかるべきだと俺は思う。
きっと、あまりにも幸福なその瞬間に小躍りしたくなってくるのだろう。
カバディカバディカバディ…………いや、これはなんか違う。
とにかく、それとなく手を繋ぐ方向に持っていきたい。
「寒くなったね」
「朝起きるのが辛いよ。だってずっと布団の中にいたいもん」
「それ分かるぜ。ほら、暖まりたいじゃん」
「そだね」
「最近さんま食べた?」
「鮎は食べたよ」
「冬だね」
「早いねー」
…………ここから何一つ手を繋ぐというイメージにつながらない!?
俺の完璧かつ完璧な話術でこう、なんか、そんな雰囲気に持っていこうという計算だったというのに、ここから手を繋ごうという空気になりそうもない。
そもそもが付き合って一ヶ月の記念日、ご飯を食べた帰りにぎゅっとしようと計画していたというのに、すでにそれから一週間以上経ってしまっている。
以前の勉強会で仲良くなって、告白したあのときの勇気はどこへ置いていってしまったのだろうか。もしかしたらあの瞬間が一世一代の大勇の刹那だったのかもしれない。いや違う。もう一度輝くんだ、俺。
「いやあのそのてへを」
「どうしたん?」
「ごめん、噛んだ」
顔が赤くなる。心臓の音が大きくなる。
これが恋という病であり、呂律の敗北である。
「ねえ、じゃんけんしようよ?」
俺の顔が俯き加減、心は天を仰いでいると、愛鈴が突然切り出した。
「きゅ、急にどうしたの?」
「いいから! ほら、わたしはパー出すから。正樹はパー出して!」
「それじゃあ勝負が付かないじゃん」
「ふっふっふ、これは高度な情報戦って奴だよ」
「なにそれ?」
「いいから、わたしはパー出すから、正樹はパー出してね」
「…………まあ」
変な遊びを始めた。
高度な情報戦と言っていたのだから、もしかしたらパーを出すと見せかけてチョキを出すのかもしれない。そのチョキを出すのを見越してグーを出すのかも知れない。そのグーを見越してやっぱりパーを出すのかも知れない。ああああ、手を繋ぎたい願望と、さっき噛んだ恥ずかしさと、じゃんけんの情報がごっじゃになって頭があああああああ。
「はい、最初はグー。じゃんけんぽん!」
と、俺が出したのはパー。
彼女が出したのもパー。かと思ったら。
「はい、ぎゅっ」
すっと、両手で俺の手を包み込むと、すっと、隣に来て、隣に来て?
やんわりと、暖かい感触、右手に、顔が熱く、手を冷たく。
「手、繋ぎたかったんでしょう?」
俺はただ、真っ赤になって、小さくうなずくのであった。