11話 聞き取れない言葉
「この音を聞くと、夏って感じがする」
どんどん、かっか。つんつん、てんれん。
太鼓の音。笛の音。祭り囃子が聞こえてくる。
わたしこと名鳥紗良は、浴衣に身を包んでいる。
青色の喋々の模様の可愛いやつ。赤色の帯と合わせると良い感じ。
「それはちょっと分かる」
と同意してくれた彼は新堂慶くん。
今日は夏祭り。
みんなで行こうねって約束していた。
結構みんなも気合いを入れているようで、ほとんどが涼しげな和服姿。
新堂くんも、甚平を姿で、ちょっと着慣れていないのかそわそわしている。
短めの袖と、短めの裾。ちゃらちゃらと鳴る雪駄が涼しげ。
神社の境内。
見慣れている場所なのに、いつもと違う雰囲気。まるで別の場所に来たみたいで、気分が上がる。
周りには屋台が並んでいて、じゅうじゅうと鉄板で焼きそばが出来上がり、イカ焼き、リンゴ飴、たこ焼き、ベビーカステラ、わたがしにお面売り場、射的などなど、香ばしい匂いにわたしはお腹が減ってきた。
「なんか食べたいって顔している」
「え”っ。わたしそんな顔してた!?」
「あれだけ屋台をガン見していたら――さ」
花より食い気と思われているのかもしれない。
は、は、は恥ずかしい!
じろじろと見ていたつもりは無かったけど、もしかしたら知らないうちに匂いを追っていたのかも。なんか、お祭りの時の屋台の食事は、雰囲気もあって、罪悪感が無くなる気がするのだ。つい食べ過ぎてしまう。
「花火の時間までまだあるし、みんな屋台見ようぜ」
「いいよ」
「実は、俺も腹減っていてさ……」
「わたしは射的したい。狙い撃ちたい」
それから輪投げをやったり、焼きそばを食べたり、たこ焼きを食べたり、わたあめを食べたり、みんなといろんな所を回ったりしていたら、あっという間に花火の時間になった。
「ちょっと悪い。買い物。姉貴がイカ焼きを買ってこいってさ。花火終わったら店が閉まりそうだし行ってくる」
「あ、わたしもついて行っていい? 妹がわたあめ欲しいって言ってたの忘れてた」
「なとりんの買ったわたあめ、ほんとうは妹ちゃんの分だったんだね」
「う”そういわれると、わたしが大食いみたいじゃないっ!?」
「間違いなく食いしんぼうかなって」
「ひどっ」
と、妙な送り出され方をしながら、わたしは新堂くんと一緒に買い物に行く。
わたがしを買いに行くなんて方便だ。本当の目的は別にある。もちろん、新堂くんと二人っきりになること。一部には気づかれているだろう。生暖かく応援されている気がする。
必要な物を買った後、わたしたちは花火が見やすい、神社の敷地にある高い場所へと移動した。
「甚平。似合ってるね」
「さんきゅ。名鳥も……似合ってるよ」
「ありがと」
新堂くんは、ちょっとはにかみながら鼻を触った。
「あー、みんなどこで見てるんだろう」
「もう花火始まっちゃうし、とりあえずここで見よっか」
「うん」
ひゅるるーと、空に一条の線が昇ると、少し遅れて、ばーんと大きな音が鳴った。
打ち上げ花火だ。
綺麗な花を咲かせて、赤やオレンジにちかちかと光る。
やがて、連続していろいろな形をした花火が、夜空を飾った。
花や星や細い線のようなものから、変わった形をしたものまで。
隣には彼の姿。
大きな音が鳴り響いている中わたしは、
「好きだよ」
と小さく言った。
耳が真っ赤になったのは、花火の色が移ったせいじゃないだろう。
聞こえなくても良い。
この瞬間が永遠じゃ無くても良い。
ただ、言いたかった。
もう花火が終わる。
きっと、もう、言えないだろう。
この状況でだって、ものすごい勇気がいったんだもの。
ざあっと、滝のような火花が空に散ったとき、
「俺もだよ」
彼が言う。
「何が?」
「さっきの言葉。ちゃんと聞こえたから」
少し照れたように、ちょっとぎこちない笑顔で。
「俺も。好きだよ」
その言葉は花火の音よりもはっきりと聞こえたのだった。