10話 挨拶
「おはよー」
わたしこと戸塚みのりは、すれ違うみんなに向かって挨拶をしている。
面倒臭そうに返す人、元気よく返してくれる人、無視する人、様々だ。
それでもわたしが挨拶をしているのは理由があるのだ。深く。胸を打つ理由が。
「あっ……」
彼の姿を見つける。どきりと、胸が高鳴った。
「おはよーっ!」
「……おはよう」
彼の時だけ、恥ずかしいから、ちょっと大きな声で。
恥ずかしいというのは語弊があるかも、どぎまぎして、言葉の途中で噛んだらいやだから、気合いも入るというもの。
ちょっと元気が無いようで、わたしのあまり余る元気を分けるつもりで声を掛ける。
そう、わたしがみんなに挨拶をしている理由。
それは、彼こと隣のクラスの伊勢原悠正くんに声を掛けるためだ。
彼に気があるなんて気づかれないように、カモフラージュで会う人みんなに挨拶をしているのだった。
こんなことを続けていると友達は。
「はやく告っちゃえよー」
「ひとごとだと思って……」
「玉砕すれば面白いし、成功すればおめでたいし」
「絶対最初言ったことが本音でしょう」
「あっはっはー」
わたしは、彼と廊下ですれ違うことが楽しみで学校に来ている、と言っても過言では無い。
向こうはたぶん、わたしのことなんて知らないと思う。
ただ、たまにすれ違って、元気よく挨拶をしてくるやつ。そんな認識だと思う。
ああ、なんか、自分で言って悲しくなってきた。
次の日の朝。
そしてわたしはまた挨拶を続けるのだった。
廊下には彼の姿が見える。今日は運が良い。
「おはようっ」
「おはよう」
伊勢原くんも返事してくれる。
そのまま教室へと向かおうと思ったら、
「ちょっと待って」
「ふえ……」
突然呼び止められたことで、変な声が出た。
恥ずかしい。
「な、なんでございましょうか!?」
「これ、あげる」
「えっ?」
「一日限定100個の菓子パン」
「あり、ありがとう……。でも、なんで……?」
「元気を貰ったお返し。またな」
半ば放心したように教室へと戻る。
友達達にさっき会ったことを話すと。
「ねぇ、これってずっと飾っておくべきかな。それとも食べるべきかな。それが問題だ」
「カビが生える前にさっさと食べなさい」
「でも、でも……!?」
「彼に食べた感想を言いなさい」
「みのりもお返しに何か持っていけばやり取りが出来るんじゃない?」
「ああ、文通的な……。まあ、パンだからパン通って、ちょっとマヌケな響きね」
「もう、ひとごとだと思って……」
わたしは、ばんって、袋を割るように開いたのだった。
頭の中には、明日、挨拶と共に、何を渡そうかってそんなことばかりだった。
13日は朝7時更新予定