ダメ。ゼッタイ。
彼らは、日に日にやつれていた。
「三人とも、いい加減休め」
朝から晩まで仕事をしていた三人に向かって、部長はそう呼び掛ける。だが彼は何も耳に入っていないと言わんばかりにパソコンに向き合い、キーボードを叩く。
「俺は大丈夫ですから」
「大丈夫と言った人間が大丈夫であった試しなし、ほら今にも倒れそうじゃないか」
「はい、帰ります………………」
足を引きずるようにして帰社して行く三人の足は、やたらと重い。
2年足らずで、彼らは5キロ以上体重を落としていた。
「どうしたんだよ本当」
「金が要るんです、金が……」
少し前まではかなりイケメンだったはずなのに、5キロ以上の体重減少と共に、顔面も細くなっている。と言うかやつれている。
目付きも鋭くなり、女性たちからも避けられるようになっていた。
「お金って、まさか借金とか」
「いや、でもちゃんと稼がないと……」
「車でも買ったのか」
「買ってません」
「ギャンブルにでもハマったか」
「やってません!」
「悪い女に」
「いませんよ!」
酒も一滴も呑まないし、家を買ったとか言う話もない。株とかに手を出した話もない。一体どこにお金が消えているのか。
上司が心底から彼らを心配したのも無理からぬ事だった。
そんな風なまま、決して休むことなく二年ほど給料を受け取った次の日。
ようやく休みを取った三人を、上司は尾行した。
(いざという時は俺が助けてやらなきゃ……!)
基礎代謝あるかないかのカロリーしか取っていないほどに食費を削っている事を知った時にはもっと食べろと促し、断ろうとするとおごって食べさせた。
確実に、良からぬ事にお金を注ぎ込んでいる。上司はスマホを握りしめ、後を追う。貯金か。それにしても無謀だ。
移動するたびに、彼らの顔が明るくなる。
明るくと言うか、嫌らしくなって来る。
(まさかヤクか!)
薬物に手を出しているのか。いやだとしたら、あんな風に日常をまともに送れているはずはない。
あるいはとんでもない乱交パーティーとか、そんないかがわしい妄想を掻き立てさせるほどには、三人の表情は崩れている。
「でさー、あの男がさー」
自分の話かと思ってサッと引っ込むが、特徴が違う。一体誰の事を話しているのか。口調からすると歓迎されていないようだが、それでも掴み取らねばならない。上司は、必死だった。
やがて、三人はある建物にたどり着いた。
そこは、何という事のない小さなマンション。あるいはここで何かいかがわしい事でもあるのかと思いそっと体を寄せて行くと、彼らが持っていたアタッシュケースが投げ付けられていた。
「ほいほい、確かにここにあるぜ」
借金かと思ったが、それにしては態度が大きい。まるで借りてやっていると言わんばかりだ。
「まさか、本当にやるなんて!」
「今日この日をどんなに楽しみにしてたことか、三人がかりで1000万、ちゃんと貯めて来たからよ……」
心底ウンザリだと言わんばかりの男性と、これ以上なく楽しそうな3人。
「もう家族にも縁を切られたのに…!」
「誰もわからねえんだよ、今の会社に勤められたのも全てお前のおかげだって、これはビジネスなんだよ、ビジネス!」
「どうせ市価は5000円程度なんだろ、俺らってマジ太っ腹じゃね?」
「押し買いだよ!こんなの!」
「押し買いってのは安く買う事だろ?これは大盤振る舞いっつーんだよ、わかるかぁ?」
明らかに不穏さを増して行く。
どうしようかと迷っている内に、一人の男が部屋の中に入って行く。
そして、手に握られた一体の、美少女フィギュア。
「約束は守れよ」
「1000万円も注ぎ込んで…」
「その価値がお前にはあるんだよ、まあ俺らにとってもだけどな」
「もう俺らのもんだからさ!ああ、俺らのならどうしても勝手だもんな!」
そして、三人はそのフィギュアを地面に叩きつけ、ハンマーで叩き、そしてライターで火を点けた。
「あー、本当に俺らいい事をしたよな!」
「本当本当!明日からまた仕事頑張れそうだ!」
「じゃあな、非モテ陰キャオタク野郎!」
ああ、全てはこのためだ。
おそらくこのマンションの住民がどうしても欲しいんなら1000万円払えとか無茶ぶりを行ったのに対し、この三人は真っ正直に受け止めた振りをしていたのだろう。
そしてその存在を破壊する事により泣きわめく彼を見るために延々と戦って来た、と言うかこれまでと同じようにするために他の全てを捨てたのだろう。
上司は一言つぶやきながら、彼らに見られる前に姿を消した。
「——————————ダメ。ゼッタイ。」