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むしばのこどものたんじょうび

 六十代後半と思しき男性は孫と思しき男の子を椅子に座らせながらぼやいていた。


「お義父さん……もうこれ以上イライラしてもしょうがないですよ」


 息子の嫁と共に歯医者の待合室の椅子に座る男性の顔は紅潮し、隣に座る息子の嫁であり昇の母である女性を始めとした人間たちを脅えさせた。







 そもそもは3週間前の事だ、と男性は思っている。


 3週間前の金曜日、あと2日で誕生日を迎えあんなにはしゃいでいた昇が、突如崩れ落ちた。何事かと思って息子と嫁を呼び付けると、昇の歯に穴が空いていた。


 誕生日と言えば新たな一年の始まりである、大掃除と同じようにその前に悪い物をすべて取り除かなければならないと考えていた男性は、泣き喚いて嫌がる昇を怒鳴り付けて強引に引きずりにかかった。


 だが昇が男性の怒鳴り声に脅えたのか元から我慢していたのかはわからないが小便を漏らして更に大泣きしてしまい、男性はもういい明日にすると匙を投げてしまった。




 翌朝、日めくりカレンダーを見ると、数字が黒かった。


「お父さん、まさかボケたんじゃ……」


 息子の失礼極まる物言いに反論しようと思いながらも、不覚ながらそうかもしれんなと言いながら頭をかきながらカレンダーをめくったが、新聞を見ても、テレビを点けても、金曜日だとしか言わない。



「はい朝ごはんですよ。昇、明後日はあなたの誕生日なんだから。そう言えばあなた、昨日は残念でしたね、まさかあんな大ポカをやらかすなんて」


 四十年連れ添った妻でさえこれだった。


 確かにおとといの将棋大会で一回戦負けした嫌な記憶が蘇り少しイラッとしたが、それ以上に誰も彼もが自分より一日だけ遅れている気分になって来た。


「今日こそって、今わかったんじゃないですか」

「あなた、お義父さんってすごい人ね。やっぱり子育ての経験者って伊達じゃないのね」


 それで昨日と同じように、昇が歯が痛いと言い出したので今日こそ歯医者に行かせようと思ったらこれであった。

 息子も嫁も、妻さえも気付いていなかったと言うのか。



 そこでまさかと思いつつとりあえず便所に行って来いと言うと、昇はずいぶんと長い放尿の音を響かせたきり、なかなかトイレから出て来ない。

 歯医者怖さにトイレに籠城したとでも言うのだろうか。


 やむなく一日だけ待ってやるからと必死になだめすかしてトイレから出させたものの男は不可解さと孫のだらしなさ意から来る苛立ちは止まる事がなく、祖父の威に脅えた昇は男の目をまともに見ようとしなかった。


 次の日、一日だけ待ってやると言ったなと言いながら昇を歯医者へ連れ出そうとすると、息子の嫁に全力で止められた。

 日めくりカレンダーを見ると、やはり文字は黒かった。











「それで延々3週間も……?お父さん、冗談でしょう」




 息子は笑っているが、実際そうとしか言いようがない。冗談と思えるならば思いたい。

 もし昇がした事であれば鉄拳制裁も辞すべきではないかもしれないと思いながら、21回目の誕生日の2日前の日、男は


「どうか、どうかおじいちゃんの為に行ってくれるか、どうか頼むぞ」


 と九歳の孫に媚びた振る舞いをし、ようやく自分の孫を歯医者へと導かせた。


「ケーキ食べたいー」

「ダメだ、その代わり好きなゲームソフトを買ってやるから、それで我慢しなさい」



 ―――――とりあえず自分なりに反抗はしてみたつもりだ、と思っている。


 聞き分けのない孫の駄々に対しての、甘やかしはしないと言うメッセージを込めた反抗を。

「バレンタインデーにチョコレートを食べさせないのがそんなに悪いのか!」

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