プロローグ
「(…どうか…助けて…下さい)」
そんな女の人の声が聞こえたのは、父さんと夕ご飯を食べている時だった。喉の奥から絞り出したような、かすれた声だ。
「ねえ、父さん。女の人の声が聞こえない?」
「え?いいや?」
「(助けて…召喚…応えてほしい)」
「ほらまただ。召喚とか言ってる…」
父さんは怪訝な顔をしながら、じっと耳を澄ましていたけど、首を横に振った。
おかしい。本当に父さんには聞こえていないみたいだ。でも僕にははっきりと聞こえている。ずっと訴えかけてきている。げ…幻聴か?だけど自慢じゃないけど、大学の授業も楽しいし、いいところに内定も決まったし、体もメンタルもストレスフリーですこぶる調子はいい。今日の夕飯の唐揚げだって、ご飯のおかわり2杯目だ。
「あれか?そういうアニメとか小説を本気にしていいのは中学二年生までだぞ?」
「ほんとだって!」
「ふざけているんじゃないのか?なんの声だって?」
僕がどうやらまじめだとわかると、父さんはどうしたらいいか分からない様子で、当惑しながら確認してきた。
「女の人が助けてって、頭の中で響いてる…。どうしよう…なにこれ?あっ!」
「どうした?」
「もうすぐ途切れそう…。すぐ答えないとダメっぽい!なんかそんな気がする…。」
いきなり話しかけてきたと思ったら、もう時間制限が来て、無視するか、答えるかの二択になってる!過労死とかダンプカーで問答無用で飛ばされるよりはましなのか!?
「…………」
「…父さん?」
「いや…その…困ってるなら、助けてあげたらいいと思うけど…」
「いいの?召喚に応えてとか言ってるけど?」
いいの?とか聞かれても、父さんもどうしたらいいか分からないようで、そわそわするだけだ。そんなキョロキョロしていた父さんの目に、部屋に飾ってある母さんの遺影が目に入った。途端に父さんがはっとしたように、真剣な目で僕を見た。
「○○はどうしたいんだ?」
まあそれが正論だけど、こっちにぶん投げてきたかぁ…。そういわれたら僕だって…
「まあ…助けてあげたいとは…思うけど…」
「そうか…。父さんも混乱してるんだがな、母さんもそれでいいみたいだ。」
さっきまでの狼狽え具合が嘘のように、父さんは落ち着いていた。ずっと仲のいい夫婦だったけど、母さんが病気で亡くなってからも、時々こんな夫婦で決めたみたいなことを言う時がある。まあ息子としては嬉しいし、安心するし、尊敬する。
「じゃあその…応えちゃうよ?」
「ああ…もう21だしな。行ってきなさい」
でもでもでも、よく考えずに決めてる感が凄くて、不安がヤバい。一番の不安はなんと言っても…
「(帰ってこられるのかな?これ?)」
はっきりって親に愛されて育った実感もあるし、大学卒業までに行きたかった旅行とか、せっかくとった内定どうなるとか、いろんなものが頭をよぎる。下手したら父さんとも今生の別れじゃん!?やばくない?簡単に決めちゃっていいの?落ち着け…、こうしている間にも『つながり』がどんどん細くなっていくのが分かるけど、ここは焦らずにシンプルに考えよう。
もうかすかになっている、助けを求める声からは、その感情も流れてくる。なんかこう…気高いっていうか…悪意は感じない。
だから「助けない」という選択肢はない。いま必要なのは、それを自分で決めたという事実確認だ。
よし!この人助けに後悔はしない。もう大丈夫だ。
「すぅ…ふぅ…(はい、召喚に応じます。これでいいのかな?)」
そう心の中で念じたとたん、体が光に包まれて、体が引っ張られていくような気がした。そこで僕は大変なことに気が付いた。
「おうぁぁぁぁっ!唐揚げ!残しっ!」
食べてきゃよかった!食べてきゃよかった!食べてきゃよかった!もちろん人助けは後悔しない!だけど唐揚げへの後悔が凄い!せっかくご飯も二杯目をよそったのにっ!
だけど、僕の言葉を聞いてからの父さんの動きは素早かった!皿ごと唐揚げをつかむと、僕に押し付け、押し付けられた唐揚げの皿も光に包まれていく…。
「(ナイス!父さん!唐揚げ持ってけんの?へぇぇっ!)」
こんな感じで、僕の異世界召喚は、父さんと母さん(?)に見送られながら、唐揚げと一緒に召喚されていった。




