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「やけに早かったじゃないか。まさか手を抜いたりしてないだろうね?」
「あっひどい! ちゃんと腕によりをかけて作ったんだから。今日は下ごしらえがほとんど終わってたおかげで早く準備できたのよ」
憎まれ口を叩くレイアルに憤慨しつつハスナは楽しそうだ。これがいつものやり取りなのだろう。レイアルの物言いが大体辛辣なのでスイはハラハラしていたのだが、二人の関係性は存外悪くないように見える。
村にいた頃、いつも口喧嘩ばかりしていた老夫婦を思い出す。恒例行事のように行われる言い合いをみんな微笑ましく見守っていたのが懐かしい。
思い出に耽りながら元いた場所へ戻って来ると、そこには美味しそうな料理の数々がテーブルの上に並んでいた。
温かな湯気が立ち上るスープとスライスされたパン、真ん中にある大きな鍋にはたくさんの具材が浮かび、食欲を刺激する香ばしい匂いが何とも魅力的だ。
「あら、そんなにお腹が空いてたの?」
スイの腹の虫が素直さを発揮したことでハスナがクスッと笑う。
「そういえば昨日から何も食べてなかった……」
朝食が運ばれて来る前に事に及んだので胃の中は当然空っぽだ。ずっと緊張していたせいか今の今まで空腹を感じていなかったのだと気づく。
ここへ来る理由の飲み水と食料の調達にしても生存率を上げるための手段であり、己の欲を満たすためではなかった。
だけどこうして目の前に美味しそうな食べ物が出てきたことで急に思い出したかのように食欲が掻き立てられたみたいだ。至極当然の生理現象。
アストロンから神力を駆使して全速力で距離を稼いだし、極力足跡が残らないように工夫もした。例え足取りを捕まれたとしても深い森の中で人一人を捜索するのは容易ではないはずだ。
それでも追手の心配はあるが今の俺には何より知識が必要だと思う。フィーリスやラオザームについて詳しそうなレイアルさんに偶然出会えたのは幸運とも言える。
闇雲に逃げ回るより、ここは自分の置かれた状況を正しく把握すべきだろう。決して空腹に負けたわけではない。
「あの、俺も食べていいんですか?」
「当たり前じゃないか。ほら、さっさと座りな」
一応確認を取ると肯定の返答があり胸を撫で下ろす。この状態で食い損なうのはごめんだ。
スイはいそいそと空いている椅子に腰掛けると、ふと皿の数に目がいく。
皿が四つあるのだ。
レイアルとハスナはスイの向かい側に腰掛け、先程の尋問と同じ構図になる。二人とも席についたことで余った皿と空席が余計に目立った。
するとレイアルが空席を一瞥し片眉を上げる。
「なんだい、キーファがまだじゃないか。ハスナ、呼びに行ったんだろ?」
「すぐ来るって言ってたんだけど……。料理が冷めちゃうし、もう一度呼びに行って来る」
そう言って素早く立ち上がると、ハスナはスイ達が出てきた扉とは別の扉へと走って行った。
キーファという人もここで暮らしているのだろうか。他の住人の気配を感じなかったのでてっきり二人暮らしかと思っていたが違うようだ。
しばらくしてハスナと共に現れたのは、魚人特有の半透明の髪の毛を揺らし小さな眼鏡をかけた男性だった。
「遅いじゃないか。何してたんだい?」
レイアルは、空いた席についた彼を軽く睨みつける。
「ごめんごめん。すぐに行こうと思ってたんだけどレイアルが置きっぱなしにしてた薬品とかが目に入っちゃって片付けてたんだよね。ほら、そのままにしておくと危ないでしょ? この前もそれで机一つダメにしたんだから」
鼻が低くてずり落ちる眼鏡を直しながら、笑顔でレイアルを嗜める。この前ダメにしたという机の話をしだした途端にレイアルは大きく咳払いをした。
誤魔化し方があからさまなのでキーファはクスリと笑うと隣に座るスイの顔を見る。
「この美味しそうなご飯を食べ終わったら彼が何者なのか聞いてもいいかな?」
レイアルに問いてるはずなのにスイから視線を離さない。
真っ白な肌はまるで病人のようで、顔の至るところにある鱗は角度によって少しだけ光る。以前会ったことのあるアスマより鱗の面積が多いのは、同じ魚人でも個体差があるせいだろう。
至近距離で見つめられて少し緊張する。
「キーファ、お前さんにも同席してもらいたいから食事が終わったら書斎に来てくれ。今穴が開くほど見てるそいつはスイってんだが、ちょいと訳ありでね。とにかく今は食事だ! さぁ食べるよ!」
レイアルの声かけにより待ってましたと言わんばかりのハスナとスイは即座に目の前のパンにかぶりついた。口いっぱいに頬張るとまだほんのり温かく、焼きたての香ばしさが鼻から抜けていく。
「いい食いっぷりだねぇ。ハスナといい勝負じゃないか? ハスナはね、大食らいだから食事係なんだよ。食材の調達から調理まで全部やらせる代わりに好きな物を好きなだけ食べることを許してるのさ」
「ちょっと先生、いたいけな少女に向かって何てこと言うの! あたしの印象が大食いで固定されちゃったらどうするつもり?」
右手にパン、左手にスープの皿を持ち、モグモグと口を動かしながらの姿は大食いで間違いなさそうな気がするが、ハスナにとっては由々しき事態らしい。
「なぁにがいたいけな少女だ。昨日は街でごろつきをのしてただろうに。大抵の魔物だって一人で倒せるじゃないか。それのどこがいたいけだって? 笑わせんじゃないよ」
レイアルが鼻で笑うとハスナは憤慨していたが、スイは「ハスナは腕力があるようには見えないけど武器は何を使っているんだろう? 今度聞いてみたいな」などと考えていた。




