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「それじゃあ自己紹介とでもいこうじゃないか」
頬に深いシワを刻み彼女がそう切り出したのはスイが一杯目のお茶を飲み終えた時だった。
「私はレイアル。見ての通りここの主人さ」
彼女———レイアルは三杯目のお茶を飲み干して隣に座る少女に四杯目を頼むと、正面に座らされたスイに視線を戻した。
「で? お前さんの名前は?」
先程の威圧感が消えたわけではないが、いくらかマシな雰囲気である。今ならこちらの事情を聞いてくれるかもしれない。
「スイといいます。いきなり訪ねてきてすみません。実は少し……いやかなり込み入ってて」
「あー、ちょっと待って待って! あたしにも自己紹介させて!」
スイが本題に入ろうとするとレイアルの隣の少女が両手でテーブルを叩き立ち上がった。
「あたしはハスナよ。よろしくね、スイ」
「よろしく」
差し出された手を握ると、皮膚の表面に刺すような痛みが走る。
「いぃっ……⁉︎」
「あらやだ随分と敏感なのね。これでも最低出力なのよ? ねぇ先生、やっぱり変よこの子。フィーリスじゃないって本当なの?」
「ふん……確かにおかしな小僧だね。それで何か読み取れたかい?」
「うぅん、全然。防御、というか反発かしら。力が相殺させられちゃったからなーんにも」
「なるほどね。無意識下での防御反応ってやつだろう」
痛がる俺を見て心配するどころか無視して二人で話し始める。
慌てて離した手は特に外傷もなく、離した途端に痛みは嘘みたいに消え去った。
でもなんだかこの痛みの感じ方はアレに似ている気がする。シグリさんのところで何度も行った検査のうちの一つ、魔力を用いたものだ。魔力は神力と相性が悪いと聞いているけど、もしかして今の痛みも魔力のせいだったのだろうか?
「まぁいいさ。お前さん、スイといったね。洗いざらい話してもらうよ。ここから生きて出たかったら言う通りにしな」
レイアルは口の端を吊り上げ、瞳をギラリと光らせた。
単純に怖い。ここで逆らったらどうなってしまうのか……あ、生きて出られないのか。
招かれるままに小屋の中に入ったのはやはり危機感が足りなかったかもしれない。
「……遡ること今から約一年前、俺はとある村に住んでいたんですが」
「お前さんの日録を聞く気はないんだよ。せめて一週間前とかにしな」
厳かに話し始めたスイを遮るようにレイアルは四杯目のお茶を飲み終わって空になったカップをテーブルに叩きつけた。
「では話は飛びまして、森で倒れてた俺はフィーリスに助けられてアストロンへやって来たんですが、そこで命の危険を感じたのでここまで逃げて来たというわけです」
「え! 話飛びすぎじゃない?」
目をパチパチさせてハスナが身を乗り出すと、レイアルが空のカップを彼女の鼻先に突きつけた。ハスナは渋々といった様子で五杯目になるお茶を注ぎ始める。
うーん、簡潔に話そうとしすぎて気持ちが焦ってしまった。
チラリとレイアルに視線を移すと、彼女はカップを鼻先に持っていき軽く目を閉じていた。
そういえばこのお茶、とてもいい香りがする。少し甘さのある香りで、飲むとクセがなくスッキリとした味わいなのだ。レイアルほどではないが何杯でも飲めそうな気がする。
「これ……飲みやすくて美味しいです。なんていうお茶なんですか?」
素朴な疑問を投げかけるとレイアルがパッと目を開いた。
「これの良さがわかるとはお前さん見込みがあるね。これは私の庭で育てた薬草を煎じて作ったものさ。どこにも売ってないから口にできるのは幸運なんだよ。わかったら心して飲みな。一滴たりとも残すんじゃないよ。その時は私がお前さんをすり潰すからね」
誇らしげに口角を上げるとスイからカップを奪い、ハスナにおかわりを注ぐように指示する。薄い橙色のお茶がたっぷりと入ったカップをスイの手元に戻すと、レイアルは真っ直ぐにこちらを見据えた。
「……命の危険を感じただって? あそこはフィーリスの庁舎だ、この世で最も安全な場所と言ってもいいだろう。そんなところから逃げて来ただなんて、あまり穏やかじゃないねぇ」
「その……俺がフィーリスの敵かもしれなくて……それで逃げて来ました」
尻すぼみになっていくスイの言葉を聞き終わらないうちにレイアルは五杯目のお茶をグイッと飲み干すと、訝しげにスイに問う。
「敵? なんだいそりゃ。あいつらに敵なんていたかね? あぁ、プネウマを嫌ってる連中は一部いたかもしれないね」
でも、そういうことじゃないんだろ? とでも言いたげに片眉を上げて見せた。
正直迷いはある。ラオザームのことを話してしまっていいのかどうか。それを言わないと話が進まないのもわかってる。
全部話してしまいたい。そのほうが楽だ。
でも、話しても大丈夫な相手なのだろうか?
お茶を飲んで少し落ち着いたことで頭が冷静になってきたようだ。玄関先で掴み掛かられた時のもう全部話してしまおうという勢いに任せた考えはすでになりを潜めていた。
レイアルからハスナに視線を移し、そしてまたレイアルに戻す。
そんな三秒にも満たないわずかな動きからスイの心情を目ざとく察したレイアルが、フンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「私たちが信用できないって顔だね? こっちだって得体の知れないお前さんに無条件で教えてやる義理はないが、まぁいいだろう。私はある界隈ではそこそこ有名でね。だから今ここで隠したところで大した利点にもならないのさ」
するとレイアルはおもむろに腕を突き出し、スイの目の前で握り拳をパッと開いて見せた。
突然の行動に首を傾げるよりも前に、スイは驚きで目を大きく見開くことになる。
レイアルの手のひらの上には卵ほどの大きさの炎がユラユラと燃え上がっていたのだ。火種もなく、手のひらから直接でもなく、何もないところに炎が浮いているという奇妙な現象がそこにはあった。
ほのかに周りの空気が温かくなった気がする……。
左右から炎を観察していると、レイアルはさもおかしそうにクククと歯を剥き出す。
「もしかして魔法を見るのは初めてかい? それじゃあ本格的な自己紹介とでもいこうじゃないか。私の名前はファレスファルーク・レイアル・リゴニー。魔法を研究しながら世界の在り方を観察しているただの変わり者さ」




