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「それじゃあよろしくね」
手を振るマルセルに軽く手を振り返す。
スイはシグリに連れられてとある場所を目指していた。
「今日のところは検査は無し。部屋で大人しくしていてもらうわ。食事は部屋まで運ばれてくるし、生活に必要なものはある程度揃っているから大丈夫なはずよ」
説明を受けながら階段を下っていく。灯りはあるけど進むほどにどんどん薄暗くなっていき、地下へ潜って行っている感じがした。
「あまり歩き回られると他のフィーリス達への説明が大変だから、悪いけど用がある時は呼び鈴を鳴らしてちょうだい。近くにいる者が対応するから」
ガチャリと重い金属音が響く扉を開けてさらに奥に進むと、いくつか扉が並んでいる場所にたどり着いた。隅の方には小さな机と椅子があり、そこに座っていたフィーリスがシグリに挨拶をする。
ここは今降りてきた階段よりも明るいけど、おそらく地下で間違いないと思う。この建物は上層階もあるみたいだし、結構な規模なのかもしれない。
青い扉の中へ入るよう促され、隣の緑の扉を横目に見つつ中へと入った。
部屋の中は思いの外広く、双子の部屋と同じような作りに見えた。
全体的に真っ白で、無駄に豪奢な飾りが家具のあちこちに施されている。ベッドが普通のベッドっぽくてそれだけ少し安心した。
「私は行くけど何かあったら呼んで。それと、明日は検査をするから呼びに来るわ。あぁ、昨日のとは違う検査よ。楽しみにしていなさい」
ニッコリと笑顔でそう言うとシグリはあっという間に部屋から出て行ってしまった。一人残されたスイはひとまず周りを確認して回る。
棚などの収納できる家具がやたら多く感じる。仕舞う荷物なんて無いのにな、と思いながら試しにひとつ開けてみると服がたくさん入っていた。
妙に親しみのある刺繍が施されてると思ったら、今自分が着ている服の刺繍にそっくりだと気づく。
この服は俺のじゃない。あの時———あの洞穴で目覚めた時に着せられていたのだ。たぶんルトアかカルラが用意してくれたんだろう。着心地がいいし他に着る物もなかったから洗濯しながらずっと着ていたけど……フィーリスにとっての普段着みたいな感じなのか?
何枚も同じ服の上下や下着がそろっており、着替えには困らなさそうだなと今度は引き出しを開けてみると、そこには替えのシーツらしき布が幾重にも折り重なって入っていた。室内と同じく真っ白な布の数を数え、静かに引き出しを閉める。
すごい……。とにかく同じ物がたくさんある。もしかしてフィーリスには洗濯という概念がないのか? そういえばルトアとカルラが洗濯してるところを見たことないような……。
そもそもあの二人、着替えてたか?
ちょっとした疑惑が生まれるも、不潔という言葉から最も遠い印象の二人なのですぐに考えを改める。軽く頭を振り、部屋の奥へと足を向ける。
だって二人はいつも綺麗な装いで寝癖もつかないほどサラサラの髪の毛で、服に綻びや汚れもないし……。
今考えるとそれってあり得ない、よな?
これまで気にも留めてなかったけどフィーリスには特別な力が備わっているってことなんだろうか? 浄化の力と何か関係があるのか?
部屋の奥に扉があったので開けてみると、そこはトイレだった。本当に生活に必要なものはそろっているらしい。
一通り部屋を見終わりおもむろにベッドに腰掛けると、その柔らかさに身を任せるように後ろに倒れ込んだ。
肌触りのいい生地が沈み込み、フワッと全身を包み込んでくれる。
白い天井を眺め、昨日は徹夜だったなと思い出すと急に眠気が襲ってきた。
まずい。これは抗えないやつだ。
徐々に重たくなる瞼に抵抗することなく、そのまま深い眠りへと落ちていった。
ここへ来てから八日が経った。
外出の許可が出ないので部屋と検査室の往復しかしていない。ご飯は美味しいし簡易水場とトイレ、着替えと寝具が完備された部屋での生活に不便はないが、さすがに外に出たくなってきた。
せめて建物内の他の場所を気分転換に散歩させてくれと要求しても、すべて却下されてしまうのだ。最初の二、三日は我慢できたが、そろそろ体を思い切り動かしたいし外の空気も吸いたい。
鳴らしても意味のない呼び鈴はすっかり触らなくなってしまった。
検査ですら最初の二回だけで、シグリともしばらく会っていない。つまり呼び鈴を鳴らした時に応対してくれるフィーリスの他には誰とも会っていないのだ。
何かがおかしい……。
これじゃあまるで監禁だ。
こうなると部屋の外で待機しているフィーリスも見張りのように思えてくる。
何故こんな状況になっているんだろうか?
いつになったら出られるんだろう?
ルトアとカルラは俺がこんな状況だと知っているのか?
まさかマルセルさんからの指示なのか?
それとも部屋の外では何か重大な問題が起きてたりするのか?
山ほどある疑問に答えてくれる人はいない。
とにかく外に出ないことには何も変わらないな。でも一体どうしたら……。
二日目あたりに気付いたことだが、この部屋は内側からは開けられない仕組みになっていたのだ。
扉に取っ手がついていなく、強めに押してもびくともしなかった。食事は扉の横にある小窓から支給される。
所々妙だなと感じてはいたけど、この異質さにもっと早く疑念を持つべきだった。
脱出に使える物が何かないかと思考を巡らすも、身一つでこの部屋に来たわけだから何も持っていない。もちろん部屋の中の物で利用できそうな物もない。
唯一何かに使えそうなのは腰にぶら下げている短剣だが、これで扉をこじ開けたとしてもすぐに見つかってしまうだろう。
何も打開策が思いつかないまま時間だけが過ぎ、もどかしさをぶつけるようにベッドに勢いよく飛び込んだ。最早やけくそみたいなものだ。
どうしたらいい? 助けを呼ぶこともできない。脱出の糸口も見つからない。前途多難ってやつだろこれ……。
ゴロリと体を反転させると、わずかに首に引っかかりを感じた。
「何だ……?」
首元に手をやるとネックレスの鎖に指が触れた。
カサドール組合で作った身分証だ。今ではつけていることを忘れるくらい、体の一部みたいになっていたから久々にその存在を意識した気がする。
魔物狩り……全然できてないな。お金を貯めてグルートンのポーチを買うという目標がとても遠く感じる。
せっかく武器をそろえてもらって、初めての報酬も手に入れて、初めての依頼を達成して、これからって時だったんだけどな。
アストロンで問題が解決できたら、また目標に向かって魔物狩りをしながら各地を旅して……。
そこまで考えてふとあることを思い出す。
そうだ、もしかしたらアレが使えるかもしれない!




