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雲の上の遥か上空を抜けると、夜の闇から抜け出したかのような明るさがスイ達を出迎えた。
空気はより冷たさを増して肺が冷えていく。自然と呼吸が浅くなっていった。
日中の明るさとは種類の違う明るさで月が辺りを白く照らし、闇と混ざって灰色の世界が広がっている。静けさに身震いしながら、果たしてこの震えは寒さからなのか何なのかわからなくなっていた。
地上から見えていた星が一つもない。
空の上はさぞかし星がたくさんあるのだろうと思っていたのに、過ぎ去る景色のどこにも光り輝く星はなく、自分を運ぶ人物の背中にある翼だけがキラキラと光を纏っている。
こういうのを幻想的というのだろうか。眼下の雲は途切れることなく地上を覆い尽くしており、広大な雲の海と化していた。
このまま落ちてもあの雲が受け止めてくれる、そう思うくらいには空の旅路に慣れてきた頃にルトアから声がかかる。どうやらカルラと交代の時間らしい。
どこまでも続く同じような景色のせいで時間の感覚がわからなくなっていたが、ゆっくりと降下し始めると雲間から現れた太陽の光に目が眩んだ。
もう夜が明けたのかと驚くスイに、ルトアはクスリと小さく笑う。
着陸地点はどこかの山のゴツゴツとした岩が連なる所だった。地に足がついたと言ってもかなり標高が高い山なのか、いくら下を見ても山の木々と白みがかった霧しか見えない。まだ気分は空の上のようだ。
それでもずっと全身に当たっていた風がなくなったことで僅かながら一息つけた気がした。
空を飛ぶだなんてちょっとした憧れでもあり未知の世界だったが、感動したのは最初だけで自分がこんなにも地面の安心感を求めていたのかと思い知る。
しばしの休憩を挟み、三人は再び地を離れた。
今度はカルラに抱えられて移動する。カルラはルトアと違って別の抱え方をしてくれるかもしれないという期待は呆気なく散った。
この抱えられ方はやっぱり恥ずかしさがあるけど、どの角度が一番落ち着くのか何となくわかってきたので大人しくカルラの胸元にしがみつく。結局は羞恥心よりも命が大事なのだ。
背に腹は変えられないというのはまさしくこのこと。
ゆっくりと飛翔し、また雲の上の世界にくる。
羽ばたきの少ない翼が滑らかに動くのを視界の端に入れながら、時間の感覚を狂わせる景色を再び見続けていた。
「おい、着いたぞ」
まどろみの中から意識が戻ってくると自分が眠ってしまっていたことに気がつく。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
うっすらと開けた瞳の先には、目覚めの光が広がっている。開けかけた両目を眩しさで反射的に閉じた。
あれからどれだけの時間が経ったんだ?
「起きろっつーの」
「うっ……!」
突然頭のてっぺんに衝撃が走る。
一体何が起こったのか分からず、頭の中心にじわじわと伝わっていく痛みに頭を押さえた。
「あまり乱暴にしてはいけませんよ、カルラ」
「そうは言ってもこのままいつまでも寝かせておけねぇだろ」
聞き慣れた二つの声と頭の痛みで少しずつ意識がハッキリしてくる。
「……ここは?」
柔らかい感触の上に寝転がっていたようだ。起き上がるとそこがベッドの上なのだと分かった。
全体的に白っぽい部屋に三人はいた。
ベッドの四隅から柱が天井に向かって伸びており、上等な薄い布が幾重にも重なって垂れているせいで部屋の全体像をすぐに把握することはできなかったが、目に入るものすべてが品のあるもので埋め尽くされているという印象を受けた。
単純な感想で言うならば、なんか高そうな部屋だな、である。
ベッドのそばに立っている双子に近づき足を床に下ろす。
ベッドの他にテーブルや椅子、棚などもある。妙な飾りがあちこちについているがこれらも高価そうに見える。座るだけなら必要なさそうなうねりが椅子の足に施されていて、機能性よりも見た目にこだわった作りなのかなと思った。
「ここは私たちの部屋ですよ」
「ルトアたちの? え? どういうこと?」
「アストロンに着いたのですがスイが寝ていたのでそのまま部屋に運んだんです。ここなら落ち着いて準備もできますし……体の調子は大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫。そっか……アストロンに来たのか」
室内にいるからか全然実感が湧かない。都に来たことがなかったからアストロンへ行くのを実は楽しみに思っていたので、寝ている間に着いてしまっていたことに多少なりとも落胆してしまう。
街並みとかじっくり見たかったんだけどな……。
ここへ来た目的を考えると呆れられてしまうかもしれないが、何年もの間、村という閉鎖的な場所しか知らなかったスイにとってそれは抑えられぬ感情だった。
「スイも起きたことだしそろそろ行くぞ」
「これから会うのは私たちの長官なので、お行儀よくしてて下さいね」
そう言われてついて行った先は他とは違った雰囲気のある扉の前だった。
ここへ来るまでに長い廊下や階段を登り、すれ違うフィーリスたちに物珍しそうにジロジロと見られたこともあり、スイはたどり着いた扉の前で小さくため息をついた。
自分がよそ者なのは分かっているけど、街中と違ってどこを見てもフィーリスしかいないというのは孤立感がある。
それにここではみんな背中に翼があるのだ。両側の双子もいつもはしまっている翼を出している。だからこそ翼のないスイは余計目立っていた。
ルトアが扉を軽く叩くとすぐに返事がある。
「どうぞ」
落ち着いた声に招かれ、三人は扉の中へと入った。




