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カサドール組合へ戻りサウラの尻尾を三本納品したスイは、無事初依頼を達成することができた。
本当ならもう二、三本くらい獲りたかったのだがそれを双子が許してくれなかったのだ。
「必要な分だけ獲れよ。それが終わったらすぐ移動するんだからな」
三本目の尻尾を獲った時にカルラからそう言われた。納品数で報酬が変わると聞いていたので追加でもう少しと思ったが、それは呆気なく却下されてしまう。
木々の枝が覆い被さる空を見上げると既に日が落ちているのがわかった。プネウマのところで思ったよりも時間を使ってしまったらしい。しばらく洞穴の中で過ごしていたせいもあって時間の感覚が麻痺していたのかもしれない。
元々森の中が薄暗いせいですぐに気づくことが出来なかったが、これ以上の滞在は危険なことは確かだ。
夜の森は侮ってはならない。特に慣れない森は昼間でさえ危険に満ちているのだ。
「そうだな、もう遅いから帰ったほうがいいな。カサドール組合には明日の朝にでも行くことにするよ」
「いや、その依頼が終わったらすぐ出発する」
「え? 宿には帰らないのか?」
思いがけない展開に驚くと、ルトアがスイの肩に手を乗せた。
「予定変更です。宿屋の主人には先ほど伝えましたので戻らなくても心配されることはないでしょう。代金も前払いなのでそこら辺も問題ないですしね」
いつの間にそんな話をしたんだろう?
ルトアはこれまでにも時々いなくなることがあった。行方不明になるわけではないのだが、姿が見えないと思ったら食べる物を買ってきてくれていたり、目を離した隙に乗合馬車の予約をしてくれていたりなど、本当にいつの間にか事を済ませてしまっているのだ。
もしかしたら今回もダルトンさんと別れる前に、ひっそりと伝えていたのかもしれない。
……いや別にひっそりとする必要ないんじゃないか? カルラは知ってたみたいだし、俺にもその時言ってくれればよかったんじゃ……。
そこまで考えてルトアの顔を見上げる。宝石のように美しい瞳がふわりと優しい笑みを浮かべた。
スイは頭を軽く振り、諦めのため息をつく。
ルトアのことはいまだによくわからない。カルラと違って思慮深そうに見えて実は何も考えてなかったり、相手がぐうの音も出ない程に難しいことを言ったりもするのだ。しかも真面目な顔をして冗談を言うのでつかみどころがない。
つまり、ルトアの真意を探るのは不可能ということ。考えるだけ無駄とも言っていい。
カルラならばわかるのかもしれないが、カルラに聞いたところで説明の足りない大雑把な答えが返ってくるのは容易に想像できる。
思考の放棄。
そこまで重要な内容じゃないから今はいいだろう。
「とりあえずわかったよ。森から出たらすぐにカサドール組合に行って、その後出発だな? でも何でそんなに急ぐんだ?」
当然の疑問をぶつけるとカルラがスイの目の前に立ち、人差し指で軽く眉間を小突かれる。
「あのなぁ、自分の今の状況わかってねーの? 神力と何らかの関わりがある得体の知れない生き物から、神力を自由に操れる得体の知れない生き物に格上げされてんだよ。主に危険度がな。フィーリスでもなけりゃプネウマでもない、それなのに神力を使えるってことが前代未聞だっつーの」
段々と言葉尻が強くなり、それに比例するように眉間への突きも強くなっていく。
「元々アストロンに連れてくつもりだったけどな、これまでみたいにのんびり旅しながら向かってる暇はなくなったんだよ」
痛い痛い痛い。眉間が凹む!
「それもこれもお前がプネウマなんかに捕まるからこんな面倒なことになってんだろーが! お前のせいだ! お前の!」
それは濡れ衣だ!
「カルラ、その辺にしてあげないとスイの眉間がなくなってしまいますよ」
やんわりとカルラを制止し、赤くなっているであろう俺の眉間の辺りを覗き込むルトア。心なしかちょっと楽しそうなのは何でだ。
「私達はスイのことを危険だなんて思っていませんが、神力を使えるとなった今ではその存在は未知すぎて正しく保護することができません。早急にアストロンへ向かう必要が出てきたのです」
スイの眉間からおでこにかけてを優しく撫でる。そして少し申し訳なさそうな表情で言葉を続けた。
「せっかくカサドールに興味を持ったところだというのに残念です。スイにとってはきっと天職だったかもしれないというのに……」
「そうかもしれないけど俺にはまだまだ知らないことがいっぱいあるし、まずは自分自身のことを知るっていうのが一番の目的だったわけで……だから大丈夫。次の依頼を受けることができないのは確かに残念だけど、今すぐアストロンへ行くことに異論はないよ」
あの時突然芽生えた力。
知らない力のはずなのに見よう見真似でプネウマと同じことができてしまった。懐かしさすら感じるこの力が神力だと言われても全然ピンとこない。魔力とは扱い方も感覚も違うことはわかる。
でも、それだけだ。それだけしかわからない。
わからないからと言って何か不便があるわけではなく、むしろできることが増えたという認識程度だった。人間扱いされないことよりもさらに辛辣な、危険物扱いされるほどの状態だとは思わなかったというのが本音なのだ。
だから破滅をもたらすとか言われても、まるで他人事のように感じてしまう。
自分が何者なのかは気になるけど、二人がここまで言う事態になっているということをこの時ようやく理解した。
「そうと決まれば早く森を出ないとな。すぐに目印が見つかればいいんだけど」
この森に入ってからスイは道中ずっと目印をつけていた。一定の距離を進むたびに木の枝に細い紐をくくりつけていたのだ。
だが最初に見つけたサウラを追う時にそれも途切れてしまい、今自分達がどこら辺にいるのかもわからない。出口の方向はダルトンさんに大体の方角を教えてもらっていたから大きく道を逸れていることはないと思うが、あれからだいぶ歩いて来たにも関わらず目印が一向に見つからないのは少々不安がつのる。
キョロキョロと辺りを見回していると、カルラが「あ」と声をもらした。
「そういえばあの怪しい女から迷子になった時に使えるやつ買ってなかったか?」
カルラが腰のポーチを探り出す。
言われてみると買った気もする。欲しくて買ったわけじゃないからすっかり忘れていた。
ネーロンで出会ったあの女の子に半ば無理やり買わされたと言っても過言ではないハンカチをカルラがポーチから引っ張り出し、薄い生地の布切れが折り目もシワもなくスイの手のひらに乗せた。
滑らかな肌触りのそれは外気にさらされて少しばかり冷たく感じた。
確か空に浮かべるって言われたような……。
曖昧な記憶でそっと空中に広げると、宙に浮いたまま、まるで羽ばたくように四隅が動き始めた。
そして勢いよく目の前からいなくなる。
「えっ⁉︎ うわ待って!」
思い出した。見失わないように追いかける必要があるんだった。
想像より遥かに速く飛び去るハンカチを必死に追いかけ、三人は無事に森を抜け出すことができたのだが、次にこれを使う時は最終手段である、という共通の見解が出たのだった。




