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「いっ……て」
こうも次から次へと悪いことが起こるだなんて、今日は厄日だ。主に打ち身の方向で。
風に連れて来られた後、乱暴に地面に落とされたのだ。乱暴にと言うか、体を押していた風が突然ぴたりと止んだので必然的に落ちただけとも言えるが。
それにしても風に連れて来られただなんて、まるで誘い風みたいだ。
村にいた時は家に閉じこもることで自衛できてたけど、被害に遭った旅人や商人たちの気持ちが今なら少しわかる気がする。
まさに理不尽極まりない。
足や腕をさすりつつ顔を上げると、そこには美しい鉱石が大きな塊となって生えており、たくさんの数が集まったものなのか元々一つの大きな鉱石なのか判別できないほどの規模だった。
そして驚くべきことに、その中心に腰掛ける人物がいた。
緑色の長い髪は組んだ足に絡みつき、こちらを観察する眼は真っ白で何も映していないかのように見える。
『興味がある』
スイは息を呑んだ。
その人物から発せられた声は、さっきまで一緒にいたアスマにそっくりだったのだ。
この感覚には覚えがある。もしかして———。
『こっちだ』
今度はダルトンの声だった。
やっぱり例の声の正体は、今目の前にいるこの人物なんだ。少し離れているのに直接頭に響く声。そしてコロコロと変わる声色。間違いない。
スイが確信を得るのとほぼ同時に、細くて長い指が空中に円を描く。
自分の指と比べてやけに長い指だなと思っていると、またしても体が浮かび始めた。
「うわっ」
慣れない浮遊感に顔をしかめつつ、重心をどこにおいたらいいのかもわからないが、せめて頭を上にすることだけに注力する。
もぞもぞと動き回り、それでもうまく立つことができなかったので、空中に座るという奇妙な状態で一旦落ち着いた。
宙に浮いたことでいくらか距離が近くなった例の声の主と対面したスイは、その姿形に一瞬にして目を奪われた。
足に絡みついた緑色の髪の毛だと思っていたものは植物そのものだった。白く見えた眼は近くで見るとモヤがかかったように揺らめいている。口はあるけど鼻が見当たらない。長い指は関節が四つくらいある。
それは人間とはまったく別の生き物であることに間違いなかったが、スイは無性に涙が出そうなくらい心が揺さぶられていた。
感動していたんだと思う。
何に、なぜ、どうして。
そんなのこっちが知りたい。
美しいとか、そんな言葉では言い表せない何かが、目の前のそれには確かにあったのだ。
人智を超えた何か。
スイの見てきた世界はまだまだ狭く、生きてきた時間も経験も足りないが、何百年かけたとしても人が到達できない存在が目の前にあることだけはわかった。
その存在感に圧倒されていると、再び頭の中に声が響いた。
『脆弱だな』
口があるのに動いていない。
『不憫で滑稽だ』
さっきから何の話をしているんだろうか? 断片的すぎてわからない。
変わらぬ表情、動かない口。
だけどほんの一瞬、口元が歪んで作り物のような表情が崩れる。見事な弧を描いた唇から覗いたのは真っ暗な闇だった。
『少し楽しませろ』
手のひらを向けられたその時、目の奥がズキンと痛んだ。何だろうこの感覚。痛みが目から頭を駆け抜けて首を通過して行く。
「うっ……」
痛みはすぐに引いたけど、今まで感じていなかった何かが胸の辺りでじんわりと熱を帯びたのがわかった。一体何をされたんだ?
『去れ』
「えっ、うわぁ⁉︎」
来た時と同じように、強い風が吹いて体を吹き飛ばされる。すごい速さにも関わらず岩壁に衝突しないのはどういう仕組みなのか。
左へ右へと体を方向転換され、若干の気持ち悪さを感じつつ、途中で通り過ぎ様に灯りと驚きの声が上がるのが聞こえた。
坊主、と叫んだダルトンさんの声が聞こえた気がしたけど、その姿をとらえることはできなかった。
ピタリと風が止み、またしても乱暴に地面に転がされたスイは周りを見渡し、そこが最初にいた洞穴なんじゃないかと気づく。目印なんか何もないけど、たぶん元いた場所に戻されたんだろうな、と漠然と思った。
「坊主! 無事か!」
呆然としていたところに、横穴の一つからダルトンたちが走ってやって来た。灯りを持っている。やっぱりさっき見かけたのはダルトンたちに間違いなさそうだ。
「何がどうしたってんだ、説明してくれ!」
「えっと……」
それは俺も知りたい。
なぜあんな場所に連れて行かれたのか、アイツは一体何者だったのか。何もわからない。
困ったように首を捻ると、近づいて来たダルトンとアスマは次第に妙な顔つきになっていった。お互いに顔を見合わせるとスイのそばにしゃがみ込み、ジロジロと全身をくまなく見てくる。
「な、なぁ坊主。お前さんの体、どうしちまったんだ? 光ってるぞ?」
「えっ」
慌てて自分の体を見ると確かに光っている。薄暗い洞穴の中で、ダルトンの持つ灯りよりは弱く、周りにある鉱石のように柔らかな光に包まれていた。
「何、これ」
「まさか……坊主、あの中で何があったんだ? 何か……誰かと、会ったのか?」
口籠るダルトンはスイに伸ばしかけた手を止め、引っ込めた。
スイが口を開きかけたその時、聞き慣れた声が洞穴の中に響く。
「何だ何だー? なんか面白ぇことになってんなぁ」
「これは予想外の展開ですね」
ダルトンたちが出て来た横穴とは別の穴からカルラとルトアが現れたのだ。
「二人ともどうしてここに?」
「どうしてって、そりゃあちょっと気になる気配があったからそれを目指して来たんだけどよ、お前こそどうしたんだよその有様は?」
「これはその、俺にもよくわからなくて……」
「ふーん?」
呆気に取られるダルトンとアスマを尻目に、カルラはズンズン進んで来てスイの目の前に立った。横でルトアがいつも通り微笑んでいる。
こんな状況だというのに、二人の姿を見て何だかホッとしてしまう。
「おいオッサン。何でスイがこんなことになってんのか説明してもらうぞ」
ジロリとダルトンを見下ろすカルラは高圧的で、微妙に怒っているようにも見える。
ダルトンは首を振ると真剣な眼差しを返した。
「それは俺にもわからねぇ。俺も坊主に聞きたいことが山ほどあるんだ」
視線をスイに戻すと、ゆっくりと立ち上がる。
「ひとまずここじゃなんだから場所を移そう。こっちに来てくれ」




