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「ええー? こんないたいけな少年にアレをやるんですか?」
「つべこべ言ってないでさっさとやるんだよ」
「へーい」
ミゲルさんに呼ばれて現れたアスマさんは魚人でした。
獣人もあまり見たことがないスイはアスマの風貌に思わず見惚れてしまった。
髪の毛は半透明な水色で、アスマが動くたびにプルプルと弾む。一体どんな手触りなのか気になるほどに、それは髪の毛というよりは装飾品や帽子と見紛うような見た目だった。
肌の色は真っ白で血の気が一切なく、手の甲は無数の鱗で覆われている。頬の下の方にある傷のようなものはいわゆるエラというやつだろうか?
「ごめんな少年。悪い大人たちを許しておくれ」
妙に芝居がかった口調で近づいてきたアスマは、スイの両手を取ると盛大なため息をついた。
成人済みだから少年って言われるような歳でもないんだけどなぁ……。
そんなことをぼんやりと思いながらアスマのひんやりとした手のひらの感触に、魚人って体温低いのか、と妙に感心していると、ダルトンが横にやってきた。
「じゃあもう一度聞くが、竜の揺籠について坊主は何も知らないんだな?」
「はい」
「よし。アスマ、始めてくれ」
「へーい」
握られた両手に少し力が込められ、アスマの低い体温がスイの手を包み込んだその時———。
「うあぁぁぁぁああああっ!」
「え⁉︎ ちょっと何⁉︎」
「どうした⁉︎」
全身を貫くような激しい痛みに悶絶するスイに、アスマは慌てて手を離した。スイは目と口を大きく開き、硬直したのちにそのまま地面に突っ伏してしまう。
突然の出来事にダルトンとアスマは呆気にとられたが、すぐさまスイを抱き起こした。
「おい! どうしたってんだ! 大丈夫か⁉︎」
まるで人形のようにピクリともしないスイの肩を揺さぶり、頬を軽く叩いたところでようやく意識を取り戻す。
二、三度瞬きをゆっくりと繰り返すと、目の前のダルトンの顔を見た後に、オロオロと落ち着きがないアスマを見た。
「…………あれ? 何があったんですか?」
まだ意識がハッキリとしないような、ぼんやりとした口調でスイがそう尋ねると、ダルトンが額に手を当ててきた。
「まったくそれはこっちの台詞だ。突然叫び出したかと思ったらバッタリ倒れちまって、かなり驚いたぞ。なんともないのか?」
ふわふわの手が額を優しく撫でる。
「……はい。たぶん、大丈夫です。俺、倒れたんですか?」
倒れたことすらわからない。
アスマに手を握られてから先の記憶がすっぽりと抜けている。自分の身に何が起こったのか覚えていなかった。
「あんだけ派手にぶっ倒れたのに覚えてないのか? 見たところ大きな怪我はしてないみたいだが……」
「あちこちちょっと痛い気はします。あと頭がボーッとするかも」
「おいおい大丈夫か? アスマ、坊主がこうなったことに何か心当たりはあるか?」
「こんなこと初めてですよ。いつも通り体に信号流しただけなんですから。知ってるとは思いますが、僕の信号は体の中のありとあらゆる液体の流れに働きかけるだけで、人体に影響はないですし」
アスマが首を振るとダルトンは大きく頷いた。
「だよなぁ。理由はわからないがとにかく坊主が無事でよかったよ。立てるか?」
時間が経つにつれて少しずつ頭がハッキリしてきたものの、やはり何も思い出せない。ダルトンに支えられながらゆっくりと立ち上がると、ふらつくことなくしっかりと地面を踏み締めることができた。
さっきまで意識を失ってたとは思えないくらいいつも通りなので、スイは思わず自分の体を見下ろす。
ブンブンと腕や足を動かしてみる。
うん、大丈夫だ。
倒れた時にぶつけたらしい打ち身以外に異常は見当たらない。
「あの、それじゃあもう一度? ですよね」
「何言ってんだ! これ以上は坊主の体が危ねぇだろう!」
「そうだよ少年! 命は大切にしなくちゃ! 若いんだからまだこれから楽しいことがたくさん待ってるよ、諦めないで!」
すごい形相の二人から肩を揺さぶられる。
「え、でもいいんですか? 嘘かどうか確かめなくちゃいけないんですよね?」
「もういい、もういい。今ので大体わかった。坊主は悪事を働こうとする気概がなさそうだ」
本音を言うとやりたくはないからよかった。覚えていないとは言え、今度こそ本格的な記憶喪失になりかねないし。
少しホッとしてるとダルトンが腕組みをして横穴の一つを顎で指した。
「だが出口まで見張らせてもらうぞ。ちゃんとここから出て行ったことを確認しなくちゃならねぇ。それが俺の仕事なんでな」
「はい、よろしくお願いします」
道に迷った身としては願ったり叶ったりの話だったが、ダルトンは若干申し訳なさそうに眉を下げながら歩き出した。
これでやっと元の森に戻れる。
そう思ったのも束の間、今度は足元を何かがふわりとかすめた。
その何かを確かめる間もなく、ダルトンの後をついて行こうとした足が宙に浮いたのだ。
「うわぁ⁉︎」
「ちょっと今度は何⁉︎」
「どうした⁉︎」
スイの体は重力に逆らい空中に浮かび上がると、ダルトンたちが最初に出て来た横穴へ一直線に吹き飛ばされる。
とてつもなく強い風に押された感覚だった。体が浮いてるから踏ん張ることもできない。
咄嗟にスイの服を掴もうとしたアスマの手は虚しく空を切る。
横穴に吸い込まれるように、スイは闇の中へと姿を消したのだった。




