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思いがけずダルトンからサウラの情報を得ることができたスイは、今度こそ依頼を達成するために奮起したのだが、そんな時にまたしても例の声が聞こえてきた。
『こっちだ』
今度はダルトンの声にわずかに似せているように聞こえる。ダルトンと向かい合って話している最中だったおかげで、彼が発した言葉ではないと気づけたのだ。
こんな芸当、明らかに人間ではないだろう。そう思うのに、声の主をあてもなく探してしまう。
話の途中でスイが突然キョロキョロしだしたのでダルトンは首を傾げた。
「どうした、坊主?」
「ダルトンさんは……今の声って聞こえましたか?」
「声?……いや、特に何も聞こえなかったが」
やっぱり自分にしか聞こえていないみたいだ。
一体誰なんだ?
いくら見渡しても岩と鉱石しかない。薄暗いといっても隠れられるような場所はないし、もし近くに誰かいれば気づくだろう。それに声の聞こえ方がちょっと普通じゃないのも気になる。
頭に直接聞こえてくる、だなんて、本当に俺は頭がおかしくなってしまったのか? そんなことさえ考えてしまう。
『竜の揺籠』
まただ。また聞こえる。
しかも今度は呼びかけではなくよくわからない言葉だった。
竜の揺籠?
険しい表情のスイを心配するダルトンに何気なく問いかけてみる。
「ダルトンさん、竜の揺籠って何のことかわかりますか?」
だが返ってきた反応は想像とは全く違うものだった。
「坊主! それをどこで聞いた⁉︎」
思いきり両肩を掴まれて身動きが取れなくなる。目の前に迫ったダルトンの顔は、鋭い牙が剥き出しで鬼気迫るものがあった。
「い、言っても信じてもらえないかもしれないですが……」
「いいから教えろ!」
躊躇うスイにダルトンはさらに距離を詰める。
正体不明の声のことをどう説明したらいいのか、というかできれば説明したくないのだけど、今はそんなこと言ってられないようだ。肩にダルトンの爪が食い込んできてかなり痛い。
さすがは獣人。爪も人間とは形状がまったく違う。この場合、爪の長さよりも鋭利さが問題なのだと思う。もしかしたら服に穴が空いてしまうかもしれない。
スイは一言一言、慎重に言葉を選んで説明し始めた。
「この森に入ってしばらくした時に、声が聞こえたんです。どこからともなく。誰の声なのかはわかりませんが、どうやら俺にだけ聞こえてるみたいで、その声がついさっき言ったんです。竜の揺籠って……」
それを聞いたダルトンは、グッと眉間にシワを寄せつつ押し黙ってしまった。
スイは間をもたせるようにしゃべり続ける。
「もちろん俺にはこの言葉の意味なんて全然わかりませんし、忘れろというなら今すぐに忘れますので」
さすがに今すぐに忘れることは無理そうだけど、忘れる努力くらいはする。
「だから安心? してください……」
恐る恐るそう言うと、ダルトンは顔をしかめたままゆっくりと手を離した。肩にかかっていた重みがフッとなくなる。
「坊主、それを信じろと言うのはいささか難しい話だが……だがなぁ……」
うぅん、と唸り、頭をバリバリと掻く。
「もちろん信じてやりてぇのは山々だが……。しかし坊主にしか聞こえない声、か。もし坊主が悪巧みでもしてるってんなら、もうちょっと上手くやるだろうしなぁ。その言葉をわざわざ俺に言うのは悪手だ」
スイに対しての言葉と独り言が入り混じり、頭を掻きながら悩ましく首を捻った。体の後ろで長い尻尾がふわりと揺れる。
「最初からアレを狙ってここに来たんだとしたら、俺のことも知ってるはずなんだ。知ってなくちゃいけない。そのためにつく嘘だとしたらあまりにもお粗末だ。だからよぉ……だからこそ、坊主が嘘を言ってないという証拠でもあるんだが……」
不機嫌そうな尻尾の揺れが止まらない。
「だがそれも計算だということもある。いや、誰かにそそのかされたという可能性もあるな。それなら信じてやりてぇところだが、やるならもうちょっと上手くやるだろうしなぁ。……だとしたらやっぱり嘘は言ってないってことになるのか?」
堂々巡りとはこのこと。さっきから考えがまとまらないのか、言い方は違えども同じ内容をブツブツと繰り返している。まさに、悩ましい。
しかしながら、この状況を打破するためにスイができることは何もない。必要なことはすでに言った。これ以上言えることも説明できることも何もないのだ。
できることと言えば、この状況を自らの手で悪化させないこと。余計なことを言わずに、ダルトンの出す結論をじっと待つことだった。
ついでに言うと、待ちながら祈る。
実際には祈りの成分が半数以上を占めていた気もする。
「ダルトンさん!」
そして、思いもよらぬ第三者の登場によってこの状況が打破された。
「こんなところで何やってるんですか? おや……お知り合い、ですか?」
目をパチクリさせながらダルトンとスイを見比べたのは、ダルトンの背後にある横穴から出てきた一人の男だった。
口元に短い髭があり、目尻にシワが刻まれた中年の男は、立派な剣と革でできた頑丈そうな防具を身につけている。おそらくはダルトンと同じくカサドールなのだろう。
「おう、ミゲル。悪いな、ちょっと知り合いがここへ迷いこんじまったんだが……」
ダルトンはチラリとスイのほうを見た後で、また唸り声を上げる。
「どうかしたんですか?」
「なんと説明したらいいものか……。ざっくり言うとだな、竜の揺籠を知っていたんだ。でも言葉の意味は知らないらしい。その真偽を確かめようにも方法がなくて困ってる」
そんなところだ。と肩をすくめてみせた。
それを聞いたミゲルは、なるほどと頷く。
「それでしたらアスマを呼びましょうか? ちょうど先ほど到着しまして、私と交代するところだったんです」
「おお、アスマか! そうだな、それがいい。すまんが呼んできてくれるか?」
ミゲルが横穴へと引っ込むのを確認すると、ダルトンはくるりと振り返った。
「坊主、悪いが少々確認させてもらうぞ。今から来るアスマって奴はな、嘘を見抜く力があるんだ」
「嘘を……見抜く?」
果たしてそんなことができるのか。できるとしたらどうやって?
いくつもの疑問が頭の中を駆け巡るが、考えたところでわかるはずもない。
そんなスイの困惑を見て取り、ダルトンは大口を開けて笑った。
「はっはっはっ! なあに、ちょっと体に電気が走るだけだから心配するな!」
逆に心配要素が増えました。




