31
「まさかこんなところで会うとはなぁ」
「本当ですね。本当、びっくりしました」
無意識のうちに頬をさすると、ダルトンが大口を開けて笑う。
「いやぁ、すまなかったな! ここへ来る連中はろくな奴じゃないから、ついな」
スイは辺りをぐるっと見回すとダルトンに尋ねてみた。
「もしかして、この珍しい鉱石を狙って来る人たちがいる、とかですか?」
「うぅむ。詳しくは話せんがそんなところだな」
ダルトンは言葉を濁しつつ、頭をバリバリと掻く。
「俺はここの管理を任されてるんだが、どこから情報が漏れてるのか……時々よからぬ奴が来ることがあってな。俺らの取り決め通りに入って来ない奴は粛清対象なんだよ」
手を下ろし苦笑いをしながら腰元の剣に触れてカチリと小さな音を立てたので、思わずそちらを見ると、複雑な模様が施された柄が目を入った。
一見、複雑そうに思えた模様もよく見ると花のような形をいくつも並べて繰り返しているだけであり、それでいてどこか品のある造形だった。スイは、へぇ……と感嘆の声を上げる。
「美しい細工の剣ですね」
「おっ、これの良さがわかるかい? 坊主はなかなか見どころがあるなぁ」
スイの言葉に気をよくしたのか、ダルトンは柔らかそうな毛並みの胸元を大きく膨らませた。
「これはな、俺の故郷に伝わる技術で作られたものなんだ。そんじょそこらの細工師には真似できねぇ代物よ」
「ダルトンさんの故郷ですか?」
「ああ、ここからずっと北にある」
懐かしむように目を細めるダルトンの姿を見て、スイは少し羨ましく思ってしまう。自分は村に戻ることもできず、村の場所すらもわからずにいるのだ。普段はあまり考えないようにはしているが、ふと村のことを思い出すと無性に帰りたくなってしまう。
外の世界は見知らぬものがたくさんあって毎日が刺激で溢れている。ルトアとカルラと一緒に旅する日々はとても楽しい。
だけど生まれ育った村を自分の意思で出て来たわけじゃない今の状態は、いつかは外の世界へと望んでいた形とは違う。望まぬ形で叶えられたこの状態をどう受け止めるべきか、いまだに心の中で整理しきれていなかった。
「ん? どうした坊主。具合でも悪いのか?」
大きな体を屈ませるダルトンに、スイは力なく笑ってみせる。
「いえ、俺も……故郷が懐かしいなぁ、なんて思い出してただけです」
「そうかぁ? それならいいんだが……」
怪訝そうに眉を寄せるも、一応納得した様子で体を起こすと鼻から息を一息つく。
「そういや、あの2人はどこだ? 一緒じゃないのか?」
「ああ、2人には森で待ってもらってるんです。サウラを見つけて追いかけることになったので」
「ん? そういやさっきもそんなこと言ってたな。なんだってサウラを追いかけてたんだ?」
不思議そうに首を傾げるダルトンに、スイは躊躇いがちに首元から銀色のネックレスを引っ張り出した。
薄暗い洞穴の中ではただの装飾品にしか見えないそれは、カサドール組合で作ってもらった身分証である。
「実はサウラの尻尾を納品する依頼を受けたんですけど、見つけたサウラがすばしっこしくて全然追いつけなくて」
なんだか情けないような悔しいような、そんな気持ちをぶつけるように靴底で地面を軽く蹴る。
「結局は逃げられるし、ここへ迷い込むしで、なかなかうまくいかないものですね」
照れ隠しに小さく笑うと、ダルトンはさらに首を傾げた。
「すばしっこい? サウラが? あいつらは足が遅い部類の魔物のはずだが……坊主が見たのは本当にサウラだったのか?」
「え⁉︎ ものすごく速かったですよ⁉︎ もしかしてあれはサウラじゃなかったのかな……? 本物を見たことがないので自信はないです」
あれだけ必死に追いかけたというのに、まさか別の魔物だったのか?
困ったように首を振ると、ダルトンは考え込むように眉をひそめた。
「うぅむ、俺はそいつを見てないから何とも言えねぇが……長年カサドールをやってる身として言わせてもらうとだな、足の速いサウラなんぞ今まで見たことないぞ?」
「そうなんですか…………ダルトンさんってカサドールなんですか⁉︎」
危うく聞き流しそうになったが、スイは驚きのあまり目を見開きダルトンに詰め寄った。そんなスイにダルトンはひるむことなく、ニッと笑ってみせる。
「そんなに驚くようなことか?」
言われてみれば確かに、鍛えられた体と立派な装備は魔物狩りに相応しい。剣も二つほど長さの違うものを備えているし、もしかしたらまだ武器を隠し持っているかもしれない。
宿屋の主人という肩書きがすでにあったので、カサドールである可能性に思い至らなかったのだ。
スイはゆるく首を振る。
「カサドールに知り合いが欲しいと思ってたんです。この通り魔物狩りを生業にしたいんですが、魔物について知識がなさすぎて」
細い鎖に繋がった小さな身分証を服の中に戻す。ほんの少しの間外に出していただけなのに、胸元を滑るように触れたそれは冷んやりとしていた。
「ダルトンさん、無理を承知でお願いがあります。俺に魔物についていろいろ教えてもらえませんか? さしあたっては依頼を受けているサウラについて知りたいんですが……」
遠慮はこの際なしだ。
さっき遭遇した魔物がサウラかどうかもわからない現状では、依頼の遂行に支障がありすぎる。頭に浮かぶのは失敗の二文字。せっかく顔見知りのカサドールに出会えたのだからこの機を逃すわけにはいかない。
初依頼は成功の二文字で終わらせたい。
スイが両手を握りしめて訴えかけると、ダルトンはあっさりと、あまりにも簡単に了承した。
「ああ、いいぞ」
了承を得られたことに安堵するも、スイはどこか拍子抜けしてしまった。固く握った拳をだらんと下げ、肩の力がごっそり抜けていく。
正直断られるかと思っていたのだ。断るでないにしろ、てっきり渋られるだろうと。
カサドールたちは魔物を狩ることで生計を立てている人たちだ。つまり己が得た魔物の知識を他者に渡すことは損失でしかないはず。
村での狩猟にまつわる知識、技術、技能は他所から来た旅人や商人に対して明かすことは禁じられていた。中には同じ村民間であっても秘匿とされるものもあったくらいだ。
技術を守ることは仕事を守ることにつながる。
自分たちの仕事を守るために。
生きる術を絶やさないために。
それを承知でお願いすることは少なからず覚悟を持ってのことだったが、驚くほど簡単に話が通ってしまった。ダルトンさんがカサドールだと知ったときよりも驚いたかもしれない。
「はっはっはっ! 随分と気の抜けた面だなぁ? もしかして俺が断るとでも思ってたのか?」
「はい……一か八かのお願いだったので」
「そんなことはしないさ。確かに商売敵になるかもしれない相手にあれこれ親切に教えてやる義理はないが、俺はこれでも腕が立つカサドールでな。未来ある若者に少しばかり指南するくらいじゃ何も問題ないってわけよ」
だから安心しな、と強めに肩を叩かれる。
すっかり腑抜けた足元がガクリと揺れ、危うく膝をつきそうになった。
「おっとすまねぇ。獣人は力がちと強いからな。いつも力加減ってやつを注意されるんだが、こればっかりはどうも……」
頭の上に生えたふわふわの耳元をポリポリとかき、よろけたスイを片手で支える。
この時ばかりは大きな体が妙に小さく見えて、スイは思わず笑みをこぼした。




