27
昨日よりも気温が低く髪が風になびく度に頬が冷たく強張っていく中、カサドールの組合の扉をくぐるとじんわりと体温が戻っていく感じがした。
上部は飛び跳ねても届きそうにない大きさの両開きの扉が開け放たれ、外気が常に入ってくるにも関わらず、室内に一歩足を踏み入れただけで外の寒さを忘れてしまうような空間がそこにはあった。
風が遮られ人々の発する熱気が集まるだけで、外とはまるで別世界だなと思う。
スイたちは木目の板が張り巡らされた床の上を進み、奥にある受付を目指した。
周りの人たちは皆カサドールなのか、弓や剣を身につけている者ばかりだ。三人がそばを通り過ぎる時に視線を向けられるも、あまり熱心に見てくることはなく、街中で感じた視線とは種類の違うものだと感じた。
中は横に広く、受付をいくつか構えていて並んでいる人が何人かいたが、空いているところもあったのでそこに行くことにする。
「こんにちは。依頼の受注ですか?」
受付にいたのは小さな男の子だった。
きちんと制服らしきものを着ているのを見る限り、たぶん職員なのだろうが、その見た目はどこからどう見ても十歳くらいの男の子だったのだ。
呆気にとられているとカルラに肘で突かれて我に返る。
「その、俺はカサドールじゃないんですが、魔物狩りに興味があるのでいろいろ教えてもらいたいんですけど、いいですか?」
「はい、もちろんです。まず何からご説明しましょうか? カサドールについてはもうご存知なんですよね?」
大きな瞳で小首を傾げる仕草は実に可愛らしく、思わず庇護欲を掻き立てられる。
「カサドールのことは軽くしか知らないので、できれば詳しく教えてほしくて」
「了解です、それではご説明しますね」
よいしょ、と言いながら椅子から飛び降り、受付のさらに奥にある棚から本を何冊か持ってくる。かろうじてカウンターから頭が出るくらいの身長しかないので、脇に抱えた本をカウンターの上に先に乗せて、また掛け声とともに椅子に飛び乗った。
「お待たせしました。こちらをご覧ください」
赤い表紙の本をスイたちの目の前に広げる。
「まずはカサドールについてですが、地域ごとの組合に所属してもらう形になります。他所の組合で依頼を受けることも可能ですが、その場合、報酬の一割を自身が所属する組合に支払うことになります」
契約規定の文章を指でなぞっていく。
「その代わり、所属している組合で依頼を受けますと追加報酬がもらえます。基本はここに書いてある通り七割ですが、プラス一割で八割もらえますね。なので、他所の組合だと六割がカサドールの取り分となります」
「六割と八割じゃ報酬額に相当差が出ますね……。でも何で他所の組合だと取り分が減らされちゃうんですか?」
「ま、平たく言うと地域貢献ってやつですね」
受付の子は文章をなぞる指を止め、スイの顔を見た。
「カサドールを多く抱える組合は周辺の魔物狩りが盛んに行われるので、その地域の安全は確保されたも同然ってことです。その分観光客や移住者が増えて経済が回ります。お互いの利益になる仕組みですね」
次のページをめくり、契約書の見本を見せてくれた。
「なので、カサドールの契約をする時はご自身の地元や居住区にある組合をお勧めします」
最後に、ニコッと可愛らしい営業スマイルを見せると、何かご質問は? と尋ねてくる。
スイは目の前の契約書の見本を流し見た後で、少し考えてから口を開いた。
「カサドールにならなくても依頼を受けることはできるんですか? つまりどの組合にも所属せずにってことなんですけど」
都を目指して旅をしている今はどこかに所属することなどできそうにない。魔物狩りをする上でカサドールになったほうが都合がよければそうしようと思っていたのだが、話を聞いた感じでは時期尚早な気がする。
「もちろん大丈夫ですよ。その場合、報酬は基本の七割になります。各地を旅する方でしたらそういった形で依頼を受注することも多いのでご安心ください」
スイはホッと胸をなでおろし、そういえばと先日のプラシクネのことを思い出した。
確かネーロンで買い取りをお願いしたのはカサドールの組合ではなかったはずだが、今思うと報酬はどういう割合で支払われたのか気になる。
相場がわからないから向こうの言い値で買い取ってもらったしなぁ……。
「例えばですけど、組合じゃない場所で魔物の素材を買い取ってもらった場合って報酬額が変わってきたりするんですか?」
「そうですねぇ、組合以外にも素材の買い取りをしてくれる所は多々ありますが、買い叩かれることもありますし、鑑定士がいない所は正当な価値を判断してもらえずに損をすることもあるので……あまりお勧めはできませんね」
苦笑という表現がぴったりの笑顔で小さく肩をすくめる。
それを聞いたスイは多少ガッカリしつつも、初めて報酬をもらえたあの時の喜びがなくなるわけじゃないし、こうして学んでいくしかないんだよなと思うことにした。
受付の子は今度は青い表紙の本を一番上に持ってくると何かを探すようにパラパラとページを行ったり来たりし始める。
そして、目当てのページを見つけるとまた文章を指でなぞり始めた。
「それから……ここに書いてあるように、希望者には簡易版の身分証をお作りすることもできます」
「身分証?」
「はい。本当に簡易的なものなのでカサドールのように組合の後ろ盾があるわけじゃないんですが、魔物の素材などを売却する時にスムーズに事が運びますし、身分を証明するものとして認められてるので持っておくとなにかと便利ですよ」
でも、と言葉を続け、いたずらっぽい表情を浮かべるとパチリと片目を閉じる。
「悪いことをしたらすぐに近くの組合に連絡がいくので、悪事を働く予定があるのでしたら作るのは止めておいたほうがいいですね」
組合の受付らしからぬお茶目な警告に、スイは思わず笑みをこぼした。
それにしても身分証か……。
確かにあると便利かもしれない。小さな村で暮らしている分にはそんなもの必要なかったが、いろんな街を訪れる現状を考えるといつ何があるかわからないわけだから持っておいて損はないと思う。
今はルトアとカルラが常に一緒にいて何も心配はいらないけど、今後二人とはぐれてしまうこともありえるのだ。身分を証明できるものが一切ない状態は正直心もとない。
そっと二人の方を見ると、ルトアは興味深そうに隣の受付で行われている依頼の場面を眺めており、カルラは人目をはばからず盛大なあくびをしている。
一応相談しようかと思ったけど、その必要もなさそうだったので、スイはこの場で身分証を作ってもらうことにした。
「了解です。それではお名前を書いてもらいますので……どうぞ、こちらにお願いします」
渡された用紙に記入し終えると、男の子は椅子から飛び降りて棚の奥に引っ込んでしまう。もちろん例の掛け声は欠かさない。
その小さな後ろ姿を目で追っていたら、ようやくこちらに興味を示したらしいカルラが本を広げたままのカウンターに手をついた。
「もう終わったのかー?」
「だいたいは話も聞けたし、あとは今日受けられそうな依頼がないか聞いてみようかと思ってる」
「ふーん」
結局のところ興味なさそうに返事をすると、腰を屈めてカウンターに肘をつきスイの顔を覗き込んでくる。眉をひそめて何やら訝しげな表情でジッと見つめられた。
「……お前さ、その初孫を喜ぶジジイみたいな顔なんとかなんないのか?」
「え? 俺そんな顔してる?」
「してる。まさかとは思うけど、あいつのことガキだと思ってんの?」
「まぁ、小さいのにちゃんとしててえらいなーとは思ってるけど……」
カルラはため息をつき、そのまま頬杖をつく。
「言っとくけどあいつお前よりも歳上だと思うぞー? ツヴェルクは見た目ガキだけど長寿の種族だし、もしかしたら100歳くらいいってるかもなー」
「え」
世の中には、スイの知らないことで溢れかえっているのだと、一体何度目の衝撃なのかわからない。
本当に、自分が知らないことがこれほどまでにあるのかと、度々思い知るのだ。




