23
フィーリスについてわからないことがある。というよりむしろ、わからないことだらけである。「フィーリスって一体なんなんだ?」と問えば、「神から神力を授かりし種族で、世界の毒となる瘴気を浄化するために存在します」と返ってくる。
だがそれは欲しい答えを満たしてはくれなかった。
スイはもっとフィーリスのことを知りたいと思っていたし、一緒に行動する双子のことを正しく理解すべきだと考えていた。例え自分が監視下に置かれている立場だとしても、実際はかなり良くしてもらっているし、監視されてるだなんて忘れてしまうほどに二人は親切だった。
もちろん自分が何者なのかも知らないといけない。神力を宿していると言われた。曖昧な存在であるとも。
自分のことなのに何一つわからない状況は正直不安しかないのだが、わからないものはわからないのだと今は開き直るしかなかった。人間でなくなったからと言って落ち込んでばかりもいられないのだ。
黙っていても明日はくるしお腹も空く。故郷に戻れなくなっても、それでも生きていかなくちゃいけない。
一度死にかけた命がまだある。だから、生きていたい。
それにお先真っ暗というわけでもないのだ。都、アストロンへ行けば何かわかるかもしれないという明確な手がかりがあることがありがたい。自分のことはアストロンに着いてから考えればいい。
だから、今は道中を共にするフィーリスの二人について知ることのほうが有意義であるように感じている。
「というわけで、もっと二人のことを教えて欲しい」
「だからどういうわけだよ」
すかさずカルラに一蹴されるもスイは気にしない。
「俺、知らないことばかりだし、せめて一緒にいる二人のことくらいはちゃんと知っておきたいと思って」
「だーかーらー、お前のその熱量はなんなんだよ⁉︎ オレらはフィーリスだって前にも説明しただろーがっ」
冷たい風を頬に受けながら徒歩で次の街を目指す道すがら、熱心に質問を投げかけるとカルラは面倒臭そうに半身を引いた。
ちなみにスイは双子に挟まれて歩いている。この立ち位置にもすっかり慣れてきたところだ。
そんな二人のやり取りを愉快そうに見ていたルトアは、視線を曇り空に向け、何やら思案げに腕を組む。
「私たちのこと、ですか……。そうですねぇ……」
「スイ、お前のせいでルトアがろくでもないこと考え始めたぞ⁉︎」
眉間にシワを寄せて唇をひん曲げるカルラ。せっかくの整った顔立ちが残念なことになっている。とにかくわかるのは、ものすごく嫌そうだということ。
そんなカルラとは対照的にルトアは恐ろしく綺麗な笑顔を見せた。同じ顔なはずなのにこうも違うのかと感心していると、思いがけない言葉が形の良い唇から紡がれる。
「私はカルラのことが大好きなんです」
一瞬だけポカンとしてしまったが、よく考えてみれば特段驚くようなことでもなかった。
二人はいつも一緒にいるし、双子のわりには性格が全然違うけど、なんだかんだ仲良しだとスイは思っている。
するとカルラは身悶えるように頭やら腕やらを抱え、わずかに染まった頬と、怒気をはらんだ瞳を同じ顔に向けた。
「おまっ......! 好きとか小っ恥ずかしいことをよくもそんな平然とっ......!」
「いいえ、大好きだなんて、その程度では足りませんね......。これはもう愛していると言っても過言ではありません」
「ほんっと馬鹿っ! スイ、こいつの言うことは聞くな!」
勢いよく両耳を塞がれる。ちょっと痛い。
「何してるんですか、スイが知りたいと言ったのですから聞かせてあげないと」
「お前はろくなこと言わないから聞かせられないんだっつーの!」
耳を塞がれていても、二人とも近距離で会話してるから全部聞こえている。それに口論しながらも目的地に向かう足を一切止めないのはすごいと思う。
ただ、スイはカルラに頭をガッチリ固定されているので若干歩きにくい。
「私の愛情に嘘などありません。何を恥じる必要があるのですか。そこは喜んでくれてもいいでしょうに」
「兄弟愛、な! そこんとこ誤解が生まれるような言い方すんな!」
そういえば二人はどっちが兄なのだろうか? 双子とはいえ生まれた順番はあるだろうし……。落ち着いてるルトアかな? それとも意外としっかりしてるカルラかな?
「誤解と言うと……禁断の愛、ということですか? もしやカルラも巷で話題のこの恋愛小説を読んでいるのですか⁉︎」
「……は? 何お前……そんなもの読んでんのか? あ、やけに本屋に行きたがる時期があると思ったらまさか、それを買うためだったのかよ!」
「続きの話が発売されたら読みたいじゃないですか」
ルトアがポーチから取り出した一冊の本に、カルラはガックリと肩を落とした。おかげで両耳を塞いでいた手が離れる。
巷で話題らしいその本は、銀の箔押しがふんだんに使われた華美な表紙だった。何やら禁断の愛が描かれているみたいだが、ルトアの愛読書でもあるらしい。
小説というものはあいにく読んだことがないが、今度ルトアに借りて読んでみようか……。
「ま、冗談はこのへんにして……。ですが、私にとってカルラは何ものにも代えがたい、この世で一番大切な存在というのは本当ですよ」
目を細めると長いまつ毛に影が落ち、複雑な色の虹彩はグラデーションがとても美しい。
慈愛に満ちた柔らかい笑みをこぼすルトアに思わず見惚れていると、まんまと弄ばれたカルラはプイッとそっぽを向いてしまう。聞こえた舌打ちは照れ隠しだろうか?
「ルトアとカルラは……とても強い絆で結ばれてるんだな……」
双子だからという理由では収まり切らないくらいの強い想いを感じる。兄弟のいないスイには到底わからない感覚なのかもしれない。
ルトアはチラリとカルラのほうを見ると今度は嬉しそうに笑った。
「はい。カルラは私を救ってくれたので。いわゆる命の恩人というやつですね」
「えっ……」
驚いて目を見張る。
ルトアは笑顔を崩さずにさらに続けた。
「これも本当ですよ。私は本来ならここにいるはずのない身なのです。カルラがいなければ私はここにいなかったでしょう。カルラが私を助けてくれなかったら、今頃は空の星となっていたでしょうね」
厚い雲に覆われた空を見上げる。
スイはふと昔読んだ絵本に、死んだ人は空のお星さまになるのだと書いてあったことを思い出していた。両親を亡くした当時はもう九歳だったのでそれを信じ続けてはいなかったが、眠れない夜は寂しさを埋めるように窓から星を眺める日もあった。
「ですから、私にとってカルラはこの世で一番大切なんです」
「ルトアは……重い病気か何かだったのか?」
遠慮がちに尋ねると、急にカルラの腕が肩に触れた。
「そんな深刻な話じゃねぇっつーの。単に貧弱すぎて死にかけてたこいつを助けてやっただけの話。こんなつまんねー話じゃなくて、お前はフィーリスについて知りたいんだろ?」
肩から首へ回された腕は、乱暴にスイの頭の向きを変えさせる。強制的にカルラの顔が目の前に来ると、目の焦点が合う前に額が降って来た。
つまり頭突きされたのだ。
結構痛いそれはスイの質問を打ち消すには十分な効力を発揮し、あっという間に話題はフィーリスへとすり替わる。
スイはジンジンする額を押さえ、昔ルトアの身に何があったのかもっと詳しく知りたかったけど、フィーリスについて知りたいのも間違いじゃないからいいか、と思いながら頭突きの衝撃で止まりかけた足を動かした。
「フィーリスのことですか……そうですねぇ。以前に説明したこと以外で、ということなんですよね?」
ルトアは口元に軽く手を添えながら、額をさするスイを見た。
「うん、フィーリスが瘴気を浄化して世の中を危険から守ってくれてるってのはわかったけど、なんで翼があるのかとか、そもそも神力って何なのかとか……いまいちピンとこないんだよな……」
「翼については獣人と同じだと思いますよ。彼らに何故獣の尻尾や体毛が生えてるのか、それは獣人だからという答えで大抵は納得しますよね。私たちのこともフィーリスだから翼がある、と思ってください」
言われてみれば確かにとしか言いようがない。見た目が人間っぽいから不思議に思ってしまうが、フィーリスは翼が生えた種族なのだと理解するしかないのか。
スイが頷くとルトアは微笑み、話を続ける。
「それと神力ですが、これはちょっと説明が難しいですね。目に見えるものでもないですし……神そのものに実体がないので、何かと問われてもそういうものだとしか言えないんですよねぇ……」
うーん、と悩ましげに首を捻る。
話を聞いていたスイは、神に実体がないという事実にさらに混乱し、ルトアと同じように首を捻った。
「なぁ、スイ。お前って元人間なんだよな?」
不意にカルラに尋ねられ、スイは逆向きに首を捻る。
「気持ちだけはまだ人間のつもりだけど、実際は元人間ってことになるんだよなぁ……」
改めて言われると何とも言えない気持ちになる。実感が湧かないからなおさらかもしれない。
「魔力、使ってただろ? その魔力だって一体何なのか説明できなくねーか?」
「そっか……確かに説明できないかも」
「だろー? 神力も似たようなもんだよ。それを使ったことのある奴にしかわからないってことだな」
魔力は小さい頃から大人たちに教わって使ってきたもので、それが何なのか考えたことなどない。そんなこと考える必要がないくらい、道具を使うのと同じく魔力はスイたちの暮らしの中にあるのが当たり前だったのだ。
スイが納得したところで、いつの間にか話は食べ物の好みの話題になっていた。
カルラはしょっぱい味が好きで、ルトアは辛いものに強いらしい。どこまでも似ていない二人が唯一共通するのが、甘いものが苦手というところだった。




