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「で、これが転ばずの石。持ってると転びにくくなるわよ。こっちはかの有名なファレスファルーク・リゴニーが書いた本。これは絶版だから高くつくわ。あ、それは飲むと喉の調子が良くなるの。製法は秘密よ。それとそっちにあるのが……」
老婆の変装をしていた若き店主は、三人の金づる相手に並べてある商品を片っ端から紹介していた。
真ん中の軟弱そうな金づるが片手を上げて説明を遮る。
「あの、俺は財布を買いに来たんですが……」
「わかってないわねぇ。本来の目的以外の物のほうが素敵な出逢いがあるってもんなの」
右側の優男っぽい金づるがどす黒い紙切れを指差した。
「これはどういう商品なのですか?」
「あら、あなたなかなかいい趣味してるわね? それは枕の下に入れると悪夢が見れるのよ。確率は半々ってとこね」
左側の人相の悪い金づるが腕を組んで偉そうに見下ろしてくる。
「どれもこれも胡散くせーな。これ全部インチキ商品なんじゃねぇの?」
「失礼ね、効果は保証するし偽りもしないわ。あなたにはこれなんてどう? 嗅ぐと少しだけ素直になれる花の香りを閉じ込めた茶葉よ」
少女はパチリと片目を閉じ、栗色の髪を揺らした。
説明を聞くと害のありそうな商品はないのだが、欲しいと思える商品もない。なんとも奇抜な品揃えの数々であった。
スイは財布を買うという目的を半ば諦め、店主の説明を話半分に聞きながらぼんやりと商品を眺める。
ここで適当に何か買ってやり過ごすことも考えたが、村を出てから初めて稼いだお金だ、無駄遣いはしたくないというのが正直なところだった。
どうせ買うならせめてマシな物をと思っていると、カルラに軽く肘で小突かれる。顔を向けようとしたら耳元で囁かれた。
「こっから向こう側は選ぶな。魔毒が混じってる」
台の真ん中辺りから左半分を示される。
店主はルトアと話し込んでいてこちらには気づいていないようだった。
魔毒はどこにでもあるものだと教えてもらったばかりだが、たくさん並べてある商品の右と左でこうも綺麗に分かれるのはさすがに不自然な気がする。
スイは小声でカルラに尋ねると、やはりあり得ないと返答があった。つまり、この店は故意に魔毒のある商品とそうでない物を売っているということになる。
「だけど一体何のために?」
「さあな。最初から怪しい店だとは思ってたけど、ここまでくると怪しいどころか異質っつーか……。で、どーすんの?」
「うーん、何か買わないと解放してもらえなさそうだし、当たり障りないやつにしようかとは思ってるんだけど」
ルトアが店主を引きつけているのをいいことに、お互いの顔を近づけてヒソヒソと話す。
ちなみにルトアは今、丸眼鏡に棒状の持ち手がついた品に夢中だった。
「これは人心の涙といって人の心が何となーく読める一級品よ。使い終わった後は涙がしばらく止まらないけどね!」
「それはすごいですね。どのくらいの精度で読めるんですか?」
スイとカルラは聞かなかったことにして魔毒が混じっていない商品を吟味し始める。
こうも変わった効果の物ばかりだとどれを選んでも大差ない気もしてくる。ザッと見た限りでは残念ながら財布っぽい商品はなさそうだった。
スイは一瞬見逃してしまいそうなくらい存在感がなく、隅の方に小さく畳んであった一枚のハンカチに手を伸ばす。
薄くて滑らかな肌触りのそれは縫い目が一切なく大きな布から切り抜かれたようにも見えたが、布の端はほつれもなくとても綺麗だ。何の素材で作られているのか見当もつかない。
手のひらサイズのクマのぬいぐるみを警戒心たっぷりで摘んでいたカルラが、ハンカチを広げてしげしげと眺めるスイに気づく。
「何だよそれ」
「ただのハンカチに見えるけど、きっと何か変な効果があるんだろうなぁ……」
一度カルラに渡し検分してもらうも、やはりただの布切れにしか見えない。
カルラは嫌そうな顔をしながらも顎で店主を示した。
「気になるなら聞いてこいよ。オレはあそこに混じる勇気はねぇけど」
スイは苦笑しつつハンカチを受け取り、いまだ盛り上がっているルトアと店主の間に割り込んだ。
「あの、このハンカチってどういう商品なんですか?」
謎のリボンを掲げていた店主が「ああ、それね」と商売人らしい営業スマイルを見せた。
「迷いの道しるべといって、道に迷った時に空に浮かべると目的地を教えてくれるのよ」
「え、結構便利そう……」
思いの外まともそうな商品にスイは感動する。
「何度でも使えるけど、それなりのスピードで飛んで行くし、ちゃんとついて行かないと回収できなくなるからはぐれないように気をつける必要があるわ」
便利なのかどうか不安になる注釈が入ったが、とりあえずは実用性がありそうな気もする。村を出ることのなかったスイにとっては右も左もわからない場所ばかりで、カルラとルトアがいなければ迷子になる確率は高い。
スイが買おうかどうしようか悩んでいると、ギラリと瞳を光らせた店主の少女はお客を逃すまいと早口でまくし立てる。
「ハンカチにしては結構いい素材使ってるし使い捨てじゃないから銅貨七枚よ。ここじゃなかったらまず手に入らない代物だから買わないのは損ね! でもまあ、うまいこと客引きしてくれたみたいだから特別に銅貨六枚でもいいわ」
客引きとはどういうことだろう、と後ろを振り返ると遠巻きに女性たちがこちらを見ていた。チラチラと様子を伺うような視線がこの店に、というか美しい双子に向けられている。
なるほど、確かに注目を集める点に関しては優秀な二人かもしれない。俺たちが店を去った後も何を買って行ったのか興味を持つ人も少なからずいるだろうし、客引きと言われてもあながち間違いではなさそうだ。
それを最初から狙っていて、老婆に扮した彼女は俺たちに声をかけたのかもしれない。
若干、してやられた感もあるが、そこで張り合っても仕方がないことだし彼女の変装を暴いてしまったというのは事実だ。さらに余計な難癖をつけられる前にさっさと買い物を済ませてしまおう。
スイはハンカチを畳み直して少女に渡した。
「これください」
「まいどありぃ!」
非常にいい笑顔で答えると木製の平たい入れ物を差し出される。
ルトアに頼んでポーチから布に包んだだけの自分の所持金を出してもらい、そこから銅貨を六枚だけ取り出して入れ物に乗せた。コトンとくぐもった木の音が鳴る。
初報酬を受け取った時、財布がないので一時しのぎに適当な布に包んでポケットに捩じ込もうとしたのだが、スリに遭うかもしれないからと二人から猛反対され、ルトアのポーチに預けるという形に落ち着いたのだ。
村で暮らしてた頃はお金を持ち歩く習慣もなく、稼がなくても自給自足の生活だったから財布自体に馴染みがない。そもそも財布を買うという考えにも至らなかったスイは自分の行動に何の疑問も持たなかったが、ルトアとカルラの残念そうな顔を見て申し訳ない気持ちになった。
そして、村での常識は外の世界ではまったくと言っていいほど通じないのだと改めて思い知った瞬間でもあった。
無事ハンカチを購入し終えると、スイがお金をルトアに再び預ける様子をじっとりと見つめる店主がそこにいた。
「……ねぇ、あなたたちってどういう関係なの? どっかの国の王子様とかなわけ?」
質問の意味がわからなくて思わずルトアとカルラの顔を見たが、微笑みの首傾げと呆れの肩すくめしか返ってこない。
「えっと……?」
困惑するスイに少女が詰め寄る。
「お忍びなの?」
「お忍び……ではないかな。王子でもないし一般人? だと思うけど……」
思わず疑問系になってしまうのは、フィーリスという特殊な種族をどう分類したらいいのかわからなかったからだ。
俺は間違いなく一般人だけど、ルトアとカルラに至っては謎だ。実は王子でしたという展開があったりするのだろうか? そうだとしたらかなりの放浪王子だけど、そこら辺の世情に詳しくない。
それでもなお、怪しむような視線を向け続ける店主は、鼻をフンと鳴らすと老婆の姿の時に座っていた丸椅子に腰掛けた。
「貴族みたいな品のある男を侍らせて、自分はお金も持たずに優雅にお買い物だなんて、王子じゃなくても相当身分の高そうな人物に見えたけどね。まぁ違うならいいわ。あたしだって面倒なことには関わりたくないし」
身分の高い人物を相手にするような態度ではないが、少女の言葉を聞いてスイは耳を疑った。
まさか、自分がどこかの国の王子か何かだと思われていたとは……。やっぱりこれは早急に財布を買う必要がありそうだ。
地味にショックを受けたスイは、この後別の店で無事財布を購入できたのだが、またしても「スリに遭ったら大変だから」という理由で、結局は財布を預けることを余儀なくされるとは思いもしなかった。




