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星と煌めきの空  作者: 香坂
知るための物語
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 スイの初仕事で手に入れた報酬は銀貨には及ばなかったものの、それなりの枚数の銅貨と引き換えることができた。

 グルートンに食べられなかったのは幸いだったのだが、量が多かったとしても苔ウサギ自体はあまり高値で取り引きされない魔物だった。


 ネーロンではあまり魔物狩りが活発ではないらしく、素材の買い取りは泊まった宿よりも小さな建物で対応してもらったので、大量の肉を次から次へと取り出す三人組に受付の人が目を白黒させていた。


 ようやく一文なしから脱却できたスイは財布がないことをカルラから指摘され、またしても買い物をするために街の中をうろつくことになったのだった。




「なぁーんか嬉しそうだな?」


 道端に並ぶ商品を眺めながら歩いていると、横にいるカルラが右の口角を吊り上げて聞いてくる。スイは緩んだ頬に手を当てると気恥ずかしそうに笑った。


「ずっと二人に払ってもらってたから、自分のお金で買い物できるっていうのは嬉しいよ」

「そうかぁ? オレは他人の金で買い物できるほうが嬉しいけどなー」

 カルラは頭の後ろで腕を組み、人の悪い笑みを浮かべる。



 相変わらずスイを挟んで歩く美しい双子の姿に街の人々は目を奪われるのだが、本人たちは自らがフィーリスだから見られているのだと勘違いしているので、視線をまったく気にしてない。フィーリスでも何でもないスイにとっては、とてもつなく居心地が悪いことこの上ないのだが。


 それに、カルラとルトアの美しさは顔の造形だけにとどまらないことをスイは知っている。

 フィーリスとしての本来の姿、光り輝く翼を背中に宿した姿こそが本当に美しいのだと知ったのだ。


 フィーリスって一体何なんだろう。

 漠然とした疑問が浮かんでは消える。



「……? どうしましたか?」

 ルトアが少しだけ首を傾げるようにしてスイと目を合わせてきた。


「いや、何でもないよ。……そういえば二人は魔物と戦わないのか? 瘴気を浄化するのが仕事ってことは、今日みたいに魔物と遭遇するってことなんだろ?」


 巨大苔ウサギを前にして二人は即座に退避しようとしていた。確かにあの大きさなら身の危険を感じるのも無理はないが、俺よりもはるかに魔物に詳しいのだから苔ウサギが脅威的な魔物ではないこともわかっていたはずなのだ。

 あの時、二人は最初から戦闘の意思がないように見えたことがスイには引っかかっていた。



「戦うことはしないですね。私たちフィーリスは基本的に争いを好まないので。それに瘴気があるからと言って必ずしも魔物がいるとは限らないんですよ」


「そうなのか?」

「はい。スイはまだ魔物と瘴気の関係について少し誤解してるのかも。瘴気というのは魔毒が集まって発生するのですが、そもそも魔毒というのはどこにでもあるものなのです」


 ルトアは数ある露店の中で装飾品類を扱っている店を見つけると、周りに聞こえないように声のトーンを落とす。


「あそこに置いてある……あの青い宝石がついたネックレスが見えますか? あの宝石、魔毒を含んでいます。劣悪な環境で生まれたのか、前の持ち主に不幸があったのかわかりませんが、あれを買うのはあまりお勧めできませんね」


 スイは思わずギョッとしてしまう。ただのネックレスにしか見えないのに、魔毒が含まれていると聞かされると底知れぬ恐ろしさを感じてしまう。


 スイの顔色が変わったのを見てルトアはクスリと笑った。


「大丈夫ですよ。命に関わるほどのものではないですから。魔毒というのはそういうものなんです。それだけならば特に大きな影響はないのですが、集まりすぎるとよくないものになってしまいます。それが瘴気です」


「そんで、その瘴気を浄化するのがオレたちフィーリスってわけー。だから魔物がいなくても瘴気は発生するし、瘴気があるから魔物がいるってわけじゃねぇんだよなー、これが」

 ルトアの肩に腕を乗せてニヤリと笑うカルラ。美形の双子が並ぶと壮観である。



「まぁ、魔物がいると魔毒は増えやすい上に瘴気の流れを生むから、魔物が厄介なことには変わらないけどな。わざわざ戦おうとは思わねぇけど」


 心底嫌そうな顔をするカルラに、スイは意外だなと思っていた。むしろ嬉々として魔物に喧嘩を売りに行きそうなものだが、実は平和主義なのかもしれない。




 魔物がいたら物陰に隠れながら隙を見て浄化を行うのだと、再び歩きながらルトアから教えてもらう。

 瘴気の流れを感じたらほぼ確定で魔物がいるから最悪だと、カルラがため息をついた。

 

 浄化というのは魔物を消滅させるようなすごい力をイメージしていたけど、根本的に違うようだった。



 スイはそこであることを思い出す。


「じゃあこの前見せてもらった槍は護身用ってこと?」


 立派な装飾の槍だった。俺が持ったら確実に不釣り合いなその装備は、華美な見た目のこの二人にはひどく似合っていた。まるで二人のためにあつらえたものであるかのような気さえする。


 翼を生やし、あの槍を持って空でも飛んでたらおとぎ話に出てくる天使に見えなくもない。……天使が持ってたのは槍だったっけ? 昔見た絵本の挿絵が思い出せない。



 スイの質問にルトアは微笑むと、ちょっと考えるように視線を動かした。


「ええ、そうですね。あれは持つ決まりというか、持たされていると言ったほうが正しいかもしれません」

「持たされてる? 誰に?」

「フィーリスの長みたいな人に、ですかね。フィーリスは都のアストロンを出る時には必ず携帯することが決められているのです。スイの言う通り、戦うためではなく護身用という意味合いのほうが強いと思います」


「フィーリスの長かあ……」


 アストロンへ向かっているのだからいずれ逢うことになりそうだ。どんな人だろう? ルトアたちみたいに綺麗な人なんだろうか。





 お店を探しつつ雑談に花を咲かせていると、とある店先で老婆と思しき声に呼び止められた。


「そこのお兄さん方、ひとつ見ていってはくれませんかねぇ。きっとお探しのものがありますよぉ」



 数ある露店の中で一際目立つ一角があった。せっかくの路面売りだというのに黒いのれんを垂らし、商品がほとんど見えない。かろうじて見えるのは虹色に反射するガラスのコップが台の端に並べてあり、揺れたら落ちて割れてしまいそうだった。


 スイたちを呼び止めた姿なき店主は、薄暗いのれんの先から細く枯れた手を出して手招きをしていた。



 あからさまに怪しさの漂う店にカルラは口をひん曲げて嫌悪感をあらわにすると、スイとルトアの肩をガシリと掴んだ。


「いいかお前ら、オレたちは何も見なかった。誰にも呼び止められなかった。わかったか?」


 そう言うとスイとルトアはクルリと体を反転させられ、カルラに押される形で進路変更を余儀なくされる。



「ちょちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! じゃなかった……お兄さん方、悪いことは言わないから寄っておいきなさいなぁ」


 発せられた声は先程より随分と若く、すぐに取り繕うように元の老婆の声へと戻る。その奇妙さに三人は思わず足を止めていた。



「さぁさぁ、もっと近づいて商品を見ていっておくれぇ。買わなきゃ損だよぉ」

 キヒヒっと薄気味悪い笑い声を立てて再度手招きをしてくる。



「おい、どうするよ?」

「行ってみませんか? なんだか面白そうですよ」

「馬鹿かよ、あんな怪しいやつの怪しい店、怪しい商品しか置いてねーぞ!」

「俺もちょっと行ってみたいかな。別に見るだけなら大丈夫と思うんだけど……」

「お前も馬鹿か! あれのどこをどう見たら大丈夫そうに見えるんだよ。そろいもそろって危機管理能力の低い奴らだな⁉︎」



 コソコソと三人で密談した結果、危機管理能力の高いらしいカルラが折れることで話がまとまった。ものすごく嫌そうな顔を貼りつけたカルラをスイとルトアが店の前まで引っ張って行く。


 俺たちが店先に立つと老婆は黒いのれんをたくし上げて脇の金具に引っかけ、台の上の商品が見えるようにした。



「どれもこれも他では手に入らない代物ばかりだよぉ。お兄さん方は運がいいねぇ」


 アクセサリーなどの装飾品から小物入れ、コップにスプーン、壺や鏡に至るまでありとあらゆる商品が所狭しと並んでおり、その品揃えに統一感はまるでない。一見して用途が不明な物もある。


 物珍しさに目を走らせていると、大きめのフードで顔を半分ほど隠した老婆がまた気味の悪い笑い声を上げる。

 のれんと同じく黒い服を着た老婆は、表情が見えなくとも十分すぎるほど不気味な雰囲気をまとっていた。



 スイはその老婆以外に店に誰もいないことを確認し、おもむろに口を開く。


「あの、さっきあなた以外の声が聞こえたんですけど、この店にはあなた一人ですか?」

「ここには私一人しかいないからねぇ、空耳じゃあないかい?」

「それじゃあ……ここにある商品、全部ください」

「ええっ⁉︎ それは困るわ! そんなことされたら……」


 勢いよく立ち上がった老婆は、その見た目にそぐわない若々しい声色で叫ぶ。さっき聞いた声だった。

 しまった、というふうにさらにフードを深く被ると、ばつが悪そうに顔を背けてしまう。その表情は相変わらず見えないが、隠しきれない焦りはハッキリと伝わってきた。


 やっぱりこの老婆は見た目よりも若い。というより見た目を偽っているように見える。

 村で老人とよく接していたから何となくわかったけど、この老婆の喋り方はあまりにもわざとらしい。自らを老人っぽく見せようと必死な感じなのだ。



 スイの誘導にまんまと引っかかった老婆はしばらく黙っていたが、三人の詮索するような視線からは逃れられないとわかると、ついに諦めてフードを外した。


「あーあ。結構自信作だったんだけどなぁ、今回の変装」


 現れたのは老婆だったが、どういう仕掛けか瞬きの間に別人へと変化していた。

 髪を頭の高い位置で結えた快活そうな少女がジロリとスイを睨みつける。



「若いと侮られるから、わざわざ説得力ありそうなお婆ちゃんになってたの。それなのに営業妨害もいいとこよ。ちょっとあなた、迷惑料に何か買っていきなさいよ?」


 おそらくスイと同じくらいの年頃だと思うが、大層ご立腹な彼女はスイと両脇の双子を前に、高圧的な態度でふんぞり返った。


 どうやら変装を暴いたことで面倒なことになってしまったらしい。ルトアは変わらずニコニコしてるけど、カルラは言わんこっちゃないと顔に書いてあった。何となく気になって箱を突いたら蜂が飛び出して来た感じだ。



 スイは若干の負い目を感じながら改めて店主である少女と向き合った。


「えっと……財布が欲しいんだけど、ありますか?」



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