ラジオは。
今回も、偶然かもしれない。
でも、なんだか気味が悪い。
狭い街だから、頻繁に顔をみかけることがあるのも理解できる。
でも、でも。
翌朝、友人についてきてもらって部屋に戻った。
さいわいなのか、あたりまえなのか。
部屋に帰っても、友人が戻っていっても何も起こらなかったし、誰にも会わなかった。
なんだか疲れを感じて、ベッドに横になった。
……いつの間に眠っていたのか、夢を見ていた。
気味が悪い夢。
大きな闇が迫ってきて、飲み込まれていく夢。
果てしなく拡がる闇で、空虚なんだけど昏い
“こいつに捕まったら、ヤバい!!”
逃げてにげてニゲテ……飲まれる!瞬間に目が覚めた。
いつの間にか夜になって、あたりは真っ暗になっていた。
横を向いた視線の先には、緑のランプが光っていた。
もう一度、眠ろうと目を閉じたが、さっきの夢の不快感から眠れなかった。
気味が悪い、けれどどこか知っている感じがする闇。
“あの店員の目!!”
ふと、思い至った。
何度か顔を合わせたときの“かすかな違和感”の正体が、わかった気がした。
確かに視線は、こちらを向いている。
表情も笑顔だ。
けれど、目には何の感情もこもっていない。
さっき夢で見た闇と同じ、どこまでも深く昏い。
……一睡もできないまま、夜が明けた。
起きようとしたけれど、体に力が入らない。
そういえば、昨日友人宅をでてから、丸一日飲まず食わずだ。
せめて水だけでも、そう思って重い体を起こす。
台所に行き、コップに水を入れて飲み、ベッドに戻る。
眠れなくても、身体を休めよう。
そう思っているうちに、うとうとしてしまったようだ。
ピ・ンポーン
ドアチャイムを鳴らす音で目が覚めた。
トントントン“宅配便でーす”
(何か、頼んだっけ?それともウチから何か送ってきた?)
「はーい」返事をしながらドアをあける。
寝起きで頭がぼんやりしている。
『お届けものです。お宛名こちらでよろしかったでしょうか?』
配送員が、荷物の宛先伝票をこちらに向けてくる。
確認しようと荷物に目を向けた途端。
バチバチバチ!!!
衝撃が走った。
目の前が暗くなる。
気が、遠くなる。
気がついた時に見えたものは、真っ白な天井と不安そうな家族や友人の顔。
そして見知らぬ中年男性がふたり。
目を開けたのを確認して、友人がひとりあわててそばを離れる。
ほどなくして白衣を着た集団が数名、部屋に入ってきた。
名前を呼ばれる。
いくつかの質問をされ、答えていく。
なにがどうなっているのか、わからない。
医師たちが部屋を去った後、中年男性のひとりが家族たちに、しばらく部屋を出るよう促しているのが聞こえた。
部屋には3人だけになった。
寝たままなのは失礼かと身体を起こそうとしたが、やんわりと制された。
ふたりのうち、年かさの方がベッドの横に座った。
『大変な目にあったね。無事でよかった』
そう言った。
『これが何か、わかるかい?』
そして、男性は透明なビニル袋に包まれた黒い物体を、見やすいように顔の横に置いてくれた。
リサイクルショップで買った、ラジオだった。
そう答えた。
『ラジオね。そう。だけど実は違うんだ』
男性が教えてくれた”ラジオ”の正体。
それは【盗聴器】だった。
それもあの店員が、既存のラジオに盗聴器を仕込んだいわば“自作”。
店を訪れた中に“好み”の客がいたら、目につくように棚に置く。
買わなかったら回収し、別の機会を待つ。
購入した時は、メンバーズカードの作成を勧め、簡単な個人情報を入手する。
そのあとは、お決まりのストーカー行動だ。
盗聴して行動を把握し、つきまとう。
あの店員は、数々のストーカー監禁事件の犯人だったようだ。
“偶然”をジャブ的に繰り出し、徐々に距離を狭めていくのがいつもの手口。
今回はなにを焦ったのか、スタンガンを使って気絶させ、そのまま部屋で監禁しようとしていたらしい。
だけど友人に“気味が悪い”としばしば相談していたことで、連絡がつかないのを心配した友人が警察に相談。
その結果発見が早まり、救出と、犯人逮捕に成功したということだ。
『もう大丈夫』
男性の言葉にうなづいた。
退院後は、アパートを引き払い実家に戻ることにした。
引っ越しを済ませ、実家の自室に置いたベッドの上に横になる。
……と階下から母親が呼ぶ声がする。
宅配便が届いたらしい。
荷物を受け取り、差出人を見る。
“本人”
???
封をしているテープを剥がして、箱を開ける。
中に入っていたのは、一台の黒いラジオ。