偶然?
『あれ、誰?』
歩きながら友人が聞いてきた。
「昨日買い物したリサイクルショップの店員。ちょうどおもしろそうなモノ品だししてて。結局それ買ったんだけど、レジ打ってくれたのもあの店員」
『ふうん』
「どうかした?」
『いや、気のせいかもしれないんだけど、さっき待ち合わせ場所で会った時に、睨まれたような気がしたんだよね。一瞬だったから気のせいかもだけど』
「にらむとか、ないっしょ」
ゲーセン行って、雑貨屋と100円ショップ巡って、美味しいと別の友人が話していた店でソフトクリーム食べて、夕方すぎに友人と別れて帰途についた。
最寄り駅で電車を待っているときに、反対側のホームにあの店員の姿を、見かけたような気がした。
何事もなく数日が過ぎた。
その日はバイトが入っていた。
本屋のバイト。
本が好きだから勤まるけれど、思っていた以上に重労働だ。
働き始めるまで、こんな内情とは知らなかった。
本来のシフトとは違う日だったけれど、昨夜店長から電話があって、急遽勤務が入ったのだ。
今日は新刊が入荷したので、仕事はそれらを書架に並べていくこと。
ラックに積んだ本の山を、先輩が所定の位置に置いていく。
それを既存の本と入れ替えながら、並べていくのだ。
雑誌にマンガ、文芸書。
参考書や問題集じゃなくて、よかった。
いくら自分はもう見なくていいと判っていても、やっぱりあのジャンルは苦手だ。
黙々と並べていく。
『あのお。探したい本があるんですけど』
背後から、声が聞こえた。
「いらっしゃいませ。どの本をお探しですか?」
答えながら振り返る。
そこには……
あの店員が立っていた。
なにやらスマホを操作している。
やがてスマホの画面を見せてきた。
『この本、ありますか?』
それは、ちかごろ話題になっている本で、ついさっき陳列棚に並べた本だった。
「それでしたら、こちらにございます」
案内しようとした。
『あれ?ええ!ここで働かれてたんですか?』
びっくりしたような声を出された。
「え?」
『前に、お店に来てくれた人ですよね?リサイクルショップ』
「え?ええ。そうです」
『うわ~偶然ってすごい。ここ、滅多に来ないんですよ。そんなとこで会うなんて』
返答に困る。
とりあえず書棚に誘導し、本の場所を示した。
「先ほどの本でしたら、こちらです」
『ああ。ありがとうございます』
にっこりと笑う。
仕事に戻るためにその場を離れ、ひと通り並べ終わったあとにさっき教えた書棚の前を通った。
本は一冊も減っていなかった。
夜、眠れなくて友人に電話をかけた。
『……もしもし?』
「あ、ゴメン。寝てた?」
『いや、大丈夫だけど…どした?』
「いや、ちょっと考えてたら寝れなくて」
『何かあったん?』
友人の問いに、今日の“あの店員”の不思議行動を話した。
「わざわざ、店員に聞いてるのに買ってないって。なんかヘンだし」
『そうかなあ?気が変わったとかも、あるんじゃ?』
「それなら、いいけどさ」
『なんかスッキリしてないっぽ?』
「うん」
友人は、しばらく無言のあとに言った。
『じゃあ、カラオケ行こ!』
「カラオケ?」
『そそ。歌って、飲んで、モヤモヤ吹き飛ばそ!』
「カラオケか。ひさびさに行こうか」
待ち合わせの場所と時間を決めて、電話を切った。
店員…ふと思い出してコンセントに挿したラジオを見た。
相変わらず小さな緑のランプがついていた。
翌日は友人とカラオケを楽しんだ。
いっぱい歌って、いっぱいしゃべって、アドレナリン全開で楽しんだ。
フロントから“お時間です”との連絡が来たので延長を申し出たが、今日は来客が多いからと断られてしまった。
フロントで清算をすませ、帰ろうとしたところに声がかかった。
『こんにちは、あ、こんばんはかな』
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこにはあの店員がいた。
今日は友人らしい数人と一緒だ。
高揚していた気分が急に冷える。
『カラオケされてたんですか?ウチら今からなんですけど、よかったらいっしょにどうです?』
なぜ誘う?知り合いでもなんでもないのに?
おそらく茫然としたいたのだと思う。
『いや、これから行くとこあるし。知らない人とってアレだから、ごめん』
友人が助け船を出してくれた。
店を出たところで友人が話しかけてきた。
『あれが例の?』
「そう」
『ふうん。まあ確かにちょっと、いや結構キレイかな』
「そうかもしれないけど。なんかちょっと」
『こないだ待ち合わせた時と、本屋と、今日の3回だっけ?偶然じゃない?狭い街なんだし』
「あと何回か、ホームとかで見かけてる気がする」
『気にしすぎだって』
そのあと、友人のリクエストで牛丼のチェーン店で食事をし、駅で別れて帰途についた。
乗り込んだ電車が走り出した時、ホームの雑踏の中に店員を見たような気がした。
ひと月ほど、何事もなく過ごしていた。
バイト先には、あれから店員はあらわれなかった。
友人たちとはバイトの時間がずれていたので、遊ぶ約束も電話ではなくメッセージアプリばかりになっていた。
そんなある日、バイトに行こうと部屋を出ると、アパートの前に引っ越し業者のトラックが停まっていた。
(引っ越しか。来るのか出るのか。どの部屋なのか)
そんなことを考えたけれど、所詮は他人の生活。
自分には関係ないことと、忘れてしまっていた。
バイトの帰り道、夕食と明日の朝食とを買いにコンビニに立ち寄った。
中華丼とミックスサンドを購入して店を出たところで、声をかけられた。
『こんばんは』
いやな予感を抱えつつ、声の主を見た。
店員だった。
「あ」
『奇遇ですね。この辺に住んでいらっしゃるんですか?今日、引っ越してきたばかりで、不案内で困ってたんですよ』
「あ、いえ」
つい言葉をにごす。
“住んでいる所を知られたくない”そう感じた。
「じゃ、急ぐので」
それだけ言って、そのまま一番近くに住む友人の家に行き、泊めてもらった。