昼食とコミュニケーションお化け
この日も小田さんは通常運転で、しかめっ面だった。
周囲は『ついに舎弟をはべらせ始めた』と訳の分からない緊張感に包まれていた。
『最初にパンを買いに行かされるのは誰だ!?』みたいな感じ?
この空気は変えようがなく、昼食の時間となり、僕の前に坂本と右側に大和が来た。
隣の席は小田さんだから、通常空いているけど、誰も小田さんの席を使うことはなかった。
今日も小田さんはお弁当を持って例の屋上前の扉の所に行こうとしていた。
「あ、小田さん!ちょっと待って!」
「「「え!?」」」
小田さん、坂本、大和の3人が驚いた。
「今日は、一緒に食べようよ」
「「ちょちょちょちょちょっと待て!」」
坂本と大和が慌てている。
その声に、小田さんは驚いて僕の後ろに隠れてしまった。
頭を僕の背中に付けて、坂本、大和の視界から消えているつもりだろう。
「花岡をシメた小田さんだぞ!?」
「それ、どうも誤解みたいなんだよ。だよね?」
後ろに隠れている小田さんに話しかける。
「花岡先生・・・って怖くて目を見ることもできません」
僕の影から顔だけ出して答える小田さん。
答えたらまた隠れてしまった。
「正拳突きで壁に穴をあける小田さんだよね!?」
「人類はまだその域に達していません」
答える時だけ、ぴょこんと僕の背中から顔を出す小田さん。
なにこれ、かわいいんだけど。
「誰だよ、小田さんがヤクザの組長の娘って言ったやつは!? 」
そんな奴は最初からいない!
「あの・・・私も・・・一緒で・・・いいの・・・ですか?」
段々語尾が小さくなっていく。
顔が真っ赤で、はにかんだ表情がすごくかわいい。
これは誰が見ても美少女だろう!
しかも、金髪だし、異次元なかわいさだ。
「お、おい、山田・・・」
「これがあの小田さんかよ!?別人じゃん!」
坂本、大和が躊躇している。
「小田さん、いいよね?ほら、机付けよう」
僕は華麗にスルーして話を進める。
「みなさんがよろしければ・・・」
僕が小田さんの机に手をかけたタイミングだった。
「キュピーン!美少女のにお-い!」
僕たちの集まりに星崎さんが飛んできた。
星崎さんは男女関係なく話を合わせられる、すごいコミュ力の女子だ。
本人曰く『かわいい女子が好き』と言っているが、百合的なものじゃないと信じたい。
「小田さんが話してる!しかも、声かわいい♪」
一旦は僕の後ろから出てきた小田さんだったが、騒がしい星崎さんの登場でまた僕の後ろに隠れてしまった。
今度は、僕の両袖を後ろから掴んで完全に真後ろに隠れている。
そう言えば、小田さんって窮地の時はフリーズする感じかな。
今は、僕の後ろという逃げ場を見つけて何とかなっているけれど、1人時は、仁王立ちで固まっていたのかもしれない。
ビクビクしない分、今までは強そうに見えたのかな?
「私もおベント持ってきたからまーぜーてっ♪」
星崎さんはマイペースでこの集まりに入ってきた。
結局、僕、小田さん、坂本、大和、星崎さんの5人グループになった。
「机2個じゃたりなくない?そこらの空いてるのちょっと借りよう!」
調子よく星崎さんが机を確保して、5人分の弁当を広げて食べられるようになった。
小田さんは何だか、そわそわ落ち着かない感じ。
弁当箱は既に机の上に置いているのに、他の人が出すのを待っている。
「じゃーん!星崎ちゃんのお弁当こうか~い!」
星崎さんは、物怖じすることなくマイペース。
カラフルなお弁当を披露した。
「うち、ママがお料理好きで!」
小さなピースを頬に当てて照れた(?)星崎さんはさすがのコミュ力でそつがない。
坂本と大和は茶色と白の弁当を披露した。
彼らは部活が控えているので、カロリー重視、腹持ち重視なのだ。
僕は普通に開けた。
「あ!この唐揚げ!弁当屋の唐揚げじゃない!?」
星崎さんが唐揚げに食いついた。
唐揚げだけに。
「ああ、その弁当屋うちだよ。山田弁当店。今度、看板見てみて」
弁当屋やラーメン屋って看板見ることないよね。
「へー、山田くんってお弁当屋さんちの子なのか~。いいね、おかずが充実してて」
そういって、星崎さんは、次に芝居じみた感じで、両手を小田さんに向けて言った。
「さあ、小田さんのお弁当こうか~い!お願いしますっ!」
お前は司会か、とツッコミたくなるほどのトーク回しで小田さんの弁当の中身公開を催促した。
震える手で弁当箱のふたを取る小田さん。
「「おおーー!」」
低い歓声をあげる坂本と大和。
「あ!煮物もある!魚の煮物珍しい!」
小田さんお気に入りの魚の煮物。
アルミホイルで器を作って、弁当箱に入れてきていた。
「あ、他にも野菜の煮物もある!」
うちでは、母さんが『野菜のタイタン』と呼んでいる煮物だ。
子供の時は合体ロボの名前みたいで面白いと思っていたんだ。
「あ!こっちも唐揚げが!?」
坂本、大和、星崎が顔を見合わせる。
「これって山田ちの!?」
「これって山田ちの!?」
「これって山田くんちの!?」
3人のハモリに肩をこわばらせて真っ赤になって下を向いてしまう小田さん。
「あ~、そういうこと~」
何かを理解したのか、わざとらしい流し目で、僕と小田さんを流し目で見る星崎さん。
「ふーん、ふーん、お弁当おいしそうだねぇ。じゃあ、食べよっか」
イジってはくるけど、悪意はないらしく、あまり深くはツッコんでこなかった。
■
「それにしても、小田さんがこんなだって思わなかったよ」
あごを触りながら言ったのは坂本だ。
「こんなって?変ですか?私?」
自分の制服をきょろきょろ見る小田さん。
「いや、いつも渋い顔してたし・・・」
「え?いつも笑顔を心がけていたんですけど・・・」
「「「「(あれ、笑顔だったのか・・・)」」」」
なぜか、小田さん以外の4人の心がシンクロしたのを感じた。
「私、クラスの雰囲気が苦手で、なるべく目立たないように、できるだけ笑顔を・・・」
「「「「(逆効果だよ~)」」」」
なぜか、小田さん以外の4人の心がシンクロしたのを感じた。
「小田さんは、そのままの方が・・・良いと思うな」
僕が切り出した。
「そうだな」
「そうね」
「そう思う」
当然みんな同意した。
「そうですか・・・参考にさせてもらいます」
小田さんはどこか納得がいかないみたいだ。
「でもさあ、小田ちゃんがこんなに話しやすいなんて・・・じゃあ、髪は何で染めてんの?舐められないため的な?」
星崎さんがズカズカとプライベートなことに踏み込んできた。
それでもあまり嫌と感じさせない声と声色。
さすがコミュニケーション・モンスターだ。
「あ、これは地毛です。生まれた時からこの色で・・・」
「「「え!?マジで!?」」」
3人が物凄く驚いてた。
僕も、先日驚いたばかりだからね。
「小田ちゃんってもっとオラオラな感じと思ってたー」
たはーっと自分のおでこを叩く星崎さん。
「そ、そんなこと・・・」
キョドる小田さん。
「え、じゃあ、明日からもこのメンバーでご飯食べない?」
「え、まあ、いいけど」
「俺も」
「僕も」
「私も・・・」
星崎さんの提案にそれぞれ同意する。
また一歩、小田さんの誤解が解けた瞬間だった。
僕たちは普通の会話で食事をした。
良かったなぁと思っていたら、昼休み小田さんはふいといなくなった。
そして、僕はメッセージであの屋上への扉の場所に呼び出されたのだった。
朝6時と夕方18時更新です。
よろしくお願いします。