遅刻と居眠り
『小田さんは実はいい子でかわいい』と思い始めていた僕だったが、翌日いきなり裏切られた気がした。
朝、小田さんの席を見てもいないのだ。
1時間目を1時間くらい遅れてから登校してきたが、無言で入ってきた。
現国の先生も何も言わない。
何とも言えない緊張が教室を包んだ。
そして、小田さんは1時間目から、うとうとしていて、ついには机にうつ伏せになって寝てしまった。
休み時間になったり、授業が始まったりすると、一旦起きるのだが、また寝てしまうのだ。
やっぱり不良?
今日もバッチリ金髪だし。
眠っている小田さんの頭を見ても、髪の毛の生え際までぴっちり金髪だ。
これは相当気合を入れて頻繁に染めているのだと思った。
でも、昨日の小田さんの姿も忘れられない。
お母さんが買ってくれたスマホを壊して目に涙を浮かべる様な子が、平気で遅刻したり、授業中居眠りしたりするだろうか・・・
その一方で、実際遅刻しているし、1日のほとんどを寝て過ごしてるし・・・
昼休み、僕はスマホで小田さんにメッセージを送った。
小田さんは席にいなかったのだ。
『放課後少しだけ話が聞きたい』
『今日は、放課後急ぐ用事があるので、その後なら大丈夫です』
放課後の急ぐ用事とは何だろう?
バイト?
『着いて行っても大丈夫?』
『別にいいけど、面白いところではないよ?』
小田さんのことがもっと知りたい。
少しくらい危険なところでも、小田さんも行くんだ。
僕も着いて行こう。
『大丈夫』
とメッセージを送った。
午後からは、小田さんはそわそわしているようだし、不安そうだし、複雑な感じだった。
■
放課後、小田さんに着いて行った先は・・・保育園だった。
全然理解できない。
ここがバイト先?
「小田さん・・・ここは?」
「あ、ちょっと待っててください。すぐ済むから」
そう言って、小田さんは保育園の中に入っていった。
そして、5分もしないうちに1人の園児を抱きかかえて出てきた。
保育園の門はロックされていて片手では開かないようになっている。
僕が門を開けてあげると、『ありがと』と言って出てきた。
「小田さんの・・・子供?」
「そんな訳ないでしょ!妹!妹だから!」
「ああ、そうか。ごめん」
確かに、小田さんが16歳、妹さんが5歳として、11歳の時の子・・・はおかしいか。
「紋楓だよ」
その紋楓ちゃんの代わりに小田さんが挨拶をした。
「こんにちは。紋楓ちゃん」
挨拶をしたのだが、紋楓ちゃんは、小田さんに抱きかかえられて少しぐったりしていた。
「昨日、ちょっと熱があって・・・今朝には熱が下がってたけど、心配で・・・」
「そうなんだ・・・じゃあ、遅刻してきたのって・・・」
「紋楓を保育園に送っていったんだけど、ギリギリまで休ませるかどうか考えてたから・・・」
「もしかして、看病って徹夜で・・・?」
「さすがに徹夜はしないけど、汗を拭いたり、着替えさせたりしてたからあんまり寝られなくて・・・今日、私寝てたよね?」
「割と・・・がっつり・・・」
「あー、これでまたみんなの印象が悪くなったんだろうなぁ」
小田さんは紋楓ちゃんを抱きかかえたまま上を向いて嘆いていた。
「ははは・・・」
何と言っていいか分からずに、僕は適当な相槌を打った。
そのままの流れで、何となく小田さんの家まで着いてきてしまった。
小田さんちはアパートの1部屋らしい。
僕の通常の通学路から1本入っただけなので、ほとんど知った道だった。
「ごめん。よかったら上がってください。紋楓を横にさせたら話できるから」
家にあげてもらった。
初めての女の子の部屋・・・という感じではなかったけれど、ワンルームだった。
紋楓ちゃんを布団に寝かせると、ローテーブルにお茶を出してくれた。
「ごめんね。うち母子家庭で、家が狭くて、あんまり大きな声で話せないけど」
小田さんは少しだけひそひそ声で話しかけてきた。
「いや、いいんだ。もう、大体わかったから」
「え?」
「僕は・・・大きな勘違いをしていたと思って・・・」
「勘違い?」
「小田さんって、遅刻とか早退とか多いから・・・何となく良い印象を持ってなかったけど、紋楓ちゃんの世話ってこと?」
「世話って訳じゃないけど、急に熱を出したり、呼び出されることもあって・・・お母さんは仕事で遅くまで帰れないから・・・」
「小田さんが面倒を見てるんだ!」
「まあ、妹だし。あ、ちゃんと学校には言ってるんですよ?」
そうか、それで教師たちは何も言わなかったのか・・・
「そうなると、何でそこまで髪を染める必要があるの?」
「髪?ああ、これ。これは地毛です。父がイギリス人で・・・」
「え?地毛!?」
「そう、白人と日本人の子供の場合、ほとんど髪は黒くなるみたいだけど、稀に劣性遺伝が頑張るみたいで金髪になることがあるみたいなの」
そうか、それで教師たちも何も言わなかった、と。
「ちなみに、入学してすぐに花岡に生徒指導室に連れていかれたよね!?」
「ああ・・・あれ・・・しばらく地毛だって信じてくれなくて・・・それ以来『地毛証明書』を生徒手帳と共に持ち歩かされてるの・・・」
小田さんは、『地毛証明書』を取り出して見せてくれた。
たしかに、お母さんの署名と印鑑がある。
考えてみれば、小田さんはいつも根元まで金髪で、いわゆるプリン状態にはなったことがない。
地毛ならば当然だろう。
「生徒指導室の件の後、花岡が1週間学校に来なかったのって・・・」
「さあ、そんなの知らない。風邪とかインフルエンザとかじゃないの?」
『何でそんなことを聞くの?』と言わんばかりにきょとんとしていた。
なんか、色々誤解があるみたいだ。
なぜ、誤解されたままにしているのか・・・
僕は訳が分からなくなって直接聞いた。
「クラスで小田さんが他の人と話さないのって・・・」
「私・・・あのクラス苦手・・・変に緊張した空気で・・・音をさせることも憚られる感じで・・・」
原因は君だー!!
「最後の質問なんだけど・・・小田さんって昼休みいっつもいないのって理由がある?」
「それは・・・」
小田さんが明らかに視線を逸らした。
テーブルのヘリを指で撫でたり、持ってきた布巾を畳みなおしたりし始めた。
「どうしても聞きたいんだ」
「うーん・・・料理があんまり上手じゃなくて・・・しかもいつも1品しか作れないから恥ずかしくて・・・」
渋々という感じで超えたてくれた。
「いつもお弁当どこで食べてるの?」
「ほら、この間の屋上の扉の前とか・・・」
「一人で?」
「・・・はい」
どこまで不器用なんだこの子は・・・
僕は軽く眩暈がしてきた。
朝6時と夕方6時(18時)の更新です。
5話しかストックがないのに見切りでスタートしてしまった・・・