第9話:蕪木さん家の事情03
そして十数秒後、カオス姉妹……混乱さんと混沌さんが厨房から現れた。混乱さんがサラダを、混沌さんがスープを持ってこっちに歩み寄る。白髪ショートの快活な混乱さんに対するように白髪ロングの混沌さんは静かだった。俺は混沌さんの出してくれたコーンスープを一口飲むと、
「あ、うま……」
我知らず呟いていた。
「………………恐縮です」
ボソボソと聞こえるかどうかの境界線な音量で言って混沌さんは厨房に消えていった。
「あれ? 怒らせたか?」
困惑に後頭部を掻く俺に、
「違いますよ」
と混乱さんが耳打ちしてきた。
「あれは混沌ちゃんの作った料理を褒められた照れ隠しです」
「ならいいんですけど……」
どこか釈然とせずにそう言うと、俺は食事にとりかかった。と、そこに、
「無害ちゃん!」
とダイニングの扉から快活な声が聞こえた。それは、
「殺戮ちゃん……」
蕪木財閥の頭目……金髪のロングヘアーと琥珀色の瞳を持つ殺戮の声だった。無害もまた殺戮の名を叫んで席を立つ。
「無害ちゃん!」
「殺戮ちゃん……」
美しい容姿を持つ二人はキャッキャと手を繋いではしゃいだ。
「おはよう無害ちゃん!」
「うん……おはよう……」
そうして心底喜んで挨拶を交わした殺戮は無害の背中に俺を見て、
「あ……」
と急にテンションをダウンさせた。
「…………」
俺は無言でスープをすすった。無害の手を離した殺戮は俺を見て怯えた様子だった。一気にテンションの下がった殺戮を見て取った無害が問う。
「どうしたの殺戮ちゃん……?」
「ううん。何でもない」
殺戮はどう見ても「何でもなくない」表情である。
「…………」
当然俺は無言のままだ。
「ふえ……?」
無害は俺と殺戮とを見比べて、そして言った。
「殺戮ちゃん……何かあったの?」
「いえ……別に……」
「藤見……何かしたの……?」
「まぁ色々と」
俺はライ麦パンを咀嚼しながらそう言う。
「もう……殺戮ちゃんを虐めちゃ駄目だよう……」
「虐めたつもりは毛頭ないがね」
「じゃあ何したの……?」
「んー? 裸を見た」
「裸……を……?」
理解が及ばなかっただろう。呆然と無害。それから一秒、二秒、三秒と時間が経って、それから、
「ええっ?」
と無害は狼狽えた。
「それ……本当……?」
「嘘ついてもしゃーあんめえ」
俺はサラダをシャクリ。
「まさか……藤見……殺戮ちゃんの裸を覗いたの……?」
「それこそまさかだな。不幸な偶然だよ」
そして俺は朝食を嚥下しながら、朝におきたハプニングのことについて無害に説明した。要するにシャワーを浴びようとして風呂場の脱衣場に足を運んだら殺戮の裸を見てしまったという……ただそれだけのことだ。
「そっか……。それは不幸な事故だね……」
「まぁ色々と迷惑かけたとは思ってるけどよ」
ライ麦パンを咀嚼、嚥下して俺は言う。
「…………」
殺戮は何も言わなかった。そして、
「まぁ殺戮様。起きていらっしゃたんですね。今朝食をお持ちします故」
カオス姉妹の姉……有田混乱さんが厨房に消えた。それから混乱さんはライ麦パンの入ったバスケットを殺戮の座った上座のテーブルに置いた。その後混乱さんによってスープとサラダを差し出される。
「ありがとね混乱」
そんな殺戮に、
「いいええ……ご主人様のためですから」
ニッコリ笑って混乱さん。微笑ましい主従関係がそこにはあった。結局のところ殺戮は俺のことを無視することで心の安寧を得ることにしたようだ。防衛機制でいうところの抑圧という奴だろう。ま、いいんだけどさ。
「混沌さんの料理……美味しいね……」
俺の隣で儚げに笑いながらライ麦パンを食べる無害。
「そうだな」
俺も一つ頷いてライ麦パンを咀嚼、嚥下した。朝食はそれから十分後に終わった。