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幕間「ある現代新卒社会人一年生の休日」:第四話

 ホッチキスを留め終えた資料を束ねて、入り口を見ればそれぞれは部署に戻ったらしい。

 本当に暇人だ。

 いや、本当は暇ではないはずなのだが、わざわざちょっかいを入れるために他の仕事を早く仕上げて時間を作っているのだ。

 そんな時間を作れるなら、普段からもっとペースを上げて仕事をして欲しい。





 吉野は、微苦笑を浮かべる。

 目に映る紙の束。

 ――― どんな顔して『好きだ』なんて言える。

 仕事を始めて、三ヶ月が過ぎたばかり。自分の至らなさばかりが目に付いて、完璧に仕事をこなせる彼女に劣等感を抱くばかりなのに‥‥‥

 手にした書類をとんとんとそろえる。

 守りたいとか、強くなりたいとか、そんなのがまるで遠い先のことのような気がしてしまう。

 毎日の業務をこなすことに必死で、自己研鑽とか資格を取るなんて、夢のまた夢。

 こんなんじゃ、あまりにも情けなくて、彼女に気持ちを伝えるどころじゃない。

 パタン。

 扉が閉まる音が響く。

「吉野さん」

 顔を上げれば、そこにはお局ではない表情をした『匠郁海』がいた。

「‥‥‥郁海さん?」

 かたんと音をさせて、隣のパイプ椅子に座る。

 この会議室はあまり人気のない部屋で、人気のない理由は室内の椅子がパイプ椅子だからだ。長時間の会議には向いていない。

「仕事は、いかがですか?」

 尋ねてくる内容はお局さまだ。

 いかがですか? と聞かれても返答に困る。

 楽しいですとも言い切れないし、つまらないというのも違う。やりがいがあるかと言われれば社長のお守りが主なので返答に困る。

 口篭る俺を見て、郁海は小首を傾げた。

「吉野さんは、会社でもプライベートでも私たち親子の面倒を見なくてはいけないでしょう? 疲れませんか? 大丈夫ですか?」

 意を決したかのように郁海が真剣な顔で聞いてくる。

「私‥‥‥友達もいなくて、今まではそれでもよかったんですが、それじゃさすがにまずいだろうって頑張っているんですが、吉野さんみたいに人の話を聞くのが上手じゃなくて‥‥‥息が詰まりませんか?」

「は?」

 彼女の方向違いの質問に口がぽかーーんと開いてしまう。

「だから、頑張って聞く技術とか人の話の聞き方とか勉強して実践しているつもりなんですが‥‥‥本当にへたくそで」

 頬に手をあてて郁海は泣きそうな顔をしている。

「俺は、別に人の話を聞くのが上手いわけじゃありませんよ」

「そんなことありません。桜良ちゃんも祥真くんも吉野さんの前だといろいろ喋りますが、私には打ち解けてもらえなくて、あんまり喋ってもらえません。父だって吉野さんにはいろいろ喋っていますし、他の人だって、わざわざ吉野さんと喋るために食堂で近くに座るじゃありませんか」

 膝に手を置いて、彼女は言い募る。

「私は、頭が固くて、会話だって硬くなってしまいますし、口調だって硬いし‥‥‥でもやわらかくする方法がよくわからなくて‥‥‥だから‥‥‥」

 郁海はそこまで言って、そして口篭った。

 彼女は、彼女なりに俺と自分を比べていたのだろう。

 そんなこと、気にしなくていいのに。

 郁海は、郁海なのだから。

 ‥‥‥誰も、彼女にはならない。

 そして、反対に、誰も俺にはなれないんだ。

 簡単なことなのにすぐに忘れてしまう。

 単純なことなのにすぐに見落としてしまう。

 吉野は微笑を浮かべた。

「郁海さんには、郁海さんの良さがいっぱいありますよ」

「え?」

 郁海が顔を上げて、そして赤面をする。

「郁海さんは、郁海さんのままで大丈夫です」

「‥‥‥え?」

 なんだか、このちっちゃなお局さまを見ていると、それだけで微笑ましくなってくる。

 毎日の業務に必死だっていいじゃないか。

 完璧なんて、ありえない。

 なんで、そんなことを忘れてしまうんだろう。

「桜良と祥真が懐いてないなんて気のせいですよ。本当はあいつら、もっと郁海さんと仲良くなりたいんです。だけど、俺が言うのも妙だけど、変に遠慮しちゃうんですよ‥‥‥あと、一ヶ月もしたら本性出してべたべたしてきますから、安心してください」

 にっこりと笑って言えば、郁海は眉根を寄せたまま見上げてくる。

「吉野さんは?」

「は?」

「吉野さんは、本性出してべたべたしてくれないんですか?」

 したいです。

 そう即答を心の中でするが、口にはできない。

 じっと思わず見つめてしまうと、郁海の頬というか‥‥‥顔面が真っ赤になった。

「な、なんでもないです!!」

 慌てて立ち上がって、走り去る背中を見て、吉野は顔を赤くした。

 ‥‥‥べたべたして、いいのか?

 閉じられた扉を見て、赤くなった顔に手をあてる。

(どうしよう‥‥‥仕事に戻れない)

 絶対に突っ込まれる。

 もうちょっと‥‥‥予約が取れている時間までここにいよう。

 そう決めて、机に突っ伏した。

 顔が熱い。

 猛烈に熱い。









 次の休みに、彼女を誘ってどこかに出かけよう。

(北苑市憩いの農園か、五色さかな市場がいいかな‥‥‥)

 桜良と祥真も連れて出かけよう。

 社長は‥‥‥どうしようと思いつつも、それは郁海と相談する方がいいかなと思った。





 まあ、休みの過ごし方は人、それぞれだもんな。

 吉野は体を起こすと、赤くなった頬を叩いて、そして崩れた顔を懸命に治す努力をした。








 おしまい


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