王子様に一目惚れしたから、勇者になって魔王を討伐する!
「えっ、王子に一目惚れして、勇者になったの?」
素っ頓狂な声をあげたのは、旅のお供の魔術師だった。
私が肯定すると、彼は困惑しつつも話を聞いてくる。
「本当に? お……王子のことが好きなの?」
「そうだな。彼と出逢った時に……その、初恋というものだな」
「そ、そうか……」
少し気を落とした様子で魔術師は答えた。
もしかしたら、なんという勇者なのだと幻滅したかもしれないが、本当にそうなのだから仕方ない。
「でも、なんで勇者に」
「私は平民。彼は王子様。王子様に私はもう一度逢いたいが、身分の差があるだろう?」
「そうだねぇ」
「この身分差をどうするかと思ったら、もう成り上がりしかないだろう。力とはパワーだ」
「いやいやいやいや、跳躍、跳躍しすぎ! 君、女の子だよね?」
「どこをどう見ても女だろう?」
「いや、そうなんだけど。可愛い女の子なんだけどもね。行動力すごくない?」
「恋は盲目」
「たしかにそうなんだけどもね!!」
私は一年前に我が国の王子様とたまたま運良く出逢った。
お忍びで来ていた王子様に、町のお祭りで転んだところを助けられたのだ。
颯爽と現れた彼の姿……今思い出してもドキドキが止まらない。優しく声をかけてくれて、そっと立ち上がらせてくれた。
故郷で男より強い私に優しくしてくれる人なんていなかった。
彼の優しさに触れて一目惚れも当然のことだった。
その時に傷に当ててくれたハンカチは未だに返せずに持っている。
魔王を討伐した暁には、彼にハンカチを返し、この思いを伝えるのだ。
ところで、彼はさっき私のことを可愛いと言ったか? いや、何か別のことだろう。王子様のことを考えるとつい聞き間違えとか聞き逃しが多くなってしまうのが私の悪い癖だ。
故郷で可愛いなんて口が裂けても言われなかったし。
王子様ともう一度会うために、たまたま復活した魔王を倒す勇者に立候補したのは一週間前。
魔王、よいタイミングで復活した。ちなみに、まだ復活して二週間くらいなのでほとんど人々に被害はない。
魔王から宣戦布告があったくらいだ。
「ちょうど、私が強くてよかった」
「予想外の動機でやって来る勇者とか、魔王が戸惑うだろうな」
小さい頃から私は異常に強かった。剣術を習えば、その日のうちに腕利きの冒険者や衛兵を負かし、魔術を習えば、次の日には殆どの魔術が使えるし魔力が多い。
ちょっとうっかりなんで転んだり魔術暴発しかけたりすることもあるけれど。
「それはともかくとして、そろそろ魔王とご対面だろうか」
「あ、そうだね。なんていうか、俺一応君を助ける王国筆頭魔術師としてついてきたけど、自信を無くすなこれ」
こんな会話をしているが、今まさに魔王城攻略中である。
まだ復活したばかりが故に周辺に配下の魔物たちがちょっといる程度だったので周辺の掃除は簡単だった。むしろ、移動の方が時間がかかった。
ちなみに、帰りは魔術師の魔術で一瞬で帰れるとのことで嬉しかったりする。
「帰りに期待している」
「期待されてるの帰り道だけかよ……」
あと、旅の途中色々とお世話してくれたのも感謝してる。
田舎者なので都会のことよくわからなくて宿の取り方とか教えてもらったり、お料理教えてもらったり、魔術で洗濯とか荷物持ってもらったりしていた……。
よく考えたらかなり魔術師すごい貢献してくれていたな。
彼にたくさんのことを教えてもらったし、助けてもらった。
ちなみに、魔術師以外にも聖女やら騎士やら後から合流することになっていたが、その前に魔王城にたどり着いてしまったので会ってない。すまない。魔術師はちょうど勇者に任命された時に城にいたのですぐ一緒に旅に出れたのだ。
「すまん、帰りだけでは無いな。旅の途中、慣れないことが多く色々助かっていた、お前のおかげでここまでこれたよありがとう」
「え? あ、そう? そうなら嬉しいなぁ……ほんと戦闘面全く何もしていないから自信がなくなりかけてたんだけどよかった」
城の中にはうじゃうじゃ魔物がいるが、全て切り捨てていく。
一撃必中必殺である。
「あの部屋怪しくないか?」
罠とか鍵とかなにも無視して進む。勇者の前に扉など紙切れ同然。罠など無いに等しい。
すごく立派な扉が綺麗に切られて倒れた。
「お邪魔するぞ」
そう言って乗り込めば、今まさに可憐なお嬢さんを誘拐してきたらしい魔王がお嬢さんに魔の手を伸ばしているところーー!
「魔王とはすべての女の敵だったのか!! けしからん奴め!」
「我こそは魔ーー」
魔王が何か言おうと口を開いた気がするがその前に切る!
可愛いお嬢さんを襲うなんてなんて野蛮なやつなんだ。
怒りのあまり力を入れすぎて、魔王と魔王の後ろの壁がぶっ飛ばされた。
最上階にあった魔王の部屋だが、良い感じに外につながった。良い仕事をした気分だ。
「あ、あっけない……呆気なすぎないか?」
「大丈夫だ! でも一応他の魔物全部倒して帰るぞ!」
そんなこんなで、魔王は討伐された。
世界に平和は戻り、勇者の凱旋である。なんか雰囲気はないが。
誘拐されてきたばっかりだったお嬢さんを保護して城に戻った私たちは大層喜ばれ、魔王討伐を祝われた。
実はお嬢さんは公爵家の令嬢で、王子様とこっそり相思相愛の仲だったり、なみだなみだで再会して愛していると思いを伝え合う2人を見たりした私はそっとその場を離れた。
なんと言っていいものか。
お嬢さんが無事に帰ってこれた勢いで、王子様がお嬢さんとの婚約を発表した。
周囲は祝福ムードで、私もハンカチをそっと返して祝福しといた。
初恋の王子様。彼には幸せになって欲しかった。
もう一度会えたし、お話もできた。思いは伝えなかったけどもう十分。
だから、泣かない。
三日三晩お祭り騒ぎは続いたが、そろそろお開きの時間となる。
王様から褒美として報奨金を受け取ると、爵位やら騎士団長の地位やらなにやらを全部辞退して、生まれ故郷へ帰る選択をした。
初恋が終わった今、何もしたくない。生きるのに必要なお金はあるし、欲しいものもない。なにも、いらない。
帰り道を盛大に送り出されそうになったが、それも固辞した。
誰にも会いたくなかった。
故郷に帰れば1人で籠っても声をかけてくる奴なんかいないだろうし。
だというのに、帰り道にあの魔術師がいた。
「なんだ、笑いに来たのか」
「なんで笑わなきゃならないんだよ」
「田舎からやってきた世間知らずのアホが勇者になってまで夢見るなんて……バカだと思っているのだろう」
まぁ、勇者になろうと王子様とは別世界で育ってきたんだ。ちょっと前まで私は王子様のことを知らなかったし、王子様も私のことなんて知らなかったし、そういえば転んでた子を助けたなぁ程度にしか覚えてない関係だったのだ。
王子様に好きな人がいたっておかしく無いのに、頑張ってきたのはバカみたいだったろうな。
「なんで。君がいなきゃ、間違いなくこの国はこの先魔王の侵略を受けて滅びの道を辿っていた。魔王を倒した正真正銘の勇者を笑うわけないだろう」
「じゃあ、なんでここにきたのだ」
「いや、まぁ……そのな……心配で」
「何が」
「君が」
「どうして。お前より強いぞ私は」
「そうだけど」
何やら魔術師の意図が読めない。
思わず口調がきつくなる。
「なんなのさ」
「……初恋だったんだろう?」
「すまんなぁ、田舎者は初恋も遅くて」
「いや、自暴自棄すぎだから君。初恋遅いのは俺もだし! ……いや、そうじゃなくて、気を落とすなと……世界は広いから、またいい奴と出会えると思って。それに、君のことを見てくれる人はきっといるし」
「…………まさか、慰められているのか、私は」
初めての経験に、少し戸惑う。
「その、なんというか。まだまだ人生は長いだろ? 破天荒な勇者だけど、ある意味純粋で一直線で、初めてのことも一生懸命頑張ったり、優しい君を見てくれるやつがいると……その俺とかーー」
「人生は長い……そうだ、そうだな。よし、旅に出よう」
「え?」
魔術師の話を聞いているうちに、故郷に帰る計画を少しばかり変えることにした。
そうだ、人生は長い、世界は広い!!
生まれ故郷を離れたことで、あそこは私を女扱いをしてくれてなかったことにも気づいた。すごい強いやつだから転んでも魔物に襲われても放っておいて大丈夫って感じだった。
王様も王子様も、城にいた人たちは私を勇者として扱いつつも、女の子としても関わってくれた。女の子なんだし、とちょっと怪我してたところを神官さんを呼んで綺麗に治してくれたり、肌のお手入れの仕方や流行りのお化粧を教えてくれたり、ドレスを着せてくれたり。魔術師にも色々教わったが、本当に私は知らないことが多かった。
転んだ私をあの時王子様が助けてくれたけど、たぶん外の世界にはそういう人がたくさんいる。
あの優しい王子様みたいな人がきっといるはずだ。
なんか魔術師の話していた最後のほうを聞き逃してしまったが、申し訳ない。だが、この気持ちは止まらない。
「王子様みたいに優しい人を見つけてやる!!!」
「あ、うん……わかった……最後聞こえてないのはよくわかった」
その後、なぜか魔術師が旅についてきて、いろいろと騒動に巻き込まれたり騒動を起こしたり、第二、第三の魔王が現れたり、いろいろと、それはもう色々とあったのだが、それはまた別の話。
次期国王である王子が公爵家の令嬢と盛大な結婚式を挙げた頃、世界を救った勇者が魔術師と婚約したと話題になった。
世界に危機が訪れる度に、なんやかんやで救ってしまう勇者な少女と、そんな少女と旅をし、戦闘面以外で支えてきた魔術師の青年の婚約は多くの人々から祝福された。
一年後のその結婚式は王子と令嬢の結婚式と同じくそれはもう盛大に、国をあげてのお祭りになったとか。
そして、勇者と魔術師は仲睦まじく、末長く幸せに暮らしたとのこと。
めでたしめでたし