第2話
居間につくと暖かい空気が頬をなでた。
部屋はやや色あせた家具に囲まれ、天井近くの壁には数人の白黒の写真が飾られている。
物は片づけられているが、新聞や本など片づけきらなかったものが所狭しと棚の上に置かれていた。
祖父は部屋の隅に美咲と母親の荷物をおろした。
「美咲、コタツがあるから、早くはいりな」
声をかけられて、美咲は母親の顔を見上げた。
母親の手をぎゅっと握りしめる。
まだ数回しかきたことのない、この家でのふるまいに緊張していた。
「美咲、大丈夫よ。ここに座ろうか。」
母親が美咲の手を引き、コタツの隅にすわらせる。
近くにあった座布団を引っ張り出し、美咲の尻にしく。
座布団はずいぶんくたびれた様子だった。
美咲はあらためて周囲を見渡した。
天井近くの白黒の写真が、まるでこちらを見ているようだ。
なんだかこわい。
すぐに視線をそらしたところで、祖母があけっぱなしだった居間の入り口から入ってきた。
「美咲、なんやこわいんか」
母親にすり寄って座る美咲を見つけた祖母が声をかけてきた。
祖母はそのまま美咲のすぐ隣に座った。
「あのね、あの、こっちを見てるの、こわい」
祖母は天井近くを懐かし気に見渡す。
母親がなだめるように美咲の頭を撫でる。
「あれは美咲のご先祖さんやで。ばあちゃんのお母さんやひいばあちゃんもおるやで。大丈夫や。」
しわくちゃな顔がやさしげに美咲にむけられる。
美咲もその様子を見て、少し微笑んだ。
その瞬間、祖父のがなり声が聞こえてきて、美咲はとっさに下を向いた。
「おい、居間の戸しめてないのは誰や。寒いから閉めえ。」
祖父がお茶を持って台所から出てきたところだった。
「はいはい、ごめんごめんて。」
母親が立ち上がって居間の戸を閉めた。
閉めるときに外の空気が入ってきたのか、少し寒さを感じる。
「お父さん、あんまり大きな声出さないでよね。美咲がびっくりするでしょ。」
母親がうっとうしげな顔で祖父を注意する。
「ああ?美咲、びっくりさせたらすまんな。」
美咲は訝し気な顔をする祖父を恐る恐る見上げた。
なんかこわい
「美咲、ばあちゃんとお家探索しようか」
黙ってうなづいた。
「おかあさん、お家みてきてもいい?」
美咲は母親の温かい手を引っ張った。
「ええ?良いけど、大丈夫?お母さんは居間にいるよ?あとにしたら?」
東京からの長旅で疲れた母親はコタツから出たくなかった。
「ううん。言ってくる。」
「こわくなったら、すぐ戻っておいで。」
美咲は再度うなづいた。
ばあちゃんが一緒だもん。
コタツから出て立ち上がり、引き戸を精一杯引いた。
ギギギ・・・ギギギ
「美咲、転ぶなよ。」
祖父の厳めしい声を背に廊下に出る。
美咲が外に出てすぐに祖母が後に続く。
ギギギ・・・ギギギ
立て付けが悪いらしい引き戸を大きな音を立てて閉める。
居間の外はひんやりとしており、戸を一枚隔ててしん・・としていた。
なんだか急にひとりぼっちになったみたい。
「美咲、こっちにおいで」
祖母が数歩先の廊下を手招きして待っている。
なんだか心寂しくて、美咲は少し速足で祖母のいる先を目指した。