1章の6 XXとXY
クロハ会長(中身マヤ)、オロネ、カニは「スシよ仲間になってくれ」という念を色濃くにじませていた。
スシは考え続けていた。
(ううむ。スレンダーなクロハ会長(中身マヤ)にしたって、美少女。美少女に化けようという人間は最低限、女でないといけないんじゃないか)
考えた結果、スシの不安は増すばかりだった。
「ねえクロハ会長(中身マヤ)、オレみたいなのが女に化けても、すぐバレちゃうよ」
「スシくん、化けるでなくて化身ね。確かに世の中、女に化身しきれない男もいる。でもこっちだって、あなたの人物をきちんと検討した上で頼んでるんだよ」
「ボク、カニからもお願いするよ。スシくん、きみほどの人材はそういない。身長169センチ・耳たぶの形状と位置・左右の眼球間距離・顔の輪郭・前歯の歯並び、どれをとってもぼくら4人と遜色ない。おまけに本物のクロハちゃんと区別できない声色が使えるのは、かなりの武器だ」
「そうかなあ?(クロハの声色で発声)」
「カニは思うけど、なあに、心配ない。実は人間というものは、他の人間の外観を毎回いちいち事細かにチェックしているわけじゃない。本人と別物に近いものでも本人と認識することは往々にしてある。化身は、そういう人間のいい加減さにつけ込んで成立している。本人と同じような恰好で、同じような声で、いかにも言いそうなことを言えば、大部分それで押し通せる」
「そうかなあ?」
「それに各種の研究によると、人間の物に対する認識は、目に見た情報のうちごくわずかしか使われなくて、あとは類推によっているんだそうだ。全部が全部パーフェクトに相手をごまかし通す必要はないってことさ。きみなら、カニ書記長(中身スシ)くらい、ちょっと練習するだけでできるよ。女装のクセみたいなものに慣れれば、声色が使えるクロハ会長(中身スシ)も簡単簡単」
スシは考え込んだ。この人たちの仲間になろうと思ったら、女装のクセみたいなものに慣れないといけないのか。それに慣れてしまったら自分はどんな人間になってしまうのだろうか。
「クロハ会長(中身スシ)化身ができれば、マヤ副会長(中身スシ)化身にもすんなり移行できるし、じきにオロネ書記次長(中身スシ)化身もできるようになる。ボクはきみがすごい戦力になると思ってるんだけど」
「うーん。・・・」
カニに言われて、スシはその場の残り3人の顔を、左右の眼球間距離や耳たぶ形状・位置に絞って見てみた。
「そう言われてみれば、全員似てるかな。でも左右の眼球間距離が似ているとかだけで、見破られないように化身できるものかな?」
「オロネは思うのね。性染色体って男性がXYで女性はXXでしょう? 自分の中にYを持たない女性より、Xも持つ男性の方が、異性に化身するのは簡単じゃないかって」
「えー?」
スシはオロネにそう言われて、自分が化身のために女性用の下着を着けるところをイメージしてみた。
(・・・・)
「あ、スシくん。女性用の下着を着なきゃいけないと思ってる?」
「違うの?」
「下着は見えないから、よっぽどのことがなければ、自分のを着けててもらえばいいよ」
「よっぽどのことがなければ?」
よっぽどのことがあると、女性下着を着けなければならないようだ。とたんにスシは我に返って、このまま流されてメンバーになったらえらいことになると、踏み留まろうとした。
問題は断り方である。
「ええっと、クロハ会長(中身マヤ)、そもそも生徒会長というものは、欠員になったら補充するのがスジじゃないの?」
「それはできないわよ。クロハが泥縄第一高校に出向していることは、一般生徒らにはないしょだから」
「何? ないしょって」
「ないしょは、ないしょよ」
「そうは言っても、ないしょでできることと、できないことがあると思う。会長がいなければ補充の選挙をするか、副会長のマヤさんが会長に昇格する。それをしないのは怠慢じゃ・・・」
そこまで言ってスシは、はっと息をのんだ。
クロハ会長(中身マヤ)の目に、涙がにじんでいた。
オロネがクロハ会長(中身マヤ)の肩を抱いた。
カニがスシに言った。
「クロハちゃんが泥縄第一に出向したのはね、きみが向こうからこっちへ転校するのがわかったから、人数調整をして統合を阻止するためなんだ」
「え・・・」
スシは言葉を失った。
クロハ会長(中身マヤ)は涙をぬぐい、気丈に言った。
「そう。だから、マヤが会長になるわけにはいかない。統合が遠のいて、クロハが泥縄第二に帰ってくるまで、生徒会長の椅子はちゃんと空けておかなきゃ、他に渡さないようにしなくちゃ・・・。わたしたちで守っていくしかないの」
その言葉は、スシの胸に響いた。
「オロネから言わせてもらうけど、マヤちゃんは会長に昇格するのがイヤなんじゃないよ。クロハちゃんは両校を代表して人柱になったんだもの。マヤちゃんは、絶対クロハちゃんを元のポジション、会長に戻すんだって、クロハちゃんがいない間は自分がしっかりしなきゃって、思ってるよ」
スシはひるんだ。乙女を涙させた引け目を感じていた。
「・・・。では、オレはいったいどうすればいいのかな。役員になればいいのかしら」
「カニから。スシくん、こっちから頼んでるのにナンだけど、こういう事情なので、きみを生徒会執行部の末席に加えるわけにはいかない。正式な役職は用意できない。きみは役員であって役員でない5人目、非常にあやふやな立場となる」
「カニくん、誘おうとしている本人の前で『末席』とか『あやふや』とか言うな」
「オロネから。シークレットエージェントという役職であって役職でない役職は・・・」
「スシ思うに、結局役職なの? その名称、さっきも言ったけど非合法感はんぱない」
「名称は、あたしが考えたの。日本語でいうと秘密代理人です。生徒会長がいないので、ないしょで代わりに化身する人という意味ね。スナイパー漫画などに出てくる『イリーガルズ』や『シークレット・サービス』などを参考にしたのね」
「非合法感の度合い増したよ? あと『会長にないしょで代わりに化身する人』って言うけど、オレがクロハ会長(中身スシ)に化身するのは無謀だと思うよ」
「ボク、カニの計算によると、今は役員4人を実際は3人でやっているから、人員充足率は75パーセント。しかしここにスシくんが加わってくれれば、役員4人とシークレット1人の計5人を4人でやるから、80パーセントにアップするんだ」
「それって5パーセントしか増えてなくない? どっちにしろ100パーセントじゃないし」
「あたしオロネからも頼みます。スシくん、シークレットエージェントになってよ」
「うーん・・・。じゃあ、こっちからもお願いがある」
「クロハ会長(中身マヤ)として、あんまり無理な要求じゃなければ聞いてもいい」
「シークレットエージェントになってと、マヤさん本人から頼まれたいんだけど」
「あらやだ、クロハ会長(中身マヤ)からの要請では不満なの? マヤでもクロハ会長(中身マヤ)でも結局同じヤツなんだけど。こっちとしては副会長のマヤのままで頼むと失礼かとも思って、クロハ会長(中身マヤ)に戻って頼んだのに。それならさっき、マヤの時に頼めばよかった」
「なんか、クロハ会長(中身マヤ)って、ステージ上ではあんなにかっこいいのに、生徒会室では言いにくい本音をずけずけ言うね」
「もうスシくんは一般生徒じゃないって言ったでしょ」
「オレがマヤさんから頼まれたいというのは、そうでないと不満だからではないんだ。オレはマヤさん本人から頼まれたら、きっとすごく頑張れると思うんだ」
「しょうがないわねえ」
クロハ(中身マヤ)は面倒くさそうにスシに背中を向け、先ほどのクロハ会長(中身マヤ)→マヤの化身解除プロセスをもう1回繰り返した。
「・・・」
クロハ会長(中身マヤ)からマヤへ化身解除の中間形態で、一瞬マヤの動きが止まった。マヤは躊躇している様子だったが、また律儀にフロントホックブラを引き抜いた。
(あれ、またカニくんがいなくなってる!)
カニは、いつの間にか席を外していた。
(カニくん、こういう時の身のこなし、素早い。マヤさんやクロハ会長(中身マヤ)の着替えを見ないで済むように動いているんだな。でもマヤさん、オレはもう化身のことを知ってしまったから、バストサイズ調整は省略してもらっていいのに。あるいは生徒会室別区画秘密化身室を使ってくれても)
マヤという人は、こと化身に関しては手を抜かず、話の腰も折らないように、折ってもなるべく短時間で済ませるよう努める人のようだ。
マヤは化身解除を終え、スシに再び向き合った。
「マヤに戻りました。スシくん、クロハ会長(中身マヤ)からすでにお願いがあったと思いますが、マヤからも重ねてお願いします。わたしたちを助けてください。シークレットエンジェルになってください」
「エンジェルでなくてエージェントだと思ったけど。わかりました。微力ながら仲間として働かせてください」
「オロネから。スシくんはマヤちゃんだけでなく、あたしが困ってるかどうかも見ていてね」
「ここでカニが行った調査の結果を発表します」
カニは、自作の説明文書を出してきて、語りだした。
「生徒会マンガやラノベで、生徒会に新メンバーが加わるのは、平均で単行本第1巻の53.3ページ目と、意外と遅い。調査対象はマンガ3作ラノベ5作」
「スシは思うけど、カニくん、なぜ今そんなデータを出してくるのか」
「いや、スシくんが平均の53.3ページを過ぎても仲間にならないから、心配してたんだ」(※筆者注・見開き42字34行換算で、この箇所は78ページ目)
「じゃあ、オレ仲間になったわけだから、それはもういいよね。というか、この話はもっと前に出しててくれてもいいんじゃないの? これだと後の祭りというか」
「真剣な話が続いていたので混ぜにくくて」
スシは、カニの手から説明文書を無断で拝借し、パラパラめくった。
「何これ。だいたい、マンガとラノベのページ数を一緒くたに判定するって無理ないかい?」
「どきっ」
「あと、このラノベだけど、確かに会長就任のエピソードが描かれているけど、回想じゃんか。これだと実際の就任は、時系列的には1ページ目よりも前でしょ」
「どきっ」
「生徒会ものの王道は『最初からメンバー固定、代替わり以外追加なし』なんじゃないかな。調査作品が少ないのは、新加入者がある作品自体少ないせいでは? そう考えると、この53.3ページ目という結果は、強引に出した観もある」
「・・・」
「オロネだけど、スシくん、もうそのくらいにしてあげて。あとであたしが、カニによく言って聞かせるから」
「マヤですけど、話を進めませんか?」
「わかりました。カニくん、どうぞ、次」
「カニです。全校集会でマヤ副会長(中身オロネ)が説明したと思うけど、本日午後4時から運動部・文化部の部長会議なんだ。普通、役員は4人全員出席するから、スシくんも誰かに化身して出なよ」
「えーっ!」
「マヤもスシくんに出てほしいです。せっかくですから、マヤ副会長(中身スシ)とかやってみますか?」
「オロネ思うに、オロネ書記次長(中身スシ)でもいいよ」
「えーっ。そういえばマヤ副会長(中身オロネ)は、全校集会で『いきなり始められないので午後4時開始』って言ってたね? それはひょっとして・・・」
「マヤですけど、それはもちろん、スシくんが仲間になるのを渋った場合に備えたり、スシくんに化身を多少なりともレクチャーする時間を稼ぐためです」
「役員そろい踏みする都合があるのに、当日にシークレットエージェントを頼むなんて泥縄すぎ!」
「そういうのは、スシくんもすぐ慣れますよ」




