6章の6 あれに書いてあったことは、事実なんだよね
「実は、生徒会長選挙で、わたしたちの他の候補が、自分が当選したら昼のパン販売を即日無料化すると言い出したものですから」
「何それ、無理不可能。どこからそのお金が出てくるのか不明。うちが負担しろとか言われても断ります」
「たとえば有力スポンサーが負担する計画があるとかは・・・」
「聞いてない。たとえスポンサーの後押しがあっても、不当廉売だから独占禁止法上の問題があるし。だいたい即日実施なんて、今からじゃどうやっても事務手続きが間に合わない。その候補が自分で毎日生徒全員分のパンをおごる気なら、できるかもしれないけど」
「即日実施が無理と断言してもらって、ありがとうございます」
「でも、その候補が絶対に無料化できないと証明するのも大変だろうから、新聞では『無料販売の即日実施は困難』としておいたら?」
「はい」
学校に戻る道すがら、クロハ会長(中身マヤ)とオロネ書記次長(中身スシ)は、キラをまぶしい目で見た。
「オロネ書記次長(中身スシ)は、キラちゃんに感心したわ。取材ぶりと、的確に相手から情報をとる技術。いやー、ええもん見せてもらったって感じ」
「キラだけど、ほめても何も出ないよ? オロネ書記次長」
「いやー、こんな人と選挙を戦うなんて、スシは無謀だったわ。会長選挙の得票数が4位でもしょうがないとして、3位からそんなに離されないといいなあ」
オロネ書記次長(中身スシ)のお尻を、クロハ会長(中身マヤ)がつねった。
(いっ! クロハ会長(中身マヤ)、なんで?)
クロハ会長(中身マヤ)がオロネ書記次長(中身スシ)の背中に、指で文字を書いた。
(なになに? 「いま化身してるんだから、スシくんとしての本音を言うな。あと、キラちゃんをそこまで持ち上げるのもなんかイヤ」か)
オロネ書記次長(中身スシ)は、クロハ会長(中身マヤ)の背中に返信を書いた。
(それはクロハ会長(中身マヤ)として言ってるの? それともマヤさんとして? ・・・。なになに? 「化身で本音言うなと言っといてナンだけど、両方です」か)
「キラだけど、2人して何やってるの?」
明くる日、選挙活動3日目。この日の朝に発行されたキラの新聞が、生徒玄関から入ってすぐの壁に張ってあり、生徒が鈴なりになって見ていた。
「タキ氏公約、選挙後即日の実現困難 パン無料化、事務手続き間に合わず」
スシ、マヤ、カニ、オロネは人だかりにびっくりした。スシの肩を、キラがたたいた。
「スシくん」
「ああ、キラさんおはよう。うわっ、どや顔すごい!」
徹夜で新聞を仕上げ、この日も壁に張り出すために朝早くから登校していたキラは、ハイになっていたのか「ええことした」という満足感を漂わせていた。
「やいっ! キラ!」
タキが叫んだ。タキは人だかりから距離を置いていたが、キラを見つけて詰め寄った。身をわなわなと震わせていた。
生徒たちのどよめきは一瞬で消え、緊張が高まった。
「・・・。あら、タキ」
「これは一体どういうことだ! 選挙妨害か!」
「妨害も何も、候補の公約が実現可能かどうか、検証しただけだけど」
「そっちがそうなら、こっちにも考えがあるぞ!」
タキはその場から走り去った。
しばらくの間をおいて、一部始終を見ていた生徒たちが再びどよめいた。
「スシだけど、キラさん・・・」
「スシくん、タキの脅しを心配してくれてる? ほっとけば?」
そう言うキラが青ざめているのを、スシは見逃さなかった。
明くる日、選挙活動4日目。
スシ、マヤ、カニ、オロネが登校してくると、前日と同じ位置に何やら張り紙がしてあって、一般生徒が前日より大きくどよめいていた。
「スシです、みんなおはよう。・・・。・・・。うわっ!」
生徒の隙間からやっとのことでスシが見た張り紙には、墨でこう書いてあった。
「キラは、愛人の子」
スシは、驚きのあまり立ち尽くした。
(うわーっ! 何だこれ! これが選挙の怪文書ってやつなのか? 良識ってものがない! これが嘘でも本当でも、どっちにしろひどい!)
スシが振り返ると、後ろでタキがせせら笑っていた。
「おい、お前・・・」
「あの紙か? 誰がやったか、何のことかさっぱりわからないなあ。でもこれはただの事実の公表だから、対立候補や選挙管理委員会が紙をはがすと、選挙の公正にかかわるなあ」
タキはどこかに行ってしまった。
スシは、この学校に転入してきてから一番激しい怒りにとらわれた。
(事実の公表とか、公正とか、何言ってんだよ!)
飛んできたキクハが張り紙を破り捨て、見物の生徒は散った。
スシの肩をたたく人がいた。
「よっ! スシくん」
「あ、ああ、キラさん! ちょっとこっちへ!」
スシがキラを生徒会室に連れて行った。カニ、オロネ、マヤも同行した。
「キラです。このたびはお騒がせしてしまったことを、申し訳なく思っています」
「スシだけど、何言ってるのさ! ここでキラさんが謝るのはおかしいでしょ! キラさんは被害者! 悪いのはタキなんだから!」
「スシくん、ほんとにそう思ってくれてる?」
「もちろんでしょ!」
「えへへ。でもね、実はね、あれに書いてあったことはね・・・、事実・・・なんだよね」
「え・・・」
「やっぱ反応に困るよね?」
「なんでタキはそういうこと知ってるの?」
「あたしの生物学上の父親は、タキの父親と同一人物だから」
「・・・」
「やっぱ反応に困るよね?」
「キラさんが立候補届け出のときに言っていた『異母弟』って・・・」
「タキのこと。まあ、うちの母さんは、その、タキ父の戸籍上の妻だった時期もあるんだけど、あたしが生まれたときはまだ愛人だったのね。向こうが離婚して母さんと再婚して、結局離婚して、だいぶたってから母さんは今のパパちゃんと再婚したの」
「キラさん、たとえそうでも、オレはそんな張り紙するヤツの神経がわからないよ! キラさんはキラさんであって、そういうことは本人の人となりには全然関係ないじゃないか。本人の力でどうにもならないことに付け込んで自分を有利にしようだなんて、オレは許せない!」
「・・・」
キラは涙ぐんだ。
「うわっ! キラさんごめん! オレ言い方きつかった?」
「違うの。・・・。 ・・・。うれしいの。あたしが怒れない分を、スシくんが怒ってくれたみたいで。自分のことのように怒ってくれて・・・」
キラはぼろぼろと泣き出した。泣き崩れて、倒れそうになった。
オロネとマヤが手を出して、スシにキラを抱きしめさせ、支えさせた。
「うわっ! 何? オロネさん、マヤさん!」
キラの方からスシにしがみついてきた。スシとキラの様子は、まるで彼女と彼氏が抱き合っているようだった。
オロネは「この場はこれでしょうがないけど、まずいなあ」という顔をした。マヤは、読めない表情ではあるが、どことなく「早く終わってください」という心情を見せていた。
もう始業というところで、キラはどうにか立ち直った。
「キラとしては認めたくないんだけど、これがわたしにとって相当イメージダウンになったのは確か。こうなったらこうなったで、一般生徒にああだこうだ説明して失地を回復しようとか思わない」
「キラさん、被害にあったまま泣き寝入りなんて、やめようよ! ライバル候補のオレが言うのもなんだけど、このまま続けようよ!」
「ごめん、あたしはそこまで頑丈にできてない・・・」
「じゃあ、どうするの?」
「泣き寝入りはしない。でも無理して当選しようとあがくより、タキを確実に落選させたい」
「え・・・」
「スシくんには、あとでお願いをすることになると思う。その時はよろしく」
キラは生徒会室を出て行った。
キラの意図をつかみ切れぬまま、マヤ、カニ、オロネ、スシも生徒会室を出た。
明くる日、選挙活動5日目。土曜なので部活以外の生徒は学校に来ない。
はずなのだが、小体育館でキラ派の緊急集会があった。
オロネ書記次長(中身スシ)は「キラさんを推す生徒はかなりの人数なんだ」と思いながら、赤いLツイン(イメージ)の後ろにクロハ会長(中身マヤ)を乗せ、学校敷地内を低速で走った。
「クロハ会長(中身マヤ)です! 選挙戦も終盤! 皆さんのお力だけが頼りです! クロハ会長(中身マヤ)、クロハ会長(中身マヤ)、よろしくお願いします! 最後まで戦います!」
「オロネ書記次長(中身スシ)です! このたびクロハ会長(中身マヤ)は、細かい説明は省きますが、生徒会赤字予算問題を解決しました! たなぼたではありますが解決は解決! 後期に入ってすぐに予定される、正式な年度予算案審議の生徒総会を、クロハ会長(中身マヤ)に執り行わせてください! 引き続きクロハ会長(中身マヤ)に支援をお願いします!」
オロネ書記次長(中身スシ)は学校敷地内の木陰に赤いLツイン(イメージ)を止め、クロハ会長(中身マヤ)を降ろした。オロネ書記次長(中身スシ)は校舎に入り、シークレットエージェント・スシ(中身オロネ)に電話連絡して、時間を合わせて化身解除した。
用を足して男子トイレから出てきたスシに、美少女が声をかけた。
「スシくんですね。初めまして」
「あ、どうも。2年1組のスシです(このひと誰?)」
「2年3組のナハといいます。キラの選挙対策本部長を務めております。泥縄第二高校カミセブンのひとりです」
「ナハさん。オレが実際に会ったカミセブンの中で、自分でカミセブンと名乗った人は初めてです。それと、カミセブンって、本編の本人登場順にマヤさん、オロネさん、キラさん、演劇部長のホキさん、登場時は女子バレー部次期キャプテンで夏の県大会後キャプテンになったレサさん、クロハさん、野球部マネージャーのサヤさんで7人だから、あなたは8人目なのでは?」
「カミセブンだと7人だなんて、誰が決めたんでしょう」
「いえ、そう言われるとオレも弱りますけど」
「あの、ほら、越後七不思議の八つ目が八珍柿だと言われてますから、それと同じにしときましょうよ」
「同じかな? まあいいや。それで、オレになんの用でしょうか」
「・・・。先ほどキラ派の緊急集会がありまして、その場で本人が選挙戦撤退を明言しました」
「やっぱり、そうなんですね・・・。今日は何人くらい集まったんですか?」
「浮動層を除いたキラ派の総数は、全校の2割くらいだと思います。今日は部活がない生徒だけが、会場の小体育館に集まりました。これから我々キラ派は目標を変え、タキ落選のために最適な戦術を選択し、総力を結集するということで一致しました」
「そうですか。それならオレにはあまり関係ないと思いますが、キラさんによろしくお伝えください」
ナハはスシの手をぎゅっと握ってきた。
「えっ!」
「そう言わずスシくん、キラのこと、よろしく頼みます」
ナハは去った。
スシは、ナハの最後のセリフが何を意味しているのか、わからなかった。考えながら歩いていると、オロネに会った。




