6章の5 対立候補がつるんでいるのは、知られないほうがいい
スシの背中をいきなりポンとたたく人がいた。
「わっ!」
「ぎゃあ!」
スシはびびって、その場にへたりこんだ。
「スシくん、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかった」
「どおしたの、クロハ会長(中身マヤ)」
「ねえ、キラちゃんもああ言ってたことだし、」
「ことだし?」
「クロハ会長(中身マヤ)陣営も選挙カーを出そうよ」
「ああ、だめだめ。黄緑色のバイクは、対立候補スシの愛車であることがバレバレだから」
「さっきのキラちゃんの選挙カー見たでしょ? カッティングシートで超絶デコッてあったでしょ?」
「ああ、見事だったね。『痛車』の技術を導入していたかんじ。キラさんのパパさんは、デザイン関係のプロなんだろうか」
クロハ会長(中身マヤ)は、かかってきた電話に出た。
「もしもし、わかったわ。ありがとう。・・・。スシくん、たった今スシくんの黄緑色のバイク(並列2気筒)は、Lツイン(L型2気筒)をイメージした情熱的な赤いマシンに生まれ変わったわ」
「? 赤? イタリア製のやつをイメージ? ?」
15分ほどあと、クロハ会長(中身マヤ)は、真っ赤なバイクの後ろに乗って、意気揚揚と選挙活動を繰り広げていた。運転しているのはオロネ書記次長(中身スシ)。
(オロネ書記次長(中身スシ)だけど、なんだこりゃあ・・・)
カニとオロネの手によって、スシの黄緑色のバイクはカウルから何から真っ赤なカッティングシートをべたべた張りめぐらされ、一見誰の所有物かわからない、謎のバイクへと変貌を遂げていた。
「ひそひそ、ねえクロハ会長(中身マヤ)、オロネさんは原付免許しかないのに、いきなり中型乗ってたら、一般生徒からおかしいと思われないかなあ?」
「ひそひそ、対立候補同士のクロハ会長(中身マヤ)とスシくんが実はつるんでいるというのは、有権者に知られないほうがいい。男子スシくんの後ろに女子のわたしが乗るのも、学校敷地内だといろいろな感情を刺激するから避けた方がいい。というわけで、これがベストよ。なあに公道じゃないから、仮にオロネちゃん本人が運転してても法的問題はないんだし」
「ひそひそ、そうかなあ・・・?」
真っ赤なLツイン(イメージ)は、外で部活の練習をしている生徒が多くいる場所にさしかかった。
「皆さんのクロハ会長(中身マヤ)がやって参りました! よろしくお願いします。大変厳しい戦いです! どうかクロハ会長(中身マヤ)に力を貸してください!」
「オロネ書記次長(中身スシ)です! 勝利の女神と呼ばれています(本物は)! クロハ会長(中身マヤ)を、どうかもう一度生徒会長にしてください! 実績と力量では負けません! どうかクロハ会長(中身マヤ)に、皆さまの清き一票を!」
(スシは、自分のセリフの『(中身マヤ)』という部分が、何かの拍子に一般生徒に漏れ伝わりはしないかと、気が気でないよ・・・)
オロネ書記次長(中身スシ)とクロハ会長(中身マヤ)を乗せたLツイン(イメージ)が走り抜けるのを見はからって、カニと、オロネが化身した生徒が、校舎から机を運び出し何ごとかの準備を始めた。
明くる日、選挙運動2日目。
休み時間の2年1組で、クラスの男子ワムが、スシに選挙ビラを見せてきた。
「スシくん、このビラなんだけどさ、」
「へ? なんのこと?」
「ほら、昨日、きみがサイン会でくれたビラ」
スシはオロネの方をチラッと見てみた。オロネは「ごめん、うまくごまかして」という視線を送ってきた。
(オレの知らないうちに、オロネさんがシークレットエージェント・スシ(中身オロネ)に化身して書いたのかな?)
「そういえば、スシ書いたね」
スシは口裏を合わせた。
「ビラのここに1枚1枚付けてあるキスマークって、スシくんが『誰のか言えないけど女子のもの』って言ってたけど、ほんとはオロネちゃんのなんじゃないの?」
「キ、キスマーク? オロネさんの? ごほっ、ごほっ! ・・・。ワムくんは、なぜそう思うの?」
「前に他のやつがもらったオロネちゃんのキスマーク入り色紙にそっくりだし、きのう隣にいたカニくんが『スシ候補のサインはまだないから、替わりにオロネのサインを書かせるね』って言ってたから」
「えーっ! ごほっ、ごほっ。なに、カニくんそんなこと言ってたの?」
スシはしどろもどろになった。すかさずオロネが話に割って入った。
「あー、スシ候補(中身オロネ)はね、オロネのサインを書くのが上手なの。みんなスシくんのサインよりオロネのをほしがっちゃうから、スシ候補(中身オロネ)が書いてくれたんだよね」
「ワム思うに、男子がオロネちゃんのサインがほしいのはそうだけどさ、このキスマークは誰のなわけ?」
「オロネからは誰か言えないけど、女子なのは確か」
「このクラスの人?」
「ないしょね。問題化は避けたいので」
ワムは「知りたかった答えは得られた」という顔をして引き下がった。スシはオロネを教室の外へ連れ出した。
「ちょっとオロネさん、オレに化身してサイン会してたの?」
「スシくんの応援するって言ったでしょう? お姉さんに任せなさい」
「お姉さんて、同じ歳でしょうに。でもビラ配ったりしても問題ないの?」
「規定の大きさと枚数を守れば大丈夫」
「でも、できればこういうことは・・・。スシの情けなさが際立つし」
「スシくんの選挙活動はあたしとカニに任せて、スシくんはクロハ会長(中身マヤ)の応援を精一杯やりなさい!」
「変な選挙・・・」
同じ日の放課後、クロハ会長(中身マヤ)とオロネ書記次長(中身スシ)が真っ赤なLツイン(イメージ)に乗って選挙活動をしていると、突然タキの選挙カーからウグイス嬢の大音量の声が聞こえてきた。
「ありがとうございます。皆さまのタキです。タキ本人が選挙カーに乗っております。お待たせいたしました、タキの選挙公約をお知らせします」
オロネ書記次長(中身スシ)は「何を言い出すのか」という目で選挙カーを見た。
「オロネ書記次長(中身スシ)思うに、選挙活動の途中から公約を後出しするヤツを初めて見た。で、あいつの公約って何?」
ウグイス嬢は続けた。
「お昼に学内で販売するパンを、無料化いたします! 当選のあかつきには即日実行します!」
それを聞いて、オロネ書記次長(中身スシ)のLツイン(イメージ)は右に左によれ、タコ踊りした。後ろに乗っていたクロハ会長(中身マヤ)は飛び降り、オロネ書記次長(中身スシ)に「スシくん、わたしは安全だから、心おきなく『大きな衝撃を受けたライダー』のお約束を続けて」という視線を送った。オロネ書記次長(中身スシ)は、Lツイン(イメージ)が本格的にこける前に止めた。
「オロネ書記次長(中身スシ)だけど、な、なんだって! あいつは正気か!」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、わたしもそう思うわ」
キラの選挙カーが近付いてきて止まり、キラが2人に駆け寄ってきた。
「キラも、タキのあれは無茶すぎると思う」
「オロネ書記次長(中身スシ)は思うけど、どうやって費用を工面する気だ」
「クロハ会長(中身マヤ)は思うけど、タキの家が金持ちというだけで、一般生徒は公約を信じかねない。大音量で広めるだけ広めてから、投票前に小さな声で撤回するとしたら、やっかいだわ」
「オロネ書記次長(中身スシ)思うに、公約を後出しできるなら、途中撤回もやりかねないわけか」
タキの選挙カーが止まって休憩し、タキがその場をふらふらと離れたのを見計らって、オロネ書記次長(中身スシ)、クロハ会長(中身マヤ)、キラがそーっと近付き選挙スタッフに接触を試みた。
「ひそひそ、運動員さん。生徒会長候補で新聞部長のキラというものです」
「ひそひそ、男のほうの運動員、ワキですが、なんでしょう?」
「ひそひそ、パン無料化の公約って、優秀な選挙スタッフのあなたが考えたんですか?」
「ひそひそ、タキくんとタキくんの親に、ないしょにしてもらえますか?」
「ひそひそ、ないしょにします」
「ひそひそ、公約をわたしらが考えたかって? そんなわけないでしょ。アレが勝手に言い出したんですよ、思い付きで」
「ひそひそ、なんか、ワキさんも苦労しているみたいですね」
「ひそひそ、ウグイス嬢のキヤですが、手先として無茶な公約を大音量で広めていることをお詫びします。仕事でなければやらないんですけど。それで、もし新聞部さんがパン納入先に取材をかけるなら今日がいいですよ。いろいろ手が回る前に。くれぐれもわたしらに聞いたことは内密に。自発的に取材に行ったことにしてくださいね」
「ひそひそ、もし我々が公約のでたらめさを暴いてタキがまた落選したら、ワキさんとキヤさんに何か不利益とかありますか?」
「ひそひそ、ワキですけど、ないかもしれないし、あるかもしれない。でもそんなこと気にしないでください。うちら2人とも泥縄第二の卒業生でして。タキくんが当選して学校が暗黒時代になるのは忍びないので」
タキが戻って来そうだったので、キラと役員たちは散った。ワキとキヤが他陣営と接触していたことは、タキに気付かれなかった。
オロネ書記次長(中身スシ)、クロハ会長(中身マヤ)、キラの3人は学校を抜け出し、いつも校内で昼休みにパンを販売している業者を訪ねた。40歳代女性の店長格、トラが応対してくれた。
「こんにちは、恐れ入ります。わたくし泥縄第二高校新聞部のキラと申します。残りの2人は生徒会長選挙の候補者です」
「はいはい、2年1組のキラちゃんね。店長格のトラです」
「実は少し立ち入ったお話をお聞かせ願えたらと思いまして」
「なんでもどうぞ」




