6章の2 怒らないから言ってごらんなさい
「過去の不幸なできごとはね、会長が、自分が気に入っただけでろくに知りもしない女子を指名したから起こったの。スシくんとマヤちゃんだったら、その心配はないもの」
「えー」
「カニからスシくんにひと言。彼女になってほしい人と、一緒に墓参りに行くといいよ」
「えー、いきなり何? 墓参りを一緒にするって、それってデートなの?」
「カニの調査報告第6弾。マンガで主人公格男子の墓参りが描かれた場合、それに同行した女子と結ばれる。どんな強力ライバル女子も脱落する。調査対象は4作品、例外なし」
「4作品て少ないな」
「一緒に墓参りに行くマンガ自体、少ないからね」
「まあ、男女が一緒に墓参りに行くくらい親密になってしまえば、もうそこから逆転はないということなのかな? 身内の冠婚葬祭に準ずるイベントだし」
「亡くなった母親や夫に、付き合っている異性を紹介する、という要素も大きそうだ」
「じゃあオレはオロネさん、クロハさん、マヤさんのどの家の墓に行こうかな。あるいは誰をうちの墓に連れて行こうかな。って、そんなこと考えるヤツは普通おらんでしょう!」
話がとぎれたところで、カニのスマホが鳴動した。マヤからクロハ会長(中身マヤ)への化身変更の連絡だった。引き続きオロネ、スシにも連絡が来た。
生徒会室に他に誰もいないと、別区画秘密化身室に入っている間に外部から侵入があってもフォローしてもらえず、身動きが取れなくなる。それを心配しているマヤを思い、3人は生徒会室に急いだ。
3人がドアを開けて中に入ると、マヤの姿は見えなかった。
3人が戻るのを待ちきれず、マヤは化身変更に踏み切っていた。3分ほどたって別区画から出て来たクロハ会長(中身マヤ)は、いなかった3人が戻っていて面食らった。
「わ!・・・。ええっと、みんな、何してたのよ!」
「スシだけど、後期生徒会長選挙の立候補届け出対応の準備じゃないかな~」
「それにしては、屋上で楽しそうだったじゃない」
「うっ! 見えてたの?」
「見えちゃったのよ。なんの相談をしてたの? 怒らないから言ってごらんなさい」
「えーと、えーとね。その。マヤさんの誕生日の、役員企画のないしょの秘密パーティーの相談」
「誕生日が来週なのはクロハで、マヤは4カ月あとだけど」
スシの両脇から、カニとオロネのややハードなツッコミ肘が入った。
「ひそひそ、カニだけど、スシくん、もう少しうまいことを言ってよ」
「ひそひそ、ひどい。自分でフォローもしないで文句だけ言うとは」
「怒らないから言ってごらん」と言っていたクロハ会長(中身マヤ)だが、機嫌はすこぶる悪くなった。
「みんな何企んでるのよ。今日は生徒会室にいつ立候補届け出に来られるかわからないんだから、スシくんもそんな部外者みたいな恰好してないで役員に化身してよ」
「じゃあ、現在空いているマヤ副会長に化身するね」
スシが別区画に入り、マヤ副会長(中身スシ)が出て来て、いつものメンバーがそろった。
「さてカニから。久し振りに前期生徒会執行部会議をしましょう」
「クロハ会長(中身マヤ)ですけど、今日は忙しいから、しなくていいでしょ?」
「いいからいいから」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、執行部会議って1章以来ですね。スシがシークレットエージェントになってからは初めて」
「クロハ会長(中身マヤ)は、まあ会議を開催すること自体には同意してもいいか。でも手短にね。で、カニくん、議題は何?」
「オロネが議題を説明します。スシくんに後期生徒会長選挙に出てもらうか、出てもらわないかを決める」
マヤ副会長(中身スシ)はずっこけた。
「議長カニから注意。スシくん、そのずっこけ方は、マヤちゃんの芸風と違う」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、今はマヤ副会長(中身スシ)に化身中です。スシ名指しの文句には対応できません」
「クロハ会長(中身マヤ)も、はあ?って感じなんですけど? 会長選に出てもらうかって、それどういうこと? うちらはクロハを泥縄第一に送り出して、人数が少ない中なんとかやりくりして、クロハが戻ってくるその日まで、生徒会長の椅子を守るためにやっているわけでしょ? それなのに会長選挙にスシくんを出そうだなんて。そりゃ、わたしだってスシくんに会長の資格がないとかは思わないけど、それでも、それはないんじゃないの?」
「マヤ副会長(中身スシ)です。わたしは今、マヤ副会長に化身中なのでなんとも言えませんが、もしこの場にスシくんがいたとしたら、彼は及び腰になると思いますよ?」
「議長カニから。スシくんとしてなんとも言えないのは理解しますが、だったら化身中のマヤ副会長として、マヤちゃんの心情を話してください」
「え・・・。・・・。・・・。クロハ会長(中身マヤ)とマヤ副会長(中身スシ)、化身交換してもらっていいでしょうか? そのあと同じ質問をしてもらっていいでしょうか?」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、なんだそりゃ! マヤ副会長(中身スシ)に化身している以上は、あんたがマヤとしてちゃんと話せ!」
「・・・。ではちゃんと話します。マヤ副会長(中身スシ)としては、オロネさんの提案に賛同できません」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、こらスシ、マヤの心も知らないでテキトー抜かすな!」
「化身交換を頼んでも怒るし、マヤさんになったつもりで話しても怒るし、どうすればいいんでしょう?」
「議長カニから。2人とも、オロネの議題説明の続きを聞いてよ」
「オロネ続けます。後期会長選挙にはクロハ会長(中身マヤ)のほか、キラちゃんとタキが立候補すると予想されます。現職1に新人2。女子が2人に男子が1人です。有権者の投票先が女子は女子、男子は男子となる傾向があるとすれば、この顔ぶれで選挙戦になったら女子の票が分散してしまい、クロハ会長(中身マヤ)は不利となります。ここで惑星候補のスシくんを出すことを考える。男子と女子二人ずつになって、男子の票も割れる。また現職1、新人3となる。新人が出れば出るほど、マンネリムード打破を願う層の票が分散するので、通常は現職有利に働く」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、それってスシくんをダシに使って、捨て石にして、踏み台にして、クロハ会長(中身マヤ)の再選を有利にするってことなの?」
「オロネだけど、ダシ、捨て石、踏み台は、どれか一つ言えばいいよ?」
「オロネちゃん、顔に似合わず腹黒」
「この案が腹黒すぎてイヤだったら、無理にとは言わないけど?」
「腹黒な案だけど・・・。スシくん」
「今はマヤ副会長(中身スシ)ですけど、はい?」
「わたしがあなたに『ぜひそうして』とは言いにくいけど・・・」
「はいはい、自分からは言いにくいので、周囲の者が気を使え、と」
「そうは言ってないけど・・・」
クロハ会長(中身マヤ)が、いたずらっぽい目でマヤ副会長(中身スシ)を見た。
「マヤ副会長(中身スシ)としては、さっきまであんなにスシが選挙に出るのを嫌がっていたクロハ会長(中身マヤ)の変節ぶりには、なんの感情も持たないわけではないです。でもマヤ副会長(中身スシ)としても、そんなんであれば絶対当選しろと言われないので気楽です。スシに立候補を検討するよう働きかける用意があります」
「議長カニですが、スシくん、まだるっこしいこと言わずに即断を」
「マヤ副会長(中身スシ)ですが、それならお願いがあります」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、何?」
「いつものやつをやってほしいんです」
「いつものやつって、あれか。マヤが目を潤ませてスシくんに頼みごとをするやつか。でもスシくんのその『いつものやつをやってほしいんです』というセリフ、スシくん本人としての願望でしょ? 口調と声色をマヤっぽくしただけでしょ?」
「え?」
「議長カニ思うに、クロハ会長(中身マヤ)の言う通りだ。今はスシくんがマヤ副会長(中身スシ)に化身しているわけだから、化身の務めを果たして、マヤ副会長(中身スシ)としてスシくんに頼みごとをするのが正しいんじゃないかね」
「え・・・」
マヤ副会長(中身スシ)は、いつもマヤにしてもらえるのが楽しみになっていた「お願い」を自分でさせられる流れになり、慌てた。
「でも、シークレットエージェントは役員ではないから、スシ化身のシフトに入れる人はいないわけで・・・」
それを聞いたクロハ会長(中身マヤ)は、いそいそと別区画の秘密化身室に入って行った。出て来た時には、見事なシークレットエージェント・スシ(中身クロハ会長(中身マヤ))になっていた。5章のローテーション化身練習のたまものだ。
「オロネだけど、へえ、クロハ会長(中身マヤ)のスシくん化身、なんかすごい。クロハ会長(中身マヤ)から化身解除しないで、そのまま直接、強引にシークレットエージェント・スシ(中身クロハ会長(中身マヤ))になるのがすごい。黒のヘアピン50本以上を使ってスシくんの短髪のように見せる髪のボリューム調整、執念を感じる。この化身の出来なら、いつでも実戦投入できるね。今回、そんなに大したことない用事のためにここまでやって、この1回こっきりだったら面白いね」
「議長カニですけど、じゃあマヤ副会長(中身スシ)、いつものやつをシークレットエージェント・スシ(中身クロハ会長(中身マヤ))にやってあげてください。どうぞ」
「マヤ副会長(中身スシ)からシークレットエージェント・スシ(中身クロハ会長(中身マヤ))へ。先ほどすでにお話があったかと思いますが、わたしからも重ねてお願いします。クロハ会長(中身マヤ)の当選をサポートする目的で、会長選挙に出てください。クロハ会長(中身マヤ)から直接頼むとクロハが腹黒となってしまうので、あくまで周囲の人間が心配した結果、代表してスシくんが出馬を決意した、という形でお願いしたいのですが。失礼なのは重々承知です。お願いします」
「シークレットエージェント・スシ(中身クロハ会長(中身マヤ))です。あのさあマヤ副会長(中身スシ)、というよりスシくん、本物のマヤなら、スシくんが相手なら、もっとサックリ言うって。わたしとしては、そのセリフは、あなたがマヤからそう言われたい心情を反映しているだけで、実際にはあり得ないと思えるんだけど」
「ええー!」
マヤ副会長(中身スシ)は衝撃を受け、しばらく立ちつくした。




