5章の9 君思い むちゃぶりこなした夏の日
クロハ会長(中身スシ)は脂汗を流した。
「そんなのだめだよ! 統合されるかというときなんだから、こっちが不利になっちゃう!」
クロハ会長(中身スシ)はここで初めて、なぜマヤとクロハが作詞作曲能力がないにも関わらず校歌作りをぶち上げたか、理解した。
クロハ会長(中身スシ)に、キクハ教諭(中身マヤ)が耳打ちした。
「ひそひそ、スシくん。ほら、『若』とか『空』とか『光』とか、聞こえのいい漢字をどんどん入れて、ちゃちゃっと作っちゃおう」
「ひそひそ、ここまできて、その大ざっぱな指示。それに、そのキャラはキクハ教諭(中身マヤ)というよりクロハ会長(中身マヤ)そのもの」
「ひそひそ、うるさいわね。キクハ教諭(中身マヤ)なんて、いきなりできないわよ」
「ひそひそ、うーん、さすがにオレも余裕がなくなってきた」
「ひそひそ、今きみはクロハ会長(中身スシ)なんだから、オレとか言うな」
「ひそひそ、ねえキクハ教諭(中身マヤ)」
「ひそひそ、『オロネちゃんがやったみたいに抱っこして』とか言ったら、ぶっ飛ばす」
「ひそひそ、そんなこと言わないよ」
「ひそひそ、校歌を作るにはねえ・・・。普段思っていることを素直に形にしてみたら?」
「ひそひそ、いいこと言っているようで、限りなく抽象的な」
キクハ教諭(中身マヤ)の物言いに反発も覚えたクロハ会長(中身スシ)だったが、ヒントをもらえた気がした。
「ひそひそ、普段思っていることを素直に形にすればいい、か」
クロハ会長(中身スシ)は、ここで校歌を完成させられなくては男ではない! という思いと、でもいま自分、化身していて女だしなあ、という思いが交錯した。しかしもう残された時間は本当に少ない。
そういう状況でも、合唱の男性たちはリラックスムードだった。
「ひそひそ、合唱の皆さんの顔に『歌詞作りを待つのはポーズ。本当に待っているのは時間切れ。今やっているのは泥縄第一校歌の歌詞流用をクロハ会長(中身スシ)たちに認めさせるための儀式』と書いてあるような、ないような」
「ひそひそ、スシくんのそれは、被害妄想も少し入っているんじゃないかな?」
甲子園で行われている試合に目を転じると、第1試合の途中から雨で中断していた。
「クロハ会長(中身スシ)だけど、やった! このまま明日に延びれば時間が稼げる!」
スタッフの人がクロハ会長(中身スシ)を「なんか言ってるなあ」という目で見た。
クロハ会長(中身スシ)の思いとは別に、雨はすぐやんだ。グラウンド整備も数分で終わり、試合は再開された。
「クロハ会長(中身スシ)だけど、ふ~う」
キクハ教諭(中身マヤ)が、後ろからクロハ会長(中身スシ)の首を締めにかかった。
「真面目にやれ!」
「わー! まずいよキクハ教諭(中身マヤ)! これじゃ教師が生徒の首を締めてることになるって! 体罰反対!」
まだ、校歌歌詞完成のタイムリミットまで、3時間以上あるはずだった。
しかし関係者の人たちは、試合中断をきっかけに動き始めた。泥縄第一高校の校歌歌詞のコピーが、男声合唱の皆さんとクロハ会長(中身スシ)、キクハ教諭(中身マヤ)に配られた。
「クロハ会長(中身スシ)ですけど、ちょっとちょっと、まだタイムリミットまで、だいぶありますけど?」
「いや、どうせ最悪の場合に備えるなら、時間あるうちから準備しとこうと思って」
「タイムリミットはタイムリミットじゃないと?」
「最悪の場合に備えて、ということですけどね、あくまで」
キクハ教諭(中身マヤ)は、クロハ会長(中身スシ)にだけ聞こえるようにして言った。
「ひそひそ、大人は汚い!」
クロハ会長(中身スシ)も、キクハ教諭(中身マヤ)にだけ聞こえるように返した。
「ひそひそ、クロハ会長(中身スシ)ですけど、あなたは今キクハ教諭(中身マヤ)で、大人だから。それ大人のセリフじゃないから」
キクハ教諭(中身マヤ)の瞳に涙がにじんだ。
クロハ会長(中身スシ)はビクっとした。
キクハ教諭(中身マヤ)は、すがるような瞳でクロハ会長(中身スシ)を見つめた。
「ひそひそ、スシくん。わたしがオロネちゃんみたいにスシくんを抱っこしてあげれば、歌詞できる?」
「・・・」
クロハ会長(中身スシ)は、マヤをここまで追い込んだ自分自身に、激しい憤りを覚えた。
その時クロハ会長(中身スシ)の元へ歌詞が降ってきた。
クロハ会長(中身スシ)は何かに突き動かされるように、そこら辺にあった紙に一気に歌詞を書き上げた。
クロハ会長(中身スシ)は、すぐさま紙のコピーを人数分取るよう、スタッフに頼んだ。歌詞ができた高揚感からか態度はかなり高飛車で、これではクロハ本人の評判を落としてしまいかねなかった。
関係者の人による歌詞のチェックと平行して、合唱の皆さんの練習が始まった。クロハ会長(中身スシ)は作詞作曲者という立場から、「ここはこう歌って」などと偉そうに指導した。合唱の皆さんはムッとすることもなく、良いパフォーマンスになるよう集中していた。
甲子園では第2試合が終わった。
第3試合の泥縄第二高校が開始前のシートノックをしている間に、クロハ会長(中身スシ)は甲子園スタンドのマヤ副会長(中身クロハ)に電話して、校歌の完成と使用音源の準備が整ったことを報告した。
化身時間制限のため、クロハ会長(中身スシ)とキクハ教諭(中身マヤ)はスタジオの建物内の人目に付かない場所で化身を入れ替え、クロハ会長(中身マヤ)とキクハ教諭(中身スシ)となった。2人は電車で球場へ向かった。
試合で先攻となった泥縄第二高校は、初出場であっても物怖じせず、初回に7点も取った。
1回裏を無失点で終え、いよいよ2回の攻撃前を迎えた。
「ただ今から、泥縄第二高校の校歌を演奏します」
球場内アナウンスの紹介に続いて、できたてほやほやの校歌が場内に流れた。
勝ち負けが決まっていない試合中でもあり、球場の一般客からは反応らしい反応はなかった。歌詞テロップ入りでオンエアされた全国放送でも、特に視聴者に注目されることもなかった。
しかしスタンドにいた前期生徒会役員の受け止め方は違った。80年近く存在しなかった校歌がついに完成し、クロハの会長選挙の公約も果たされたのだ。カニとオロネは安堵のあまり抱擁し合い、マヤ副会長(中身クロハ)は感激で立ち尽くしていた。
クロハ会長(中身マヤ)とキクハ教諭(中身スシ)は電車の中にいた。役員の間では化身関連ならメール・SNSは禁止だが、歌詞の連絡なのでクロハ会長(中身マヤ)が権限でメール送信を許可。キクハ教諭(中身スシ)がオロネとカニに連絡した。ベンチ外で待機していたマネージャーのサヤが中継役となり、泥縄第二高校ベンチにも伝えられた。
試合の中盤に、クロハ会長(中身マヤ)とキクハ教諭(中身スシ)が球場に到着した。スタンドの前期生徒会執行部役員と合流すると、すかさず歓喜の輪ができた。キクハ教諭(中身スシ)は、スコアボードの泥縄第二の初回の7点を、まぶしい目で見た。
スタンドが十分に騒々しいので、キクハ教諭(中身スシ)は、言葉を選ばずにしゃべった。
「キクハ教諭(中身スシ)だけど、ああ、これだけ点を取って、歌詞作りの時間稼ぎを援護してもらえるんだったら、もう少し粘っても良かったかしら」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、スシくん、何かが憑いたようになって、かろうじて作り上げたクセに、よく言うわね」
泥縄第二高校野球部は結局、8対1で初陣を飾った。
両チームがホームベースをはさんで整列し、場内アナウンスが泥縄第二高校ナインをたたえた。
「ご覧のように、8対1で泥縄第二高校が勝ちました。ただ今から同校の栄誉をたたえ、校旗の掲揚ならびに校歌の演奏を行います」
「泥縄第二高校校歌 作詞作曲・生徒作品
ガラス越しの君の瞳
どこかせつなげで
何か手伝えることないかと
言い出していた
違う人になれはしないけど
君思い ひた走ってた春の日
泥縄第二高校」
甲子園のよくある風景として、勝利チームが校歌を誇らしく歌うというのがある。泥縄第二高校ナインはそれができるか危ぶまれたが、歌詞の伝達が試合開始の後までずれ込んだにも関わらず、全員で大きな声で歌うことができた。スシとマヤが野球部の事前の練習中、スキャットでメロディーをさんざん歌い、曲を覚えてもらえていたからだ。
泥縄第二高校の応援スタンドでは、自分の学校にもやっと校歌ができたことで、喜んだ生徒が多かった。
野球部キャプテンのチキは、試合後の公式インタビューで「試合に勝てたこともそうですが、今日完成したばかりの校歌を、ちゃんと歌えたのがうれしかった」とコメントした。
全国高校野球選手権の2回戦まで日程が空くので、応援の生徒や学校関係者は、団体特別列車(甲子園臨時)で地元に戻ることになっていた。前期生徒会執行部とシークレットの計5人のうち、化身していた3人は、球場から駅に向かう間にそこかしこで化身解除を行い、化身衣装の大掛かりな荷物をゴロゴロ引いて列車に乗り込んだ。
スシは一般生徒扱いだが、役員のクロハ、マヤ、カニ、オロネからわりと近い席を確保していた。
「はいはいはい、新聞部長キラです。ついに完成した校歌について、クロハさんにインタビューいいですかね?」
「どうぞ」
「詞と曲とも『生徒作品』ということですけど、具体的には誰が作ったんですか?」
「みんなが持ち寄ったものを、いいところを生かしつつ、ミックスしました」
「みんなというのは役員?」
「一般生徒はいません。一般生徒はね」
「クロハさん、いま、スシくんに目配せしませんでした?」
「し、してません」
「球場では1番だけでしたけど、新聞部が入手した、2番までの完全な歌詞を読み上げます。
泥縄第二高校校歌 作詞作曲・生徒作品
ガラス越しの君の瞳
どこかせつなげで
何か手伝えることないかと
言い出していた
違う人になれはしないけど
君思い ひた走ってた春の日
泥縄第二高校
風が君のまぶたなでる
どこかはかなげで
何も言われなくても
わかる気がしていた
ずっとごまかせはしないけど
君思い むちゃぶりこなした夏の日
泥縄第二高校
違う人になれはしないけど
君思い 歌った秋と冬の日
泥縄第二高校
と、こうです。で、スシくん」
「はあ。オレ、役員じゃないんですけど」
「これ、ラブソングですよね?」
「ええーっ?(作っていて自覚なかった!)」
「新聞部がこれから調べるけど、ひょっとしてこれ、全国唯一の高校校歌ラブソングじゃないでしょうかね。未来志向宣言に、見事に合いましたね」
「そ、そうなんですかね? ・・・。作った人に聞かないと、わ、わからないなあ・・・(どこの学校とも絶対同じにならないようにとは、心がけていたけど・・・)」
「『違う人になれはしないけど』と『ずっとごまかせはしないけど』という歌詞には、どういう意図が込められているのでしょうか?」
「え、そ、それも、作った人に聞かないと・・・」
スシは激しく動揺した。確かに歌詞のこの部分は、化身のことを歌っていると取られても仕方がない。うかつだった、とスシは自分を責めた。
「クロハですけど、この部分の歌詞は、青春の日に訪れる葛藤を意味しているのです!」
「マヤですけど、『何か手伝えることないかと』『何も言われなくても』というところは、助け合い精神や、どんなむちゃぶりにも応えてくれる優しさを表しています!」
「カニですけど、県内高校校歌の歌詞に使われている漢字ベスト5、逆にいえばありがちな『学』『山』『川』『若』『空』が何一つ入っていない、まさに21世紀志向の、とってもいい歌詞です!」
「オロネですけど、2回の攻撃前に球場で流れたら、野球も勝ったし、いい歌だし、こちゃこちゃ言わんとこうよ!」
(ひーっ! スシだけど、みんな援護射撃ありがとう! スシとして、優しさを表現した意図がきちんとマヤさんに伝わっていたのはうれしい。でもこれ、やっぱり生徒全員のための歌というよりかは、オレや役員の都合と葛藤を、遠回しに表現した歌かも?)
「キラですが、あと、スシくん。1番に『ガラス越しの君の瞳』とありますけど、このガラスは窓ガラスですかね?」
「窓ガラスじゃなくて、メガネをイメージ・・・、い、いえ、作った人に聞かないとわかりません!」
「2番に『風が君のまぶたなでる』とありますけど、メガネをかけていたら、風がまぶたをなでませんよね?」
「はあ」
「ということは、1番の『君』はメガネをかけていて、2番の『君』はメガネをかけていない、ということですかね?」
「ビンゴ! ・・・でなくて! 作った人に聞かないとわかりません!」
「そうすると歌の主人公とおぼしき生徒は、好きな人が複数いる、多情な人なんですかね?」
スシは青ざめた。自分でも無意識のうちに、歌詞に出てくる「君」が、1番と2番で別人のようになってしまっていた。ここで初めて、スシは、それらの人が実際の誰かをイメージしていたことに気付いた。
(あああ。おろおろ。2番がマヤさんなのは確実だとして、1番は誰なんだろう。クロハさん?)
キラは、興味深そうな瞳をスシに向け続けた。
「クロハですけど、これ校歌ですから、歌詞の登場人物は生徒全体を網羅して象徴していると考えるのが妥当ですよね。1番の『君』と2番の『君』は、そこに配慮して用意された、別々の登場人物で、思われている人もまた別々なのだ、と捉えればいいのでは?」
「マヤとしても、メガネをかけている生徒も、かけていない生徒も、『これ、わたしのこと歌っているかも』と愛着を持ってもらえて、いいと思います!」
「カニですが、1番の『ガラス』が、部活を遠くから見物するためのカメラか双眼鏡のレンズでしたと解釈するだけで、主人公が多情に見えなくなって、いい感じに!」
「オロネですけど、カニ、それだとただのエロ生徒だって。かえってまずいって。でもみんな、校歌はいい歌なんだから、細かいとこには、こだわらなくていいと思うけど!」
(スシ思うに、みんな! 援護射撃、重ね重ねありがとう! でもカニくん、オレも、カメラや双眼鏡はないと思う!)
ここでスシは、はたと気付いた。
(ああそうか。2番の「君」はマヤさんで、1番の「君」はクロハ会長(中身マヤ)なんだ。なんだ、同じ人じゃん。多情じゃないじゃん。でも、それをキラさんに説明できない!)
キラに何も言えないスシを、クロハがまっすぐに見つめた。「キラちゃんの手前ああは言ったけど、本当はわたしもスシくんの『君』が誰か、興味ある」という顔をしていた。続いてスシはマヤと目が合った。マヤはすごく照れていた。
結果的に、スシとしては、1番と2番で同じ人への愛を歌っていたようだ。化身は自分たちには身近でも、周囲はまったく知らない。知られてはいけないけれど、自分が普段やっていることを歌にしたい、そこに嘘をつきたくないという葛藤があったがゆえに、こういう歌詞に仕上がったようだ。キラのように鋭い人には、できれば見せない方が良かったのかもしれない。
「スシだけど、全国に発表した1番はともかく、2番だけでもこれから変更できないかなあ・・・?」
「キラだけど、一般生徒のスシくんに、そんな権限はないでしょ? まあ、あたしもいろいろツッコんだけど、この歌詞、一元的に男子が主役で女子が脇役でなく、立場が入れ替わっても大丈夫なようにできているのが素敵だと思う。あたしは好きだな。スシくん、2番を変えるとか言うのやめよ? みんなが言うのが合ってるよ」
「ラブソングということには、なっちゃうんだね・・・」
「それはしょうがない。でも素敵なラブソングだからいいじゃない!」
キラは自分のいた車両へ戻っていった。
抜け殻のような顔をしたスシを、クロハ、マヤ、カニ、オロネ、キクハが総出で慰めた。
【泥縄第二高校校歌】ニコニコ動画様で、ささやかな動画を公開しています。作詞作曲 生徒作品(作中でそうしてあるけれど、ほんとは筆者のキュー山はちお)編曲 局乙来造(キュー山の別名義)。
Yahoo!やGoogleで「泥縄第二」で検索してみてください。
小説と併せてお楽しみいただけます。




