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生徒会、ないしょの欠員1  作者: キュー山はちお
5章 校歌には「学」「山」「川」「若」「空」とか入れるといいよ
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5章の6 マヤに対するイヤミになりかねない

 デート当日。スシは待ち合わせ場所のファミレスに、クロハに指定された時刻の30分前に着いた。この店は泥縄第二高校からそう離れておらず、放課後などに生徒同士のカップルがよく使う場所だった。

 アクシデントでデートを引き受けたという前提のクロハにとって、マヤの家と自分の実家のどちらか一方に近すぎる場所設定は、避けたかった。マヤ本人が誘われたらそうなると想定して、マヤの近所に設定すると、マヤに対するイヤミになりかねない。かといってクロハの家に近すぎる設定では、マヤに「クロハはスシの誘いを待っていた」と取られかねない。

 スシはデート初心者であり、場所を選定しようにも見当がつかないので、クロハに場所を指定されたのは良かっただろう。

 スシはデートに臨むにあたって余裕がなく、「生徒の誰かにクロハさんと一緒のところを見られたらどうしよう」という気を使えていなかった。

 1分とたたずにクロハが、とても大きなバッグを持って現れた。

「早いわね、スシくん」

「クロハさんこそ」

 客が少ないファミレスで、スシとクロハは、2人でいるには広い席に通された。ふたつ離れた席には、高校生くらいの男子1人女子2人、計3人が陣取っていた。3人とも変わった髪形をしているが、どこから来たのであろうか。

「スシくん、ちゃっちゃと校歌作っちゃおうか」

「そんな簡単に言わないでくださいよ、クロハさん」

「クロハでいいよ」

「じゃあ・・・。クロ・・・、?」

 スシはクロハのことを「クロハ」と呼び捨てにしようとしたが、どこからか複数の視線を感じて、思いとどまった。

「クロハさん」

「スシくん、曲はもうできてるし、試合までに必要なのは歌詞1番だけなんだから」

「でも校歌って普通、2番くらいまでは必要でしょ? 甲子園が終わってからでも作らないとでしょ? やっつけで作って公表した1番と、後から作った2番がつながらなくて、これまで何人のクリエーターが悩んできたことか」

「何それ」

「ところで、クロハさんは、会長選挙で誰が相手だったんだっけ?」

「話そらされた気もするけど、まあいいか。会長選挙の相手は、キラちゃんと、現在2組のタキって男よ」

「そういえば、そう聞いたことがあった」

「タキは次の選挙にも出ると思う。頭痛い」

「?」

「ほら、泥縄第二高校の生徒会長は、当選すると他の役員を選任するでしょ? それで会長に指名された異性の副会長が就任しゅうにんすると、それは告白と告白受け入れとみなされる、というのがあるじゃない?」

「ああ、それは、オレがいた泥縄第一でも有名だったなあ」

「そうなの? いやねえ」

「それって校則なの?」

「校則なわけないでしょ。生徒の間の慣わしというか、不文律ふぶんりつというか。それがやっかいなのは、たとえ会長からムリヤリ指名された女子でも、有形無形ゆうけいむけいの圧力で、副会長を受けざるを得ないところに追い込まれたりするの。過去にもいろいろ悲しい事態が起こっているのね」

「えー、いやなら断ればいいのに」

「断ろうにも、周囲から『役員が決まらないと困るだろうが! オマエは自分のことしか考えないのか!』と迫害を受けるようよ」

「えー。誰かを彼女にするみたいに指名できて、相手が断れないんだったら、オレだって会長になりたいよ」

「じゃあスシくんが会長になったら、副会長に誰を指名するの? オロネちゃんは、もう役員を2期やっているからだめよ」

「うーん、実際に会長になるとしたら、困るかな。じゃあ無難に男を指名しておこう、ってなるな」

「オロネちゃんがだめだと女子は指名しないの? そんなにオロネちゃんが好きなの?」

「そういうわけではなく」

「あはは、ムキになった」

 会話と並行して、クロハはスシの手のひらを取り、人指し指で文字を書いた。

「?」

(「花(シークレットエージェント)」と「そら(会長)」入れ替え。店の奥の男女兼用トイレに先に行って。2分たったら、わたしも行くから)

「??」

 今日は校内ではなくてデートなのに、化身入れ替えってなんなのか。

 しかしスシは、言われた通りに席を立った。

 クロハはドリンクバーの方へ歩いた。近くの席の3人も、クロハに近づきすぎないようにドリンクバーの方に来た。クロハはドリンクバーのボタンを押すと見せかけてやめ、カップを自席テーブルに戻しつつ、大きなバッグを持って男女兼用トイレに向かった。近くの席の3人は3人とも、カップへの飲み物注入が始まってしまったためにドリンクサーバーの前から動けず、クロハを見失った。

 スシは男女兼用トイレの個室の中で所在無くしていたが、クロハの宣言通り2分たつと、ドアの向こうから声がした。

「ひそひそ、スシくん、クロハです。ほかの客いない。入れて」

(クロハさん、ほんとに来たよ・・・)

 スシは個室の鍵を開けた。クロハはせまい個室に、滑り込むように入ってきた。

 スシは、制服とスクール水着でクロハ会長(中身スシ)化身の経験はあるが、私服を着るのは初めてだ。クロハの意図いとはわからなかったが、化身にはいつもの心構えで臨もうとした。

 クロハとお互い背中合わせになり、衣服を交換した。普段は女子に化身する時は秘密化身室に常備してあるパッドを何枚かり付けて終わりだが、この日はクロハが準備していたアイテムだけしか使えないので、クロハが外したブラをそのまま借りた。そこへパッドを入れてもらい、見た目をととのえてもらった。

「ところでクロハさん、どうして化身しようなんて?」

「ふたつ隣の席の3人と、距離を取りたかったの」

「え?」

「わからなかった? あの3人は、マヤとカニくんとオロネちゃんだよ」

「えーっ! 一般高校生に化身していたの? 髪形が個性的過ぎてわからなかった! そうか、顔がいつもと同じ分、髪形にっていたのか。でも、それでなぜ距離を取りたいの?」

「今から、マヤには言いにくい、でもわたしがスシくんに話したいことを話すね」

「ええっ!(弱ったな、クロハさんとは会って間もないのに・・・。そんなにオレのことが)」

「マヤはね、今まで化身で相当無理してきたと思うんだ」

「(あ、そういう話ではないのね・・・)無理かあ。本物の会長の言葉だけに、重みがあるね。クロハさんは、マヤさんが化身しているクロハ会長(中身マヤ)のことはどう思ってる?」

「言いにくいんだけどね・・・」

「うんうん」

「あれは、ちゃんと、『マヤでない人』には、なっている」

「ふんふん」

「でも、クロハみたいかというと、そうでもないような・・・」

「ええっ! クロハさん本人はそんなふうに思っているの!」

 クロハ会長(中身クロハ)化身の、クロハ本人による評価を知り、スシは動揺した。

「うーん。マヤがしてくれてるクロハ会長(中身マヤ)は、どこにもいない人というか・・・」

「・・・」

「マヤは『クロハが生徒会長という立場にあれば、自然とこうなるはず』と考えてやってくれているのかな。でも実際はわたしの性格はね、どちらかというとクロハ会長(中身マヤ)というより、マヤ本人に近いのよ」

「えーっ!」

 スシは驚いてウィッグ(クロハ持参じさん・クロハ会長化身用)を落としそうになった。

 マヤとクロハの性格が近い――。自分がクロハに抱いていた「積極的」というイメージと、おとなしく言葉を飲み込みがちなマヤのイメージには、かなりギャップがあった。

「化身の入れ替えはあらかた出来たけど、呼び方はそのままスシくんにするね」

「うん・・・」

「マヤがわたしの代わりに目指してくれている生徒会長像は、かなりの理想像。誰かにやらされるならともかく、自発的には、わたしにもやりきれないと思うのね」

「誰かにやらされない限り難しい? だとしたら、マヤさんは任務だからできているってことなのかな?」

 スシは、マヤの頑張りがかえってクロハに心配を与えていることが、悲しくなった。

「マヤは、本当の自分を抑え込んでいる。マヤがどうかなっちゃうのが嫌だからこんな話をしたけど、スシくんやみんなが頑張って化身をしてくれていることには、もちろん感謝してる」

「・・・」

「マヤはわたしのためにと言って、会長の座を他に渡さないように頑張ってくれている。でも、マヤにめんと向かっては言えないけど、わたし自身は会長の座を失いたくないとか思っていない。会長が務まる人間が生徒に選ばれて会長になるなら、それでいい。もう『誰かのために』とか言って身をすり減らさなくていいよ。だから。次の会長選挙にマヤかクロハ会長(中身マヤ)が立候補したら、スシくんも出て。そしてマヤに勝って。とにかくマヤを止めてあげてほしいの。スシくんがマヤを解放してほしいの。スシくんが」

「・・・」

 えらい見込まれようだとスシは思った。

 すでにクロハ会長(中身スシ)化身は完成していた。

 シークレットエージェント・スシ(中身クロハ)とクロハ会長(中身スシ)は、トイレに入った時と同じように時間差をつけて席に戻った。席が空いていたのは11分というところ。ふたつ隣の席のマヤたちは何やら話をしていたが、クロハ(中身スシ)たちが戻ると話を中断した。

 シークレットエージェント・スシ(中身クロハ)は呼び出しのボタンを押し、店員が来ると、クロハ会長(中身スシ)にジュースを頼むよううながした。クロハ会長(中身スシ)は「ドリンクバーがあるのになぜ?」と思ったが、店員も来ているので、おとなしく注文した。

 そのやりとりを見ていたマヤたち3人には注文の内容までは聞こえておらず、クロハ会長(中身スシ)のところに実際にジュースが運ばれて来たのを見て、目を丸くした。

 ジュースにストローは2本ついてきた。クロハ会長(中身スシ)は普通にストローをジュースにして飲み始めたが、なんとシークレットエージェント・スシ(中身クロハ)も、もう1本のストローを勝手に挿して一緒に飲み始めてしまった。

「ひそひそ、ちょっと! 何やってんのシークレットエージェント・スシ(中身クロハ)!」

「ひそひそ、なんかおいしそうだな、って。ふふっ」

「ひそひそ、『ふふっ』じゃなくて! これだと男子スシの方から女子クロハさんのジュースにストローを挿したことになるでしょ!」

 実際には女子が男子のジュースにストローを挿しているのだが。それを見たマヤが異様に怒り出したのが、クロハ会長(中身スシ)には手に取るようにわかった。

「ひええ!」


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