5章の4 うれしさと辛さの両方を表現
翌日、夏休み前最後の日。放課後、生徒会室にクロハ会長(中身マヤ)が入ってくると、椅子に座ったオロネにスシが抱っこされていた。
「・・・」
数秒の間、言葉を失ったクロハ会長(中身マヤ)だったが、仰天して声を上げた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! 何やってんのよ! ふたりとも!」
スシは、うれしさと辛さが混ざった複雑な表情をしていた。
「オロネだけど、こうやったらスシくんが校歌を作りやすくなるって言うから」
「クロハ会長(中身マヤ)は認めない! やいスシてめー、役員の誰にも化身せずに生徒会室にいるなんて、部外者が来たらどうするつもりだ! それにオロネちゃんに抱っこされるとか、なんたる堕落ぶりだ! おまけになんだそのカオは!」
「え、これは・・・。抱っこしてと言ったらオロネさんが抱っこしてくれたうれしさと、そうまでしてもらっても校歌がなかなかできない辛さの、両方を表現しているわけよ」
「やる気あんのかー!」
「でもほら、こういう文化的なことはさ、急かせばいいってもんじゃないのさ」
「だいたいカニくんもカニくんだ! 自分の彼女が他のオトコにこんなコトしてるのに、何もないのか!」
「まあその、ボクにとっても校歌ができるかできないかは重大な関心事だし、このくらいでスシくんが校歌ができやすくなるなら、仕方ない部分もあるんじゃないかとか・・・」
「何その、ムリヤリ自分を納得させようとする論理は! オロネちゃんもオロネちゃん!」
「オロネとしては、これで校歌ができやすくなるなら、まあアリかな? くらいに思ってる」
オロネの言葉に、クロハ会長(中身マヤ)は耳まで真っ赤にして生徒会室を飛び出した。
「スシ思うに、ありゃりゃ、ちょっとやりすぎたかな?」
スシはクロハ会長(中身マヤ)のことが心配になった。名残惜しそうにオロネの抱っこから離れ、生徒会室を出てクロハ会長(中身マヤ)を追いかけた。なかなか見つからなかったが、屋上で見つけた。
「ねえクロハ会長(中身マヤ)、怒った?」
「・・・。もう、好きにすれば?」
「いや、オレ、さっきの出来事を通じて、すごく校歌作るのに前向きになったんだけど」
「オロネちゃんにああされると前向きになるとか、それはそれでイヤ」
「?」
「・・・」
(スシ思うに、今のはひょっとして、クロハ会長(中身マヤ)がオロネさんにライバル心を抱いてくれたのだろうか? あるいはクロハさんならそう言うに違いないから、化身のさだめとして言っているだけか? マヤさんの本心がふと漏れたと解釈したいところなのだが・・・)
「スシくん。マヤ副会長(中身スシ)に化身して、先に生徒会室に戻ってて。校歌ができないと始まらないのは、その通りだし」
「うん」
「でももう、あんなことしてほしくない」
「うん」
スシは、マヤに抱っこされたらもっと校歌ができやすくなると言おうかとも思ったが、クロハ会長(中身マヤ)化身の時に言うとぶっとばされると思って、やめた。
生徒会室に一人戻ったマヤ副会長(中身スシ)は、カニとオロネが深刻な顔をしていることに気づいた。
「あれ、ふたりともどうしたの? そんな顔して」
「カニだけど。スシくんには言ってなかったんだけど、実はマヤちゃんがクロハ会長(中身マヤ)に化身する時間帯が、夏以降かなり長くなっているんだ」
「へえ。春に比べると、オレの化身もそれなりに進化したと思ってたけど、まだ、クロハ会長(中身スシ)に化身してのフォローが足りてないんだね・・・」
「オロネだけど、クロハちゃんとあたしは実はバストサイズだけでなく、上半身の幅とかも結構違うのね」
「ああ、クロハさんはスレンダーで、オロネさんはナイスバディということね」
「うーん、そういう言い方が適当かはともかくね。夏は制服のジャケットがない分、その違いがごまかしにくくなるのね」
「ボク、カニは、声色が使えるのが声質アルトのオロネだけだから、話す用事があるとクロハ会長(中身カニ)やマヤ副会長(中身カニ)のシフトに入れない。それで、マヤちゃんのクロハ会長(中身マヤ)化身が長くなってしまう。マヤちゃんは責任感が強いから」
「マヤさんの責任感が強いのはわかるとしても、クロハ書記長(中身マヤ)化身になったとたん、むちゃぶりしたり、昨日の取材対応のように有無を言わさず押し付けたり、強権的になるのはどうしたものか」
「オロネは思うけど、それは、スシくんならちゃんとやってくれるって思ってるんだよ。頼られているんだよ」
マヤ副会長(中身スシ)は、やっぱりそうなのかなあと、デレっと表情を崩した。
「カニはね、世の中に化身時間が長くて精神が蝕まれた例が散見されるから、気がかりで」
「そうか・・・」
「だからね、スシくん、頼られついでにもう一つ。マヤちゃんをマヤちゃんに戻してあげることを考えよう」
「うん」
「明日から夏休みだろ? 明日は甲子園準備もなくて学校に来なくていいから、スシくんがマヤちゃんを誘いなよ。一緒に校歌を作ろうとか言って」
「オロネ思うに、そう言われればマヤちゃんもデートを断らない」
「え、それってデートなの?」
「世間一般的にはそうなるんじゃない?」
クロハ会長(中身マヤ)が生徒会室に戻ってきた。3人は急いでばらけて、それぞれの席に戻った。
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、みんなどうしたの?」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、いえ、なんでもないですよ。ところで今日は・・・」
「今日はさ、またローテーション化身の練習やろうよ。甲子園対策の意味もあるし」
マヤ副会長(中身スシ)は、やっぱりローテーションをやるのかと、あきらめたというか、悟ったというか、そういう顔で別区画の秘密化身室へ入った。続いて残り3人も入った。
クロハ会長(中身マヤ)が新しく考えるのが面倒だったためか、ローテーションは前日と同様に会長→副会長→書記長→書記次長→再び会長という順序になった。
4人はクロハ会長(中身オロネ)、マヤ、カニ書記長(中身スシ)、オロネ書記次長(中身カニ)のシフトとなって別区画を出た。
時間が来るまでそうやって活動した。
だが、10分で次のシフトでは、本人の仕事を化身が引き継ぐ暇もなく、仕事にならない。
時間が来て4人は黙々《もくもく》と別区画に入り、先にマヤ副会長(中身オロネ)、カニ書記長(中身マヤ)、オロネ書記次長(中身スシ)の3人が出たところで、生徒会室のドアが開いた。
「来たよー」
なんとクロハだった。制服は彼女が通っている泥縄第一高校のものだが、系列だけあって大差なく、一般生徒に不審を抱かれることなく校門から生徒会室まで直行できていた。
「わあああっ! クロハだ! クロハだ!」
マヤ副会長(中身オロネ)、カニ書記長(中身マヤ)、オロネ書記次長(中身スシ)は、クロハを中心に歓喜の輪を作った。一方、クロハ会長(中身カニ)に化身する順番だったカニは、出し抜けに現れた本人と化身が重なるのを避け、さりとて役員化身の空きもなく、別区画に残って外の様子をうかがった。
カニ書記長(中身マヤ)によると、昨日のマヤへの電話は、クロハからの連絡だったそう。
「クロハです。わたしがいる泥縄第一はここより1日早くて、今日から夏休みなの。午前中に向こうを発って帰省してきたの」
「クロハさん、素の姿では初めまして」
「今オロネ書記次長に化身しているあなたは、スシくんね。わたしが誰にも化身しないで会うのは初めてね。大活躍のお噂はかねがね聞いてます」
「いえいえ、もったいないお言葉・・・」
オロネ書記次長(中身スシ)がお辞儀を終えようとしたとき、キラがノックもせず生徒会室にずけずけと入ってきた。
「はいはい新聞部のキラですよ! 生徒会役員の皆さん、取材いいですかね?」
部外者の侵入で、カニはいよいよ別区画を出られなくなってしまった。
「クロハさんを直撃。ずばり、甲子園までに校歌は完成しますか?」
「わたしは十分、完成すると思っています」
(オロネ書記次長(中身スシ)は思うけど、クロハさん、さっき着いたばかりなのに、こっちの事情に通じている)
オロネ書記次長(中身スシ)は感心した。
(しかし、校歌を任されているスシに、さりげなくプレッシャーもかけてくれるなあ)
そうしている間にまた10分が過ぎた。オロネ書記次長(中身スシ)は目でカニ書記長(中身マヤ)に「部外者がいて別区画に出入りしにくいし、ローテーションをいったん休止しましょう」と訴えた。カニ書記長(中身マヤ)は目で「今、中止指令を出しても、全員にそれを共有してもらうのは難しいですから、決定済みの作戦を続けるほうが安全です」と返した。
クロハ、マヤ副会長(中身オロネ)、カニ書記長(中身マヤ)、オロネ書記次長(中身スシ)は誰言うともなく、キラを生徒会室にひとり置き去りにして、音楽準備室兼用の秘密化身室に向かった。
次のターンで、クロハ会長(中身スシ)、マヤ副会長(中身クロハ)、カニ書記長(中身オロネ)、オロネ書記次長(中身マヤ)のシフトで生徒会室に戻った。
キラは校歌について質問を続けた。
「クロハ会長は校歌の曲をどんなふうにしようとか、考えてます?」
「クロハ会長(中身スシ)は、Aメロはラリラリラーとかかなあ、と考えています」
クロハ会長(中身スシ)は曲のフレーズをとっさにスキャットで歌ったが、いきなりだったので、自分のオリジナル曲の一部を流用した。この歌は、スシが転入当日に2年1組でフルコーラスで披露した歌である。
また10分が過ぎて、役員とシークレットは慌しく生徒会室を出た。
「キラは思うけど、役員のみんなはどこ行っているのかな?」




