5章の3 何よあれ! ハードル上げすぎじゃないの!
「あのー、取材の者ですけど、内輪の話、まだ終わりませんか?」
カニ書記長(中身マヤ)が慌てて愛想笑いをして、他の役員を整列させた。
テレビ取材が始まった。クロハ会長(中身スシ)は「まあ全校生徒相手のスピーチでなくて取材とかなら、役員で分担してもいいか」と思い直した。
取材の人は午後4時を過ぎてから来ているくせに、6時台のローカルニュース枠に間に合わせようとしていた。かなりの無茶を覚悟している様子で、鬼気迫るものがあった。
「こんにちは、ローカルニュースのレポーターです」
「こんにちは、泥縄第二高校の前期生徒会長、クロハ会長(中身スシ)です(あれ? 自分で言っても『会長』がカブるな?)」
「泥縄第二高校は、この夏念願の甲子園出場を決められたわけですが、いかがですか?」
「(アイマイな質問だな)はい、私たち生徒としても、甲子園は本当に待ち望んでいたことだったので、本当に前期生徒会役員を始め全生徒が本当に歓喜に包まれました。野球部のみんなの頑張りを本当にたたえたいです(役員が歓喜に包まれたかを除けば、ウソはないだろう。やや上からな感じだが、クロハ会長(中身マヤ)が話すとしてもこんなところだろう)」
クロハ会長(中身スシ)のコメント、「本当に」が4回。自分が本当の会長でない後ろめたさが、そうさせたのだろうか。
「ところで、泥縄第二高校には校歌がないそうですね」
「ええ」
「どうしてですか?」
「えっ!」
転校して来て3カ月以上たつスシだが、校歌がないことも、つい先日知ったばかり。理由など知る由もない。テレビカメラを向けられて、知らないことを話すよう仕向けられて、思わず脂汗が噴き出た。
(おおっ! そうだ、こういうのは先生に聞けばいいじゃん!)
クロハ会長(中身スシ)はキクハの方を見たが、キクハはそれに気づかなかったか、あるいは気づいて流したかのどちらかで、そのまま進行された。
(「先生も知らない」みたいな顔してるよ。転校初日と同じ感じ・・・)
クロハ会長(中身スシ)の希望が失望に変わったその時、マヤ副会長(中身カニ)がクロハ会長(中身スシ)の後ろに回り、背中に指で文字を書き始めた。
「うひゃひゃ!」
「! クロハさん、どうしました?」
「いえ、こっちのこと。・・・。泥縄第二高校の校歌は、戦時中の国民統制下で『敵性語』、つまり英語の歌詞があったために使用を禁止されたのです。同じ措置を受けた学校の多くは戦後、使用を再開したり新しく制定したりしましたが、うちは廃止されたままになっていました。創立100周年まであと2年ですが、8年前の90周年の時に『100周年には学校出身の著名人に依頼して新校歌を制定する』とされたのです。しかし教師と生徒が一致して依頼したくなるような著名人、しかも作詞作曲できるような人は出ないままで、暗礁に乗り上げています(自分で言っててなんだけど、へー、そんなことがあったの)」
「クロハさんは、野球部の甲子園出場までに校歌を作ると公約して、生徒会長に当選したとうかがいました」
「そうなんです(え? 誰? 校歌作りの公約をテレビ局にバラしたのは)」
マヤ副会長(中身カニ)が書く背中文字は、校歌がない理由の説明が終わると、ぴたっと止まった。そこから先はクロハ会長(中身スシ)が、出たとこ勝負でしゃべった。
「ええ、生徒会長選挙の公約だったのは、その通りです。甲子園には全国から学校が集まる。当然、出たくても出られない学校もたくさんあるわけです。そういう大舞台で新しい校歌を披露できる機会なんて、そう多くありません」
「では、どのような校歌を作りますか?」
「わたしたち泥二高生は、校歌がない時代が長かったので、どういう校歌がいいかピンと来ない部分もあります。生徒がそれぞれの中学校で歌った校歌への思いが、ヒントになるかと思います。校歌を生徒自らの手で作り上げる機会というのもまた、多くありません。泥縄第二高校が重ねた歴史に思いをはせるとしても、それに縛られて古めかしくせずに、今の時代、21世紀にふさわしい、未来志向の校歌を作り出せたらいいと思っています」
レポーターは「じーん」と感動しているようだった。取材の人たちは「取るもの取れた」とばかりに、クロハ会長(中身スシ)の発言が終わるか終わらないかのうちから撤収準備を始めて、前期執行部役員に礼を言うのもほどほどに、どたどたと第二理科室から出て行った。
そうしている間に、ローテーション化身切り替えの時刻をだいぶ過ぎてしまった。4人はキクハと一緒に生徒会室に移動して、キクハを残して別区画秘密化身室に入った。
「キクハだけど、あなたたち、全員で別区画に入って何やってるの?」
次のターンはクロハ会長(中身オロネ)、マヤ副会長(中身スシ)、カニ、オロネ書記次長(中身マヤ)というシフト。女子2人はまた胸のサイズ調整があり、化身に時間がかかった。
全員が別区画を出ると、キクハそっちのけで、議論というか言い合いが始まった。
「オロネ書記次長(中身マヤ)思うに、こらスシ! 何よあれ! 『未来志向の校歌を作り出せたら』なんて、ハードル上げすぎじゃないの!」
「マヤ副会長(中身スシ)として言わせてもらいますけど、本物のオロネさんはそんなふうに言いません! もっと優しいです!」
「オロネが優しいか優しくないかはともかく、クロハ会長(中身オロネ)は思うけど、さっきのクロハ会長(中身スシ)の発言で、校歌作りの着地点が見えにくくなったのは確か」
「カニ思うに、今まで校歌問題から逃げてきたのは役員だし・・・。スシくんに文句を言うのは、違うんじゃないかな?」
「オロネ書記次長(中身マヤ)だけど、そんなのわかってるわよ! まあ、こうなったら仕方ない。それはそれとして打開策を考えるしかないわね」
「テレビ取材当時クロハ会長(中身スシ)化身だった、マヤ副会長(中身スシ)です。わたしは考えなしにあんなこと言ったわけではありません。ほら、いい人がいるでしょう目の前に。学校から給料をもらっていて、学校のために働く義務があって、音楽担当の人が」
4人の目が一斉にキクハに向けられた。
「え? ちょっと待ってよ。言わせてもらうけど、創立記念事業で計画されて、それを前倒しで作る校歌でしょ? 先生みたいな2年目のぺーぺーの出番じゃないわよ。それに先生、音楽大学で作曲も専攻してないし。あと、先生が作るとさっきのクロハ会長(中身スシ)のインタビューとも矛盾するし」
「マヤ副会長(中身スシ)ですが、先生、保身に走りましたね? じゃあこうしましょう。対外的にはわたしたちが作ったように発表するから、詞と曲だけ先生が考えてください」
「詞と曲作ったら、全部じゃないの! それに、それじゃあゴーストライターそのものじゃないの! マヤ副会長(中身スシ)ったら、本物のマヤさんなら絶対そんなこと言わないわよ」
「むう」
「クロハ会長(中身オロネ)は思うけど、執行部の中ではスシくんが一番、校歌作りに向いていると思う」
「むう」
「カニもそう思う。ボクらの芸術教科選択はクロハちゃん、マヤちゃん、カニが美術、オロネが書道で、音楽はスシくんだけだし」
「むう。芸術教科授業があった1年生の時、オレは前の学校にいたのに、よく知ってるね」
会話は熱を帯び、化身そっちのけで素のキャラむきだしの発言が飛びかった。
「オロネ書記次長(中身マヤ)だって、やみくもにスシくんに校歌作れと言っているわけではない。スシくんが転校初日にクラスで歌った歌があったでしょ?」
「うん」
「あれスシくんのオリジナルでしょ? とってもいい曲だから、差し支えなければ、校歌に曲を流用させてもらえないかと思って」
「えー。 ・・・。 うーん、校歌にするために作ったのではないから、ちょっと抵抗があるといえばあるけど。でも新曲ができなくて追い詰められたら、それもアリかな」
「歌詞作りだけなら、みんなで協力できると思うし」
話がなんとなく、いい方へ向かってきた印象だった。
「ここでカニから調査報告。県内の高校校歌の歌詞(1番)に使われている漢字ベスト5を発表します。①学(38校)②山(31校)③川(28校)④若(25校)⑤空(23校)。調査対象には高等専門学校と中等教育学校を含みます」
「マヤ副会長(中身スシ)だけど。なんか、いかにもな結果だねえ」
「1位の『学』は『学び舎』『高等学校』などの歌詞で数を稼ぎました。続く『山』『川』は、いろいろな山や川が歌われても、共通して出てくるのが強み。『若』『空』は言葉のイメージの良さから、順当なところです」
「カニくん、どや顔のとこ悪いんだけど、そういう訳のわからないデータをなぜ今出すの?」
「スシくんの校歌作りの参考にしてもらえたらなーと思って」
「校歌作る気はまったくないくせに、調査だけ周到にされると、ちょっとイラっとするかも」
「そう言うスシくんは『いかにもな結果だ』と1回乗っておいて、そのあと『イラっとする』と、きつく落とすの、なかなかだね」
「オロネ書記次長(中身マヤ)だけど。カニくんに『なかなか』と言われたスシくん、マヤ副会長(中身スシ)に化身している間は、その、まんざらでもなさそうなカオやめて」
(スシ、というかマヤ副会長(中身スシ)思うに、みんな化身そっちのけで素のキャラむきだしの発言をしているように見えるけど、どうも「○○(中身マヤ)」の人だけは、クロハ会長(中身マヤ)のキャラで話しているようだなあ)
その時スマホが鳴動し、オロネ書記次長(中身マヤ)はマヤの声で電話に出ながら、そそくさと生徒会室を出て行った。それに合わせてキクハも持ち場に戻っていった。
カニとクロハ会長(中身オロネ)は、とくに急ぐでもない書類処理を始めた。
(マヤ副会長(中身スシ)思うに、急にみんなよそよそしくなった・・・。校歌は任せた、オラしらねーと言われてるみたい)
下校時刻が近付いて解散となり、女子が生徒会室別区画、男子が音楽準備室兼用の秘密化身室に別れて化身解除して、帰路に就いた。
スシは道の途中でバイクを路肩に停め、携帯ワンセグでローカルテレビのニュースを見た。クロハ会長(中身スシ)インタビューのうち、「未来志向」などと校歌作りのハードルが上がった部分はきっちり使われていたが、苦労した「校歌がなぜないかの説明」はカットされていた。




