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生徒会、ないしょの欠員1  作者: キュー山はちお
5章 校歌には「学」「山」「川」「若」「空」とか入れるといいよ
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5章の1 野球部の実力でしょ

 夏休みも近い暑い日、泥縄第二高校野球部は市内の野球場で、県大会決勝を戦っていた。

 勝てば初の甲子園出場が決まる。全校生徒に近い人数がスタンドに陣取り、クロハ会長(中身マヤ)・マヤ副会長(中身スシ)・オロネは、そろって気合のチアリーダーコスチュームで応援した。カニは応援リーダーとして、制服姿で太鼓を大音量でたたいていた。

 スタンドは相当な盛り上がりを見せていた。

 試合はすでに9回裏。泥縄第二が3点リードしていた。

「あのう、クロハ会長(中身マヤ)」

「何? マヤ副会長(中身スシ)」

「勝ちそうですね」

「そうね」

「勝利の女神『月(オロネ)』を誰にも化身させず、本人にしておいた効果でしょうか」

「まさか。野球部の実力でしょ」

「いよいよ甲子園ですね」

「うーん、念願の初出場だし、うれしくないことはないけど、手放てばなしでは喜べない」

「?」

 スタンドの興奮をよそに、クロハ会長(中身マヤ)は冷めた目をしていた。

 「あれ?」と思ったマヤ副会長(中身スシ)が「他の役員はどうか」と見回したところ、カニもオロネも目は笑っていなかった。

「ストライクバッターアウト! ゲームセット!」

 主審のコールで、試合は終わった。

 泥縄第二高校は県大会を制し、創立98年にして初の甲子園出場を決めた。スタンドの生徒の歓喜たるや、緊急全校朝会(1章の3)以来の騒乱化になりかねない勢いだった。

 それと対照的に、マヤ副会長(中身スシ)を除く役員たちは「トホホ」な表情をしていた。

 マヤ副会長(中身スシ)は「なぜだろう?」と不思議に思った。

 両校ナインが整列し、試合を締めくくる場内アナウンスが流れた。

「ご覧の通り6対3で泥縄第二高校が勝ち、優勝しました。ただ今から同校の栄誉をたたえ校旗の掲揚けいようを行います。なお、同校には校歌が存在しないので、校歌の演奏は行いません」

 マヤ副会長(中身スシ)は、ひとりでずっこけた。

 世の中に、校歌がない高校なんてあるのか。

 スシが泥縄第二野球部の応援に来たのは、いろいろな化身を含めてもこの決勝が初めて。試合後のアナウンスを聞いたことがなかったのは確か。しかし、自分が通っている高校に校歌がないという事実を知るのに、転入からこの日まで3カ月以上かかったことになる。

 スシは転入初日の朝「新しい学校の校歌って、元いた高校の校歌と同じなんだろうか。調べておけばよかったかな・・・」とか思ったにもかかわらず、そのまま放置。その後、学校行事で1回も校歌を歌っていないことにも気づかなかった。あまりにも無頓着むとんちゃくだった自分に腹が立った。

 スタンドの歓喜は収まらず、クロハ会長(中身マヤ)とマヤ副会長(中身スシ)の会話はかき消される。それをいいことに、2人はおおっぴらに会話した。むしろやかましすぎたので、代わる代わる相手の耳のそばに自分の口を持っていって話した。

「それにしても校歌がないとは・・・」

「うーん、そうなのよねえ・・・」

 マヤ副会長(中身スシ)には、隣のクロハ会長(中身マヤ)が困っているように見えた。

「クロハ会長(中身マヤ)、せっかく甲子園が決まったのに、浮かない顔ですね?」

「スシくんが言う通り、うちの学校には校歌がないでしょう? 県大会はそれで通せても、甲子園となると、そういうわけにもいかないのよ」

 いつもは化身がオリジナル人物と違う口調をすると厳しいクロハ会長(中身マヤ)だが、いきなりマヤ副会長(中身スシ)を「スシくん」呼ばわり。

(あれ、クロハ会長(中身マヤ)、オレのことスシくんって呼んだの気づいてないみたい)

 マヤ副会長(中身スシ)は、クロハ会長(中身マヤ)にツッコむのをやめた。普段きちんとしたがるクロハ会長(中身マヤ)なのに、そういうことに気を回せない状況なのか、とさっした。

(マヤさん、きょうはオレにマヤ副会長化身をやれと言ってみたり、もともと余裕がないんだろうな)

 閉会式が始まって、スタンドは静かになった。2人はひそひそ話に切り替えた。

「ひそひそ、でもクロハ会長(中身マヤ)、甲子園で校歌がないわけにいかないと言っても、ないものはしょうがないのでは?」

「ひそひそ、校歌がないのが全国に知れ渡ってしまう。物笑いのタネになる」

「・・・」

「ひそひそ、野球部はここ数年強くなってきて、甲子園は時間の問題だと見られていたのね。全国の舞台で校歌がないのは恥ずかしいという思いが、生徒の間にもあったの。それで、クロハが生徒会長選挙で『野球部が甲子園に出るまでに校歌を作ります』って公約しちゃったのよ」

「ひそひそ、えーっ! 公約ですか!」

「ひそひそ、もっとも、そう言わせたのは、当時クロハの選挙対策本部長だったマヤなんだけど」

「えーっ! つまり、あなた!」

 マヤ副会長(中身スシ)に化身している者として、途中まではマヤの言動の再現に一生懸命だったスシだが、ここらから発言にスシとしての地が出ていた。

「ひそひそ、しーっ。スシくん、声がおおきい」

「ひそひそ、クロハ会長(中身マヤ)、ひょっとして『自分らの任期中に野球部が甲子園に出なければ、校歌も作らなくていいや』と思っていたとか?」

「ひそひそ、うーん・・・。それは否定しない。『甲子園に出るな』と思ったことはないけど、『出られないなら出られないでも』くらいには思ってた」

「ひそひそ、えーっ! それは腹黒!」

「ひそひそ、それも否定しない。でもこれ、スシくんだから白状してるんだよ? ふたりの秘密だよ?」

「ひそひそ、また秘密か。でも、ないと困るのがわかってたなら、校歌くらい、さっさと作ればよかったのでは?」

「ひそひそ、え? 『校歌くらい』? 『さっさと』?」

 クロハ会長(中身マヤ)がマヤ副会長(中身スシ)をにらんだ。

「ひそひそ、あ、言葉が過ぎました。そんな簡単にはできませんよね。でも甲子園なんて、あと半月もたたずに始まってしまいますよ?」

 クロハ会長(中身マヤ)はムスっとした。「自分に化身している、いわば自分の姿を貸している人物から、そんなこと言われたくない」という顔だった。

「ひそひそ、スシくん、マヤの口調くちょうでしゃべるの、やめてくんない?」

「ひそひそ、? ・・・。わかったよ。わかったけど」

「ひそひそ、極端な話、校歌は甲子園の試合当日までにできればいいのよ」

「ひそひそ、極端すぎるよ!」

 クロハ会長(中身マヤ)は突然だまりこくった。

「ひそひそ? どうしたの? クロハ会長(中身マヤ)?」

 クロハ会長(中身マヤ)は、両手でマヤ副会長(中身スシ)の手をぎゅっと握りめた。

「ひそひそ、クロハ会長(中身マヤ)は、あなたの作詞作曲の才能に期待している・・・」

「ひそひそ、ちょっと待って! これ、クロハ会長(中身マヤ)が誰に頼んでることになるの? もちろんマヤさんにだよね? 化身が約束しても本人が果たす原則からして」

「ひそひそ、クロハ会長(中身マヤ)とマヤは結局同じヤツだから、わたしがわたしにいちいち頼むわけない」

「ひそひそ、自分でクロハさんに公約させといて、いざ校歌が本当に必要になると手下に丸投げ・・・」

「ひそひそ、いや、わたしが頼むとかでなくて、あくまでスシくんが自発的に校歌を完成させてくれないかなあ、と思ってる」

「ひそひそ、何それ! 普通に頼むよりさらに腹黒なんじゃ・・・」

「ひそひそ、わたしが好きなスシくんは、そこでグダグダ言わないスシくん」

「ひそひそ、えー」

 スシは同じことを頼まれるのであっても、マヤ本人から、それも小細工抜きで頼まれるのなら、燃えたであろう。しかしクロハ会長(中身マヤ)の姿で、マヤ本人ならまず言わない「自分は頼んでないけれど、下の者が忖度そんたくしてやってほしい」的なことを言われると、ずるい感じこそすれ、やる気は起きなかった。

 もちろんスシは、マヤ本人がずるいとは思いたくなかった。マヤのファンとしてつらいところだった。マヤがクロハ会長(中身マヤ)に化身せざるを得ない事情がそうさせるのだ、と自分を納得させようとした。

(マヤさんがクロハ会長(中身マヤ)に化身すると、ずるくなるのはなぜか。オリジナルのクロハさんがずるいのだろうか? いやいやいや、クロハさんは、キクハ教諭に化身しているとき一度会っただけだけど、ずるい人とはとても思えない。でも、だとすると、ずるくない人に化身した、ずるくない人が、ずるくなるのはどうしてだろう?)

 マヤ副会長(中身スシ)は、校歌作りに関して特別な自信はなかった。本来なら現在化身しているマヤのキャラクターに合わせた言動、行動様式、意思いし決定を心がけなくてはいけないのだが、こういう時マヤなら即座に言うであろう「任せてください」という言葉が出なかった。

 今後の立てこんだ日程と、まだ影も形もない校歌を思い、マヤ副会長(中身スシ)は「トホホ」な表情になってしまった。同じく「トホホ」なカニとオロネが、マヤ副会長(中身スシ)の両脇を固めて、意味なく「トホホ」表情トライアングルを形成した。

「クロハ会長(中身マヤ)だけど、もう、みんな、そんな顔やめてよ!」


 翌日、夏休みまであと2日という日。放課後にクロハ会長(中身マヤ)・マヤ副会長(中身オロネ)・カニ書記長(中身スシ)・オロネ書記次長(中身カニ)が生徒会室にそろっていた。

 クロハ会長(中身マヤ)が話を切り出した。

「わたしたちの化身技術もかなり向上したわね。中でもシークレットエージェントのスシくんの実力向上には、目を見張るものがある」

「カニ書記長(中身スシ)思うに、ひとりだけゼロから始めたから、伸びが目立っただけだと思うよ」

「それはある・・・、いや、そんなことなくて、よくやってくれている」

「オロネ書記次長(中身カニ)は思うけど、それはスシくんの謙遜けんそん

 カニ書記長(中身スシ)は、スシとしてせっかくクロハ会長(中身マヤ)にほめられたのに、素直に喜べなかった。

(クロハ会長(中身マヤ)がオレをおだてにかかるのは、次のむちゃぶりの前ぶれという気がする)

「クロハ会長(中身マヤ)続けます。スシくんが役員4人の化身を一通りこなしてくれたことで、役員の中身入れ替えをしたことのない組み合わせは少なくなったわ。声色こわいろの問題を除けば、誰が誰の化身でもこなせるようになってきています」

 カニ書記長(中身スシ)は、クロハ会長(中身マヤ)にそんなことを言われてムズがゆくなったが、彼女が何を言いたいのかはわからなかった。自分もクロハ会長(中身スシ)、マヤ副会長(中身スシ)、カニ書記長(中身スシ)、オロネ書記次長(中身スシ)と化身をやってみて、自信にもなり、心理的抵抗も薄れたのは確かかなあ、とは思った。

「そこで次に目標としたいのが、ローテーション化身の習得」


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