4章の2 クロハさん泳ぎうまいですか?
2年1組・2組女子の合同体育水泳実技テストの日になった。実技テストのスケジュールは、昼休みの前、4時間目。
今回のミッションにおいてクロハ会長(中身マヤ)が立てた作戦は、以下のようなもの。
4時間目の前の休み時間は10分間。その間だけでスシを、水着のクロハ会長(中身スシ)にまで仕立て上げるのは厳しい。それゆえ水着だけは3時間目の前の休み時間を使って着せておく。この時は生徒会顧問キクハと意志疎通を図る都合から、音楽準備室兼用の秘密化身室を使う。オロネとマヤが協力してスシにマヤ私物のスクール水着(5センチ角のゼッケンは「クロハ会長」に変更)を着せ、その上からまた男子制服を着せる。水着をスシに貸すマヤの方は、クロハ私物(本人から寄贈を受けた備品、ゼッケンは「マヤ」に変更)を使う。スシはそのまま3時間目の授業(2年1組は英語)を受ける。男子制服の下に女子スク水と、まるで変質者のようになってしまうが、任務なので仕方ない。3時間目が終わったところでスシとマヤとオロネは、一緒にプール機械室の陰の人目につかない場所へ移動。スシをクロハ会長(中身スシ)水着バージョンに仕立て上げる。スシにウィッグ(ストレートロング、前髪真ん中分けのクロハ仕様)を載せる。プールに入る前なのでデオドラントは省略。マヤ私物のリップを塗る。制服上下とネクタイを外し、スクール水着を肩から少しはだけさせて胸偽装を施し、水泳帽(男女共用なのでスシ私物でOK)をかぶせる。胸偽装は、水に入るので布でなく発泡スチロール製の物を準備しておく。それが終わったらマヤとオロネはプール脇の女子更衣室に移動、各自水着に着替える。クロハ会長(中身スシ)、マヤ、オロネとも4時間目の水泳実技テストを受ける。4時間目が終了したら、マヤ、オロネ、クロハ会長(中身スシ)とも、一般女子生徒がひとり残らずプール脇の女子更衣室を出るまで室外のどこかで待機。一般女子生徒が全員出たら速やかに入る。4時間目のあとは昼休みで時間的に余裕がある。落ち着いてマヤとオロネでクロハ会長(中身スシ)を、まず水着から制服に戻す。その後、生徒会室別区画の秘密化身室に移動してクロハ会長(中身スシ)の化身を解除し、男子制服のスシに戻す。あまり長い時間2年1組教室に戻らないのも一般生徒の疑念を呼ぶので、そうならないよう気をつける。なお、クロハ会長(中身スシ)を仕立てる時の注意点として、制服夏服はブレザー上着がなくシャツだけなので、水着が透けないようにすることが挙げられる。そのため、シャツの内側に白のインナー(マヤ私物)を追加する。更衣の所要時間的には不利だが、いたしかたない。
スシは1時間目、2時間目の授業の間、落ち着かなかった。
2時間目が終わると、スシ、マヤ、オロネは目で合図しあって、音楽準備室兼用の秘密化身室に移動した。
部屋の前でマヤがきょろきょろと周囲を見回し、一般生徒の目がないことを確かめ、執行部権限で秘密裏に所持している合鍵でドアを開けた。2時間目と3時間目の間の休み時間は10分間しかない。3人は機敏に動いた。
隣の音楽室からの連絡扉が開き、キクハがやって来た。
「あら、スシくん。マヤさんとオロネさんに着替えさせてもらうんだ。いいわねえ」
「いや先生、からかわないでくださいな」
マヤとオロネは、脇目もふらずにスシから衣服を外していた。
水着になるわけだから、当然下着も外される。
しかしスシ、マヤ、オロネは「これは任務ですので」という、しけた顔をしていた。逆にキクハの方が照れてしまい、スシの体の一部分に目がいかないよう、遠くを見たりした。
そのうちキクハは「いけないいけない、ここは教師として、ただ見ているだけではないところだった」と思い直して、話を始めた。
「先生も作戦の成功を祈っています。今日の2年女子の体育水泳実技テストは、4時間目に1組・2組があったあと、6時間目は3組・4組です。今回の作戦に影響するかわからないけど、3組・4組はもともと5時間目だったのが6時間目に変更になったんですって。塩素濃度調整をしてくれる業者さんが、5時間目の時間が都合がいいそうで。3組・4組の授業は5時間目と6時間目入れ替えで対応したそう」
「スシですけど、そうなんですか」
スシがキクハに返事をした。ひとりだけじっとして着替えさせてもらうだけなので、話す余裕があった。
キクハは学校運営上の情報を逐一、前期執行部役員に伝えていた。これにより役員たちは、より動きやすくなっていた。
「頑張ってね、スシくん、マヤさん、オロネさん!」
「スシが代表して、はい!」
キクハに見送られて、3人は音楽準備室兼用の秘密化身室を出た。
3時間目が終わり、スシ、マヤ、オロネは、プール機械室の陰の人目につかない場所に移動。クロハ会長(中身スシ)のスクール水着バージョンを完成させた。いよいよ1組・2組女子合同体育水泳テストの時間となった。
ここまでは計画通りだが、実技テストそのものについては、とくに作戦らしい作戦はなかった。クロハ会長(中身スシ)は、出たとこ勝負でやるしかないと覚悟した。
(出たとこ勝負って、いつものことだけどね・・・)
スシは、実はクロハ会長(中身スシ)化身に気後れがあった。クロハとは1回、それもクロハがキクハ教諭(中身クロハ)に化身している時に会っただけ。そのため彼女のキャラ把握が不完全であることと、生徒会長という立場のため、男子・女子の双方から注目度が高いことが理由だった。さらに今回は、人生初着用の女子用水着による精神的動揺もあり、難易度が非常に高いミッションになっていた。
「それにしても」
スシには、ひとつ腑に落ちない点があった。部活応援のときにマヤから私物下着を賜った時は、そのままスシ専用の化身用備品となったわけだが、今回は水着などマヤの私物を多数借りているにも関わらず、そのままマヤに返却する流れになっているのである。
(オレが直に身に着けたものを、洗濯するとはいえ、そのあとまた着てくれるんだろうか。マヤさん、特に意識しないのだろうか、それとも任務で仕方なくなのか)
マヤ、オロネは水着に着替えるためプール脇の女子更衣室に入り、クロハ会長(中身スシ)はタオルを首にかけプールへ歩いた。クロハ会長(中身スシ)がプール機械室の陰に脱ぎ捨てた衣服は、スシ同様に男子の授業をエスケープしていたカニが回収した。カニは相撲の付け人のようにこまごま動いた。
マヤとオロネが女子更衣室から出てきた。クロハ会長(中身スシ)とマヤ、オロネ、カニの目が合った。
いつものように円陣ができた。会長化身を担当しているクロハ会長(中身スシ)が音頭を取った。どこに一般生徒の耳目があるかわからないので、大々的にはできなかった。
「ひそひそ、クロハ再選のその日まで! 前期生徒会執行部、オー!」
前期執行部はハイタッチで気合を入れ、プールに向かった。
カニが姿を隠し、マヤとオロネがクロハ会長(中身スシ)から離れたあと、キラが一眼デジカメを持って現れた。
「くーろーはー会長っ!」
「どきっ! ああ、キラさん、こんちは」
「クロハ会長、あなた3時間目までどこにいたの?」
「・・・。生徒会長用務で生徒会室にいたの。急を要する他校生徒会との折衝」
「ふうん」
キラはそれ以上追及してこなかった。クロハ会長(中身スシ)は、我ながらとっさにうまいこと言えた、と自画自賛した。
「クロハ会長、今年初の水泳授業参加ですね?」
「さすがに1回も水泳授業に出ないとまずいというのは、キラさんが書いた新聞の通りなので、とにかく頑張るしかないです。でもキラさんこそ、そのデジカメは何?」
「あ、これは新聞部としての癖みたいなものというのと、あと、貴重品をあんまりそこらに置いておきたくないの。自分のいない教室とかプール脇の女子更衣室とか。女子更衣室は空き時間が長くなると施錠してもらえるんだけど。あ、もちろんカメラで着替えとか盗撮したりしないから、安心してね」
「そ、そう」
クロハ会長(中身スシ)は、自分のすね毛の剃り跡などを高画質モードで撮影されるとやっかいだな、と警戒した。
「クロハ会長が泳ぐ姿は、カメラじゃなくてこの目に焼き付けておくから、ね。ふふっ」
キラは、フレンドリーにクロハ会長(中身スシ)の肩をたたいてプールへと向かった。
キラが近くにいなくなると、クロハ会長(中身スシ)は急に不安になった。
(実物のクロハさんはえらい優等生だが、泳ぎの実力はどうなんだ? オレはどう泳げばいいんだ? それになんだ? あのキラさんの『ふふっ』っていう笑みは? セリフの額面通り、目に焼き付けたくなるほど泳ぎが素晴らしいと受け止めていいのか? それとも、勉強はできるのに泳ぎがヘタなクロハさんが必死に泳ぐ様子を見るのは楽しいという、ダークな感情を匂わせたのか? こんなことならクロハさんの泳ぎのこと、マヤさんに聞いておけばよかった!)
クロハ会長(中身スシ)は暗い表情でプールに向かった。
キラが新聞報道したせいで、今年これまでクロハ会長が1回も水泳授業に出ていないのは一般生徒にも知れ渡っていた。「水泳以外にはぽつぽつ出ているから留年はしないだろうが、心配だ」という観測が広がっていた。
そんなわけでクロハ会長(中身スシ)がプールサイドに登場すると、1組・2組女子から「おお」とどよめきが起こった。クロハ会長(中身スシ)には、それがプレッシャーに感じられた。
水泳実技テストを担当する女性体育教師、シキが現れた。キクハの1年先輩だが、校内での関わりが薄く、キクハと親しげに話す間柄ではないらしい。
「シキです。1・2組の皆さんには直接関係ないけど、3組・4組の水泳実技テストは元々5時間目だったのが、6時間目に変更になりました。プールの塩素濃度調整をしないといけなくなったんだけど、業者さんが今日の5時間目だと都合いいと言うので」
シキの話が終わると、生徒は適当にプールに入り、実技テスト前のウォーミングアップを兼ねた自由泳をした。クロハ会長(中身スシ)は、しめた、とばかりにマヤに近づいていこうとしたが、キラに阻まれた。
「ねえねえクロハ会長。実技テストはあたしの隣のコースなんだね。どんな風に泳ぐ?」
「どう泳ぐかまだ決まってないから、答えにくいというか、オホホ・・・」
なんとかマヤに近づこうと、キラをかわそうとしたクロハ会長(中身スシ)だが、話が終わっていないキラは身を反転させて阻む。その様子を見ていたオロネが、2人に近づいてきた。
(やった! オロネさん、早く早く)
このままキラが近くにいると、オロネとは暗号通信することになる。クロハ会長(中身スシ)はキラの話を適当にかわしながら、暗号通信の内容を一生懸命考えた。
内容がまとまらないうちに、シキの指示で全員プールから上げられてしまった。
(うわー!)
プールサイドに組ごと、体育授業整列順に並べられることになったが、初めて女子の体育授業に出るクロハ会長(中身スシ)はクロハの整列順がわからず、頭を抱えた。
マヤがクロハ会長(中身スシ)の後ろからそっと近づき、腕をグイっとつかんで自分の後ろにつけた。オロネ、マヤ、クロハは3人とも身長が169センチ程度で、整列順が近かったのが救いとなった。
クロハ会長(中身スシ)たちがおとなしくプールサイドに座ると、再びシキの話が始まり、私語がしにくい雰囲気となった。クロハ会長(中身スシ)は、隣にいるマヤの水着で覆われていない背中に指で文字を書いた。
「ひゃう!」
すっとんきょうな声を上げたマヤに、シキが声をかけた。
「どうしました、マヤさん」
「い、いえ、なんでもありません」
一般生徒に悟られないように、マヤの方からクロハ会長(中身スシ)の背中に指で文字を書き、通信が始まった。
(ス・シ・く・ん・な・ん・で・し・ょ・う・?)
(ク・ロ・ハ・さ・ん・お・よ・ぎ・う・ま・い・で・す・か・?)
(ク・ロ・ー・ル ? あ、何書かれたかわからなくなってしまいました・・・。ご・め・ん・な・さ・い・わ・か・り・ま・せ・ん)
通信を心配そうに見ていたオロネが、クロハ会長(中身スシ)の背中に文字を書き始めた。
(そ・ん・な・で・も・・・)
オロネが「そんなでもない」と伝えている途中で、一団はシキに立つように促され、25メートルプールの縁に移動させられた。
一縷の望みがかかった通信が途絶えたことで、クロハ会長(中身スシ)はさらに挙動不審ぎみになった。キラが「どうしたのかな?」という目で見た。
水泳実技テストが始まってしまった。




