3章の5 何してんだ! 3点も取られやがって!
オロネ書記次長(中身スシ)が市営芝生広場に駆けつけると、男子サッカーの試合は後半9分まで進んでいて、泥縄第二は0対3で負けていた。
前半は同点だったはずだ。オロネ書記次長(中身スシ)は「もし本物のオロネが予定通りに会場に来ていたら、3点も取られずに済んだのでは」と考えた。
勝利の女神オロネの代わりが自分に務まると、スシはもちろん思っていない。自分が会場に着いたからといって「あたしが来たから、もう大丈夫!」とはならない。
しかし「自分はオヤヂの視線にいたぶられながら必死にバイクで会場に来たのに」と思うと、腹だけは立った。
「何してんだ! 3点も取られやがって!」
オロネの優しく暖かなイメージぶち壊し。声色は合っていても、キャラクター完全無視、スシとしての私情まみれの怒鳴り声。
プレー中の両チームが、一斉にオロネ書記次長(中身スシ)の方を見た。
オロネ書記次長(中身スシ)は、男バス部のように、今からでもなんとか男子サッカー部が勝つよう持っていかなくては、と思った。荷物の中から、両手に持つポンポンを出し、声を張り上げた。
「みんな! 頑張れえ!」
「おーっ! オロネさーん!」
泥縄第二ベンチから、野太い声が聞こえた。
オロネ書記次長(中身スシ)は、試合場フェンスの外側にいたメンバー外部員の応援に合流した。応援の士気は、むやみやたらと上がった。
オロネ書記次長(中身スシ)は、本物と違ってチアダンスはできないので、罪滅ぼしに、ポンポンを激しく振り動かした。しばらくそうやった。そのうち、同じように振るのに飽きた。自分が、ドリブル突破を図った相手選手の視界の正面にいると気づき、試しに思い切りリズム悪くポンポンを振ってみた。
すると相手選手はボールを失った。オロネ書記次長(中身スシ)は、よしよしいいぞと、相手が攻めるときにリズム悪い振りを続けた。
そのうち、たまたまかもしれないが、泥縄第二がコーナーキックを得た。得点チャンスだ。
「おーおーおー、どろに、どろに、どろに」
オロネ書記次長(中身スシ)は、ベンチ外メンバーと一緒に、サッカー日本代表の応援歌の替え歌を歌った。そのかいあって、泥縄第二はチャンスを生かして得点し、1対3とした。
後半30分にも得点し、1点差に追い上げた。
オロネ書記次長(中身スシ)が応援歌を歌いながら動いていると、背中から肩をたたく人がいた。
「オロネ書記次長、男子サッカー来れたんだね」
キラだった。スシが朝に見た、欧州出身とおぼしき中年男性も一緒だった。
「! ・・・。あ、ああ・・・、キラちゃん。・・・。今日、あ、会うの・・・。さ、3回目だよね?」
オロネ書記次長(中身スシ)は、当初の役員各個のスケジュールと、午前中に自分がオロネ書記次長(中身スシ)化身の時にキラと会ったことと、オロネ本人がキラと会ったというクロハ会長(中身マヤ)からの情報とを総合して、キラとオロネ書記次長(中身は本人とスシ)がこの日会うのは3回目と割り出した。自信はなかった。
「うん。3回目」
(ふうー、合ってた。よかった)
オロネ書記次長(中身スシ)は、ヘナヘナになった。
「キラだけど、それよりオロネ書記次長、柔道の会場でバス逃してたでしょ? 次のバスは、この時間でもまだ出ていないはずだけど、どうやってここまで来れたの?」
「そ、そ、そ、そういうキラちゃんは、ど、どうやって来れたの?」
「あたしはパパちゃんの車で来たのよ。今日パパちゃんは仕事が休みで、あたしが会場をあちこちハシゴするから運転手をしてもらっているのよ。なお、パパちゃんはあたしの母の今の旦那さん、つまりあたしの継父です。決して、付き合うとお金をくれるパパではありません」
「ウイ」
オロネ書記次長(中身スシ)は、キラの継父は、なんて余計なことをするんだと憤りかけた。しかし本物のオロネがここでキラと会ったと想定すると、バスに乗り遅れてもキラより先に会場に着いてしまっているから、キラに対して怒る理由がない。
オロネ書記次長(中身スシ)は、矛盾のない行動をするため、どうにか憤りを耐えはしたが、次にどう動けばいいか、皆目見当がつかなかった。
オロネ書記次長(中身スシ)は脂汗を流した。相当流したので、キラが気づくほどだった。
「どうしたの? オロネ書記次長、具合悪いの?」
「ほ、ほ、ほほほ。そんなことないよ。ほ、ほ、ほら、試合を応援しないと」
「試合なら今、同点になったよ」
「あ、そう・・・」
オロネ書記次長(中身スシ)は、キラの両肩に手を当ててぐいぐい押し、サッカー部のベンチ外メンバーとキラの継父から相当遠くまで離した。
「? どうしたの? オロネ書記次長?」
オロネ書記次長(中身スシ)の脂汗はますますひどくなった。こういう状況でオロネ本人は脂汗を流す人間なのかどうか、スシはそこまで思い至らなかった。
思わず、手にしていたポンポンで汗をぬぐってしまった。ビニールひもを切って作った物なので、静電気でまとわりついて大変なことになった。
「オロネ書記次長、その焦りよう。ひょっとして、実はあなたは・・・」
-化身がばれた?
キラの指摘に、オロネ書記次長(中身スシ)は、気が遠のきかけた。
(ごめん、みんな。秘密を守り切れなかった。オレに化身させるっていうの、最初から少しムチャかと思ったけど、やっぱりダメだったかも。短い間だったけど、楽しかった。じゃあ・・・)
オロネ書記次長(中身スシ)の脳裏に、回想シーンが流れた。
(初めてクロハ会長(中身スシ)に化身したのは、生徒総会の時。あれは大変だったっけ。あれ? 役員のみんなと、他の機会の思い出ってないの?)
スシがシークレットエージェントになってから日が浅くて、苦労した思い出は生徒総会に偏ってしまっていた。
キラの視線はオロネ書記次長(中身スシ)に固定されたまま、動くことはなかった。
オロネ書記次長(中身スシ)は、さながら崖に追いつめられたサスペンスドラマの犯人役であった。これがオロネ本人なら、絶対に自分からは化身を認めないだろう。役員は皆、拷問にも口を割らないスパイのような鉄の意志を持ち合わせているのかもしれないが、そこは化身ビギナーのスシであるので、落ちる限界に近づいていた。
「あらー、オロネ書記次長だけじゃなくて、キラさんも来てくれたの?」
遠くから女の人が大声で呼びかけたのが、オロネ書記次長(中身スシ)の耳に届いた。オロネ書記次長(中身スシ)の目にはそれが、生徒会担当の大卒2年目音楽教師、キクハ教諭に見えた。キクハ教諭はオロネ書記次長(中身スシ)とキラの所までやってきた。
「キラです。こんにちは。先生」
オロネ書記次長(中身スシ)は、キクハ教諭にすがるような視線を向けた。
キラは、キクハ教諭にずけずけ質問した。
「先生、オロネ書記次長がどうやってここに来たか、知ってますか?」
(せ、先生、どうか、オレが助かるようなこと言ってください!)
オロネ書記次長(中身スシ)は、もう1回キクハ教諭にすがるような視線を向けた。脂汗はますます激しくなった。
キクハ教諭は無言だった。スシは、転校初日にキクハに「なんですか? この雰囲気」という視線を送ったのに、気づかないか、気づいてそのまま流されたかしたシーンが浮かんだ。
スシは諦めざるを得なかった。
(ああ、終わった・・・。キクハ先生、せめて最後は、苦痛が少ないようにお願いします・・・)
オロネ書記次長(中身スシ)のそんな様子を見たキクハ教諭は、ゆっくりと話し始めた。
「ええ。オロネさんが来るのが遅くて、試合に間に合わないと悪いから、先生が車で柔道の会場まで迎えに行ったのよ」
「ああ、そうなんですか」
(せんせえ! ありがとう!)
オロネ書記次長(中身スシ)は、感涙にむせんだ。
キラは、オロネ書記次長(中身スシ)とキクハ教諭のツーショットを撮影した後、2人から離れた。試合の写真を何枚か撮ると、試合が終わるのも待たずに去っていった。
キラがいなくなるとオロネ書記次長(中身スシ)は、チアリーダーコスチュームでミニスカなのにも関わらず、その場にヘナヘナとへたり込んでしまった。
「先生、ありがとうございました・・・。先生が口裏合わせてくれなかったら、死んでました」
オロネ書記次長(中身スシ)は、崖に追い詰められて自白し、海に飛び込む寸前に生還できた思いだった。
キクハ教諭は味方とはいえ、上手に作り事までして救ってくれるとは。オロネ書記次長(中身スシ)は安堵と感激で、顔がくしゃくしゃになった。
またも本物のオロネのイメージをぶち壊してしまったが、こういう時なら、オロネ本人も怒らないだろう。
キクハ教諭のはずの人は、身をかがめてオロネ書記次長(中身スシ)の耳元でささやいた。
「きみがスシくんね。初めまして」
オロネ書記次長(中身スシ)は、目を大きく見開いた。
スシは、キクハ教諭のはずの人の声を聞いた。その人のそれまでの話し声と違う。この声に聞き覚えがある。そう、これはマヤやオロネが、クロハ会長(中身マヤかオロネ)に化身するときに使う声色。そう、自分が上手とほめられた、クロハの声色。
「ふう、なんとかこの場が収まってよかったね」
「く、く、く、くろ、くろ、」
「そう。わたしはキクハ教諭に化身したクロハ」
「クロハさん!」
「スシくんも、みんなも、ほんとご苦労様」
スシを助けてくれたのは、キクハ教諭の姿を借りたクロハだったのだ。彼女に背中をさすられて、オロネ書記次長(中身スシ)は落ち着きを取り戻した。
「キクハ教諭(中身クロハ)、今日は隣の県からわざわざ?」
「午前に向こうから戻って来て、ここに行ってくれってマヤに言われたの。学校でキクハ先生に手伝ってもらって化身して、ここに着いたのは、オロネ書記次長(中身スシ)より20分くらい前かな?」
「本物のキクハ先生は?」
「学校で生徒の目に触れないよう、隠れて仕事してる」
「ふうう。クロハさんが来ているなら、教えてくれればいいのに。マヤさんも人が悪い」
「キラちゃんに追及されて、怖い思いさせちゃったね。ごめんね」
「でも、クロハさん、こともなげに教師に化身するってすごいねえ。キクハ先生より7歳くらい若いわけでしょ? でも全然わかんないや。本物より・・・」
オロネ書記次長(中身スシ)は「本物より色っぽい」と言いかけて、やめた。
「うん。わたしの精神年齢がお局OL並みだとは、よく言われる。ばれる化身はできないから、本人から化粧品借りて本人の手ほどきでメイクしたの。自分でやったら、ここまでできなかったかも。でもスシくんも、女子への化身が上手だね。午前中、わたしにも化身してくれたんでしょ? 見たかったな」
「クロハ会長(中身スシ)化身は、声色はほめられる。自信ある」
「ふふっ。これからも、マヤを守ってあげてね。よろしくお願いします」
オロネ書記次長(中身スシ)とキクハ教諭(中身クロハ)は、ふたりだけの会話を終えた。
試合は同点でPK戦に突入していた。オロネ書記次長(中身スシ)は声援を送ろうとしたが、PK戦とあって会場は静寂に包まれていたので、やめた。
相手選手が蹴る番で、オロネ書記次長(中身スシ)はうっかり派手なくしゃみをしてしまい、そのせいかどうかシュートが外れて、泥縄第二が勝った。
「キクハ教諭(中身クロハ)、勝ったよ!」
「やったね! オロネ書記次長(中身スシ)!」
試合中ろくなことはしなかったオロネ書記次長(中身スシ)だが、男子サッカー部の実力と幸運とで「オロネ応援試合全勝伝説」を途切れさせずに済み、ほっとした。
オロネ書記次長(中身スシ)は、サッカー部と一緒に学校へ戻るキクハ教諭(中身クロハ)を見送った。自分も帰ろうとすると、スマホが鳴動した。試合は終わってしまったが、クロハ会長(中身マヤ)が「応援の応援」に到着したことを告げる電話だった。
「いたいた。オロネ書記次長(中身スシ)、ご苦労様! 男子サッカー勝ってよかったね!」
「クロハ会長(中身マヤ)、わざわざこっちの会場まで来てくれたの。どのみち試合には間に合わないのに」
「いや、わたしの受け持ち会場から直接学校に戻ってもよかったんだけど、荷物も多いから、黄緑色のバイクで送ってもらえたら、と思ってね」
オロネ書記次長(中身スシ)は、自分と同じチアリーダーコスチュームを身にまとったクロハ会長(中身マヤ)を、バイクの後ろに乗せて走るのが、誇らしかった。
「ああ、今日最後にクロハ会長(中身マヤ)が後ろに乗ってくれてよかったよ。ありがとう」
「んん?」
「サッカー会場に行くときに、自分がこの恰好でバイク走らせて、オヤヂどもの視線を浴びてしまった」
「きもかった?」
「いや、だましたようで罪の意識を感じてたんだ。でもこうして、本物女子のクロハ会長(中身マヤ)に後ろに乗ってもらって、やり直せたというか、上書きできたというか、世間に申し開きができたというか、罪滅ぼしができたというか」
「別に中身が男でも、きょうのスシくんのオロネ書記次長(中身スシ)としての見た目は完璧だから、気にすることない。服を脱ぐわけじゃあるまいし、外見だけ必要な時は、外見が本当ならそれでいいよ。オヤヂどもに、ほんとは男ですとか、わざわざこっちから言う必要ない。喜ばせておけばいい。男の身としては、あまり気持ち良くないかもしれないけど」
「うーん」
本物とはなにか。偽者とはなにか。クロハ会長(中身マヤ)とオロネ書記次長(中身スシ)の会話はゆるいものだったが、スシはその中に、クロハ会長(中身マヤ)の「化身道」ともいえる哲学を見て、感銘を受けた。それは女子から女子化身の男子へのエールのようにも思えた。
(ああ、そうか。きょう初めてクロハさんに会ったのに、マヤさんがクロハ会長に化身しちゃってて、本物のクロハさん自身の姿は見ることができなかったんだ。なんか変なの)
オロネ書記次長(中身スシ)は、ふと、この日マヤはいったいどのくらいの時間、クロハ会長(中身マヤ)化身をやっているのか、気になった。
「ねえクロハ会長(中身マヤ)、会長化身、今日どのくらいやってる?」
「はっきりしないけど、7、8時間というところかなあ」
「連続でないにせよ、ちょっと長いんじゃない?」
「心配してくれるの? ありがとー」
オロネ書記次長(中身スシ)は、クロハ会長(中身マヤ)に、話をごまかされたような気がした。
もう相当遅くなったので、オロネ書記次長(中身スシ)は学校へ寄らずに、直接マヤの家に送ることにした。
「ふう。あのねクロハ会長(中身マヤ)、今日は公園の土管を通りながらではなくて、大きい男女兼用トイレを使って、ちゃんと化身解除しなよ」
「うん、そうする。それでね、スシくん」
「?」
「今日のスシくん、とっても頼もしかったよ!」
「そうかな?」
「わたし、とってもうれしかったよ! じゃあね! また明日も頑張ろうね!」




