3章の4 ぎゃふん(2)
スシは化身解除してバイクをとばし、次に担当する男子バスケットボール部の試合がある、別の総合体育館に着いた。ここでクロハ会長(中身マヤ)から電話が入った。
「『花(スシ)』、シフトは『雪(カニ書記長)』はキャンセルで、試合の最初から『月(オロネ書記次長)』でスタートして。でも開始時刻は、予定より22分遅れの11時12分でお願い。よろしい?」
「わかった。『宙(クロハ会長(中身マヤ))』も頑張って!」
この総合体育館のトイレは、普通の男女用のほか、大きな男女兼用もあった。スシは会場のエントランスホールで化身開始4分前まで時間調整してから、男女兼用の個室に入り、オロネ書記次長へと化身を始めた。この化身は初めてなので、緊張した。
女子化身という点は同じでも、スシがすでに化身を経験しているクロハ会長とは、やり方の違いも多い。ダークブラウンのニーソックス着用、胸のパッドがクロハ会長より多く必要(マヤ副会長とは同程度)、ウィッグがポニーテールの専用品、デオドラントが柑橘系、などだ。
スシはここでの試合応援を無難に終えたいと思うあまり、勝手に「制服に決めた!」とばかりに、チアリーダーの衣装をしまいこんだ。
なんでも、クロハとマヤは単に付き合いでチアリーダーのコスチュームを着るだけだが、1年後期にも役員をしていたオロネは本当にチアダンスができて、人間の塔の上に別のチアリーダーを投げ上げたり、自分が投げ上げられたりできるらしい。スシは、偉そうにチアリーダーコスチュームを着て彼女に化身すると、ぼろが出かねないと警戒していた。
オロネ書記次長(中身スシ)が男女兼用の個室から出たところへ、ジャージ姿の泥縄第二高校男子バスケットボール部の一行が、声をかけた。
「やあ、オロネさん! おいでいただき光栄です!」
「あ、これは男バス部キャプテンのコキさん。こんにちは」
「ほら見ろ、みんな、深読みや邪推抜きで単刀直入にアンケートを書いたから、オロネさんに来てもらえただろ」
コキに話を振られた部員たちは、んだ、んだ、とうなずいた。
「あのう、男バスさんは、なんでオロネ書記次長(今の中身はスシだけど)に来てほしかったんですか?」
スシは、オロネ書記次長化身が初めてと思えないほど、声色も上手にできていた。
「だって去年の後期から、オロネさんが応援に来た部活は全戦全勝だもの、なあ」
部員たちが、んだ、んだ、とうなずいた。
オロネ書記次長(中身スシ)は、身を固まらせた。
(えーっ。・・・。オロネさんは、はんぱない勝利の女神なのか・・・。でも今日ここにいるオロネ書記次長は本物でないから、男バスが負けてもオレ知らねー)
スシは内心、開き直ってみたが、同時に罪の意識も感じていた。
(偽者でスマン。本物が来ないのは費用と時間をケチっただけだから、より罪深い気もする)
オロネ書記次長(中身スシ)は気を取り直して、使命遂行に努めた。
「あのう、コキさん。オロネ書記次長(中身スシ)は試合の流れには関係なく、いきなり他の会場に回ったり、入れ替わりで他の役員が来ることもあると思いますが、ご了承願います」
オロネ書記次長(中身スシ)は、他の役員へのシフト指令で、外から見て自らがいなくなる事態に備えて先手を打った。
「オロネさんが忙しそうなのは理解しています」
「あと『オロネが制服で応援するのはイヤ』とか言うと、あたしオロネ書記次長(中身スシ)が別の会場に回るのが早くなる場合があります」
「やだなあ。我々は、オロネさんが我々を優先して応援に来てくれたことがうれしいんです。だから、チアリーダーのコスチュームでなくて、制服で応援してもらっていいですよ。チェッ」
男バスからは、チアリーダーのコスチュームの要望が出なかった。というか、オロネ書記次長(中身スシ)が、そうならないように持っていった。オロネ書記次長(中身スシ)はほっと息をつき、男バス部と別れて、制服のままアリーナ観客席へ上がった。
すると、キラに見つかった。
「あっ、オロネ書記次長、こっちこっち」
「うっ」
オロネ書記次長(中身スシ)は一瞬、あとずさりしかけた。しかし、キラに苦手意識があるのはスシ本人であって、オロネにとっては普通のクラスメイトなのだ、と思い直した。
「あっ。キラちゃーん」
オロネ書記次長(中身スシ)は、明るく振舞ってキラの隣の席へ行き、座った。キラは学校新聞のため、デジタル一眼レフを準備して試合の模様を記録しようとしていた。
「キラ思うに、オロネ書記次長も大変ね。何会場か掛け持ちしてるの?」
「うん。でもあたしは、マシなほうかな(他の3人と違って、オレは化身しない素の姿での仕事がないからね)」
「ほらオロネ書記次長、試合始まるよ」
試合開始と同時に、男バス部はボールをキープした。
キラは写真を撮る時に、なぜかオロネ書記次長(中身スシ)に体をぎゅーっと密着させた。
「キ、キラちゃん! キラちゃんったら!」
「あ、ごめんごめん、写真撮るのに夢中になってて」
(夢中になって、これか。うーん、キラさんって、オレが思うより純粋な人なのかなあ?)
試合は、男バス部が押し気味だった。
キラはまた、オロネ書記次長(中身スシ)に体をぎゅーっと密着させてきた。
「キ、キラちゃん! キラちゃんったら!」
「あ、ごめんごめん。もちろん隣が男のコだったら、こんなにくっついたりしないよ?」
(キラさん、オロネ書記次長の中身が男だと知ったら、怒るだろうなあ・・・)
スシにとって、オロネが使う銘柄のデオドラントの香りが、自身を守る頼みのすべだった。
「・・・。ねえ、キラちゃんって、どうしてそこまで、新聞作りを頑張れるの?」
「そうねえ、オロネ書記次長やスシくんが、新聞を見て『ぎゃふん!』と言うのが楽しいからかな?」
「『ぎゃふん!』ねえ。今どき実際そんなこと言う人いるかな?」
そう言うスシだが、1章の3でクロハ会長(中身マヤ)にバイクを力技で止められた時に「ぎゃふん!」と発声している。
男バス部が開始2分ほどで10点リードしたところで、オロネ書記次長(中身スシ)に電話が来た。オロネ書記次長(中身スシ)はこれ幸いと、電話に出つつキラの隣の席を離れ、観客席の裏側の回廊へ歩いた。
「『月(オロネ書記次長(中身スシ))』、そっちの様子はどう?」
「第1クオーター2分で、もう10点リードしたよ」
「じゃあ『月』をよそに回してもよさそうね。『花(スシ)』は『星(マヤ副会長(中身スシ))』へ。化身完了11時40分でお願い。よろしい?」
「えーっ、化身可能場所が遠いので、もう5分もらえない?」
「うーん、辛いけど、わかった。化身完了11時45分でお願い」
「そっちで『宙』を『月』に変える必要が出たの?」
「男バス部は強いから、1回戦から『月』を出すまでもないと思っていたの。希望されたから配置したけど。もう勝ちそうなら『月』はよそに回したい」
スシはシフト変更に伴い、一般生徒の目にさらされる実戦では初めてマヤ副会長に化身することになった。衣装の大荷物を抱えて再び男女兼用の個室に入り、ハタと気づいた。
(うーん、本物のクロハさんには会ったことなかったけど、クロハ会長化身は、マヤさんがやっている化身を参考にできた。オロネ書記次長化身は、普段本物を見ているから、やってみたらわりかしスムーズにできた。でもマヤさんは、会長化身が多くてマヤさん本人としての姿を見る機会が少ない。キャラ研究に差し支える。会長不在を短くしたいという責任感がそうさせるんだろうけど)
スシは、マヤ副会長(中身スシ)の化身に気後れしていた。スシに自覚はなかったが、運動部アンケート集計の際、マヤ副会長(中身スシ)化身をクロハ会長(中身マヤ)に大笑いされたことが影を落としていた。
(まあやるしかないけど。席に戻ると、隣が目ざといキラさんなのは、やっかいだ)
スシは、移動時間を含めて9分でマヤ副会長(中身スシ)化身を完了した。ではそのプロセスをもう一度見てみよう。
女子バレーボール応援のクロハ会長(中身スシ)化身で使用した前髪真ん中分けのウィッグを、マヤの七三分けに修正。ダークブラウンのニーソックスからクロハ/マヤ仕様の白ソックスに穿きかえる。「オロネ書記次長→マヤ副会長」なら胸のサイズにそう違いはないので、調整はしなくてもいい。マヤが使っている銘柄のデオドラントを吹く。香りの重なりがそう気にならない変更パターンなので、前の香りの脱臭は省略。
スシは女子化身に少し慣れたせいか、今日初めて化身したオロネ書記次長よりもスムーズなくらいに、マヤ副会長に化身できた。
(『化身にあと5分くれ』と言ったけど、1分ほど余っちゃった。悪いことした)
マヤ副会長(中身スシ)は、化身完了時刻の11時45分になるのを待ってトイレを出て、観客席のキラの隣に戻った。
キラはチラっとマヤ副会長の方を見たが、すぐ写真撮影を再開した。隣がオロネ書記次長からマヤ副会長に変わったのに何も言わないとは、よっぽど撮影に夢中だったのだろうか。
マヤ副会長(中身スシ)が試合に目をやると、なんと男バス部は逆転されていた。
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、ええっ! どうなってるのでしょう? 10点リードしてたのでは?」
「バスケだから、1回入れると2点とか3点だから、10点くらいはすぐ入る時もあるかもね」
(まずい! オロネ書記次長がいなくなったとたん逆転負けとか、やめて!)
マヤ副会長(中身スシ)は焦って、とりあえず大声で応援した。
「頑張れえ!」
マヤに成り切ったつもりで大声を出してみた。マヤ本人が大声を出すキャラかどうか、考える余裕がなかった。もし男バスが逆転負けしたら、オロネ書記次長をよそへ回す指示を出したマヤが、気にすると思った。
「頑張れえ!」
マヤ副会長(中身スシ)の声が届いたのかどうなのか、男バス部は爆発的な得点力を見せ、見事逆転に成功、そのまま大量リードを築いた。
「キラ思うに、よし、ここはもう大丈夫」
キラは、得点が安全圏に入ったのを確認して、撮影をやめ席を立った。マヤ副会長(中身スシ)が声をかけた。
「キラちゃん、次どこに行きますか?」
「柔道男女かな?」
キラは去った。マヤ副会長(中身スシ)は男バスの勝利を見届け、マヤに定時連絡の電話を入れたが、出ない。立てこんでいる様子が想像された。
化身の秘密を共有する役員は、化身指示の痕跡が残るのを恐れて、メールやSNSを使わない決まりだった。
5分ほどあとにマヤ副会長(中身スシ)に電話が来た。マヤ副会長(中身スシ)としては、マヤ本人は現在オロネ書記次長(中身マヤ)に化身している時間帯と思っていたが、電話の向こうはクロハ会長(中身マヤ)になっていた。
「あれ、『宙(クロハ会長(中身マヤ))』。なんで?」
「こっちが安泰になったんで、別の会場にいるオロネちゃんを本人に戻した。連絡しなくてゴメン。男バス勝った? そう。じゃあ予定通り、『花(スシ)』は男女剣道へ回って。現地で『雪(カニ書記長(中身スシ))』に化身、よろしく!」
男女兼用の個室で化身を解いたスシは、衣類などの荷物を持ってバイクへ向かった。
スシが次に担当する男女剣道は、男女柔道と同じ建物で行われている。男女柔道には午前中ずっとオロネ本人が張り付いたが、よその会場でオロネ書記次長が必要になるたびに、自分は別の役員に化身して「持ち場交代」を演出していた。
オロネは、柔道部男子が団体で明日の準々決勝へ無事進出したので、午後の男女個人戦は勘弁してもらって、他の会場に回ろうとしていた。マヤと相談した結果、市営芝生広場の男子サッカーとなった。
柔道会場から市営芝生広場までは、バスで1時間近くかかる。男子サッカーの試合はもう始まっているが、それでも終了までには間に合うだろうと、オロネは化身道具の大荷物を抱えてバス停留所まで急いだ。
「あら、そこにいるのは、勝利の女神のオロネちゃん!」
キラだった。オロネは空を見上げて人差し指を額に当てた。
(うーん)
オロネは、役員全員の、この日のスタートからこの時点までの、会場担当を思い返した。変更が相次いでいたので、細部には自信がなかった。
「・・・。キラちゃんは、男バスの試合で会ったわよね? 今日会うの2回目ね?」
「うん」
(ほっ。よかった)
「オロネちゃん、ちょっとインタビューいいかしら?」
「急ぐから、あとで電話かメールでお願い・・・あ、あ、バス!」
2人がいるところから100メートルほど向こうを、バスが通過していくのが見えた。
「えーっ! ちょっとちょっと!」
「あー、オロネちゃん。引き止めたくさくてゴメン」
バイクで移動中だったスシのスマホに電話が来て、マヤの番号からと表示された。スシは路肩に止めて電話に出た。
「ああマヤさん、どうしました?」
「スシくんて、電話がマヤからだと妙に丁寧だね?」
「そんなことないです。クロハ会長(中身マヤ)でも同じです、はい」
「また連絡してなくてナンだけど、わたし今『宙(クロハ会長(中身マヤ))』なんだよね」
「なんだ、クロハ会長(中身マヤ)か。どうしたの?」
「やっぱり『宙』だと丁寧じゃないね。ま、いいけど。あのね、『月(オロネ)』が柔道会場でキラちゃんに呼び止められて、バスに乗り遅れて、男子サッカーに向かえなくなったの。あと1時間以上バス来ないんだって。男子サッカーは今、前半終わったところ。スコアレスの同点」
「で、オレに行けと」
「あたり。鋭い。いつも話早くて助かる。スシくんのバイクは、みんなほんと頼りにしてるんだよ。スシくんに行ってもらうはずだった男女剣道は、会場が柔道と同じ建物だから、そのまま『雪(カニ書記長(中身オロネ))』に回ってもらう。スシくん、男子サッカーをお願いね!」
「オロネさんの配置は『最初から柔道から剣道に回る』としておいても、よかったかも」
「うーん。男子サッカーは発言力があるし、1回戦の相手と実力が拮抗しているから、なるべく本物の『月』を回したかった、というのはある」
「じゃあ代打のオレは、責任重大だなあ。でも、そういえばあそこは、化身に使える場所がない」
「先に化身してから向かって!」
「おっと・・・。男子サッカー部は、確かチアリーダーコスチューム希望だったでしょ? とほほ。ところで、オロネ書記次長がバイクを運転するビジュアルって、どうなの?」
「彼女は原付免許を持っているから、よしということに!」
「オレのバイク400ccだから、中型免許がいるけど、よしとなるかなあ?」
「ストッキングの伝線に注意してね」
「パンストを穿くのは今日が初めてで、どう注意していいのか見当つかないけど、わかった」
スシは近くの大型商業施設の男女兼用トイレを借りた。チアリーダーコスチュームも2度目だけあって、素早く化身できた。コスチュームの上に女子制服の上着をはおってトイレを出た。
オロネ書記次長(中身スシ)は大荷物をバイクのシート後部にくくりつけ、市営芝生広場を目指した。しかし上着をはおっているとはいえ、チアリーダーコスチュームの短いスカートは、なにせ派手。通行人や車の運転者(特にオヤヂ)の、必要以上に熱い視線が突き刺さった。ヘルメットがフルフェイスなのが、顔を隠したいオロネ書記次長(中身スシ)には良かった。
オロネ書記次長(中身スシ)は同性のネットリした視線が気色悪いというよりも、何か申し訳ない気持ちにさせられた。自分が逆の立場で「いいオンナがミニスカでバイク転がしとる。ええのう」と喜んだあとに男とわかれば「ぶちくらわすどう!」とキレるのは確実だからだ。
本物のオロネは原付免許しか持っていないので、現状では400ccのバイクで人車一体の美しいフォームを披露することはできない。オロネ書記次長(中身スシ)はある意味、本人以上のカッコ良さを世間に見せつけてしまえていた。




