3章の2 本物のマヤだったら、そんなふうに考えない
スシが机の上にある複数のアンケート用紙に目をやると、カニには男子部の票もかなり入っている。どういうことなのであろう?
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、やっぱりオロネちゃん、人気高い」
「マヤ副会長(中身スシ)だけど、意外とカニくんも人気」
「オロネとしては、これだけの需要は、本物のあたしだけでは到底賄えないね」
「カニだけど、それはそうだろう」
「マヤ副会長(中身スシ)から提案。今回は特別に、各地で複数のオロネ書記次長が活動するというのはどうでしょう?」
「クロハ会長(中身マヤ)です。それは危ないからやめましょ。複数の会場で目撃されて、同時刻にSNS投稿とかされるとやっかいだし。確かに、人気の高いオロネちゃんには、できるだけ多くの試合に回ってもらいたい。でも、そうすると移動時間が長くなってしまうし、交通費もかさむ」
「みみっちい話ですねえ」
「オロネとしては、マヤ副会長の化身が、本物のマヤちゃんならまず言わない『みみっちい』というセリフをしゃべるのは面白い」
「気を付けます」
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、みみっちいのはその通り。でも生徒会予算は現実に赤字なわけで、執行部の活動費にも当然制約がある。オロネちゃん本人を遠くまで動かさなくても、最初から現地を担当している役員が化身して済ませられれば、見た目はオロネ書記次長(中身複数)があちこち飛び回っているようになる」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、えー、本人をよそに置いたまま、化身の代行でその場をしのぐなんて、本人が来たと思って頑張った人たちに悪くないでしょうか。あ、マヤさん本人は『えー』とか言わないので、今のセリフ反省」
「オロネだけど、クロハ会長(中身マヤ)もマヤちゃんも、オロネと同じチアリーダーのミニスカコスチューム着て応援するわけだし、ありがたみは変わらない。本物のオロネが行かないからといって、悪く思う必要ない。オロネが行けないお詫びとして、そっくりな身代わりを行かせるという、かえって美しい心と言えなくもない」
「カニとしては、その内情は決して、生徒に明かせないのが辛いとこだけど」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、チアリーダーのミニスカコスチュームって初耳です。なんですか、それ」
「あたしオロネは1年生の後期も役員だったから、コスチューム着て秋季大会の応援やったのね」
「え、ああいう恰好は、チアリーダー部とかダンス部がやるのではないですか?」
「泥縄第二高校では、どっちの部も、だいぶ前につぶれたのね。チアリーダーのコスチュームは仕方なく、生徒会執行部の備品として伝えられ、今それを着るのは『生徒会役員』の仕事なの。『生徒会役員女子』の仕事とは、あえて言わないけど」
「理不尽な話ですね。する人がいないと、なんでも役員がしないといけないんでしょうか?」
「・・・」
マヤ副会長(中身スシ)がクロハ会長(中身マヤ)の方を見ると、顔のあちこちをひくひくさせ、笑いを必死にこらえている様子だった。
「クロハ会長(中身マヤ)?」
マヤ副会長(中身スシ)の呼びかけがダメ押しとなり、クロハ会長(中身マヤ)は本当に噴きだした。
「あはははっ! ひいひい!」
「クロハ会長(中身マヤ)、どうしました?」
「あっはっは! いやー、我慢したけど傑作すぎてだめだ! 笑ってしまう! スシくん、マヤってそんなかなあ?」
「?」
「あっはっは!」
「クロハ会長(中身マヤ)、ひょっとして、わたしマヤ副会長(中身スシ)が一生懸命化身をしているのが、ご自身にとっては、爆笑モノだったと?」
「ひいひい、ご、ごめん、ごめんねえ。あっはっは。そういうわけじゃないんだけど!」
マヤ副会長(中身スシ)は、すかさず視線を落とし、憂いの表情を見せた。
「カニは思うけど、うーん、スシくんの、マヤ副会長(中身スシ)化身って、」
「はい?」
「本物よりも艶っぽいんじゃないかなあ? 今のその憂いの表情とか。スシくんの化身を見て笑ってしまうのは、マヤちゃんが本人だからであって、ボクらは逆に、スシくんの化身の研究ぶりに感心するんだけど。でもまあ、スシくんの『マヤさんはこうあってほしい』という願望が、多少強めに混じっている気もするかな」
「オロネとしては、スシくんのオロネ書記次長(中身スシ)化身デビューが楽しみになってきたよ! 何ならあとで、練習であたしと入れ替わってみようか?」
カニとオロネに化身を良く言われて、マヤ副会長(中身スシ)はうれしくなった。
「中断あったけど、オロネが続けるね。生徒会執行部がチアリーダーコスチュームを着始めたのは、去年の前期。あたしは去年の後期に初めて役員になったから、その1期前ね。着る羽目になった理由は、学校側から『野球部が甲子園に出た時に困る』と言われたから。そのときの役員は、ダンスもちゃんと練習したけど、野球部は、県大会でけろっと負けた。あたしが去年の後期に試合応援やってみての実感だと、チアダンスやったからといって、それだけで選手が奮い立つかは微妙。むしろ、一生懸命声援に専念したほうが、効果あるんじゃないかとも思う。だからマヤちゃんとは、前期執行部はダンスの練習はしないで、ただコスチュームだけ着るで意思統一している。そんなわけで、チアリーダー衣装については、スシくんに単なるコスプレだと言われても否定しない。そもそも今回、後期生徒会長選挙につなげる目的がなかったら、衣装も着ない」
「マヤ副会長(中身スシ)ですけど、みんながチアリーダーの恰好しなければならないのは、スシが生徒総会の段取りを間違えたことも関係しているんでしょうか?」
「オロネだけど、それは直接関係ないから、気にしなくていいよ」
「クロハ会長(中身マヤ)も思うけど、ほんと、そういうことはないから」
「マヤ副会長(中身スシ)が今までの話を総合すると、スシが化身する女子キャラもチアリーダーのコスチュームを着るんでしょうか?」
「クロハ会長(中身マヤ)としては、話早くて助かる。スシくんのそういうとこ、いいと思う」
「今はスシでなく、マヤ副会長(中身スシ)ですけども。オロネちゃん本人が、会場を行き来しないで間に合わせるということは、他の人がオロネちゃんに化身している間、逆にオロネちゃんはカニ書記長(中身オロネ)とかに化身しないといけないわけでしょう? オロネちゃんが応援しているチームには、実際はオロネちゃんが現地に残っているのに『カニ書記長が来て、オロネさんはいなくなった』と受け止められる。オロネちゃんの仲間として、悔しいというか、もったいないというか」
「クロハ会長(中身マヤ)から。スシくん、本物のマヤだったら、そんなふうに考えない。スシくん、原則にもあるように、本人と化身は等価値だよ? 化身が試合会場へ行くのは、本人が行くのと同じ。それはそういうものとして、やっていかないと」
マヤ副会長(中身スシ)は「本人と化身は等価値というけれど、それは化身をする側だけに都合のいい理屈ではないか」と、少し思った。しかしクロハ会長(中身マヤ)を始めとする役員が、そういう理屈を押し通そうとするのも理解できた。何よりスシにとって生徒総会の挽回の機会になりそうなのは、純粋にうれしかった。
「クロハ会長(中身マヤ)から。このアンケートを基に、各運動部が希望する役員の配置と化身の切り替え時刻をどうするか、データに強いカニくんに、タイムテーブル(時間割)を作ってもらうわ」
「マヤ副会長(中身スシ)ですが、やっぱりカニくんはデータ通なんですね。カニくん、『柔道マンガでよく使われる技』のあと、何か調査したものはありますか?」
カニは待ってましたとばかりに、どや顔で語りだした。
「調査報告。マンガで『メガネ女子』が『じゃない女子』と異性を争ったケースでは、メガネ女子が6勝11敗」
「うわー、世間話振ったつもりが、ほんとにデータ出してきやがりましたね」
「ラブコメも多様化して、メガネ女子が異性を争う強力なライバルというのも珍しくなくなったけど、では、じゃない女子に打ち勝って結ばれるかというと、まだ劣勢というか」
マヤ副会長(中身スシ)は、カニが持っていた調査結果の説明用資料を勝手に奪った。マヤ副会長化身なのに、やり口は完全にスシの地だ。
「パラパラ。どれどれ。・・・。調査対象のマンガは13本。少なくないですか?」
「調査サンプルの数として、少ないとは思わないよ」
「何これ。劇中で変装した時にメガネをかけただけの女子まで、メガネ女子としてカウントしてるんですか? そうしないとメガネ女子の勝率が悪くなりすぎるからですか?」
「何をもってメガネ女子とするか機械的に判定するためには、劇中に1回でもメガネをかけていればカウントするしかないでしょう? メガネ女子だって普通に生活していれば、入浴や就寝時には外すんだから」
「何それ、屁理屈くさい。・・・。それでカニくん、一体全体これは誰得なデータなんでしょうか?」
傍らでは「化身のためフェイクの度なしメガネをかけているが、自身はコンタクト」という複雑なポジションのクロハ会長(中身マヤ)が、困惑した表情をしていた。
カニは、マヤ副会長(中身スシ)の疑問に答えるべく長思考に入ったが、行き詰まって苦悶の表情を浮かべた。
「まあまあマヤ副会長(中身スシ)、ここはオロネに免じて、次に行こう?」
「カニくん調査のコーナー、ひとまずここらへんで。カニくんありがとうございました。わたしクロハ会長(中身マヤ)がMC再開します。今回の作戦では、公共交通機関はダイヤ間隔、運賃などの制約が大きくて、試合会場をいざ移動するとなると、頼れない部分もある。だから、スシくんのバイクが我々生徒会執行部の切り札だと思っているの。スシくんはその分、当日は他の役員より移動距離が長くなるけど、お願いね」
「はい・・・」
やけに淡白な受け答えをしたマヤ副会長(中身スシ)だった。それは、本当はここでもマヤ本人から声をかけてもらいたかったからに他ならない。しかし視界にマヤ副会長(中身誰か)の姿はない。
(あ、そうか。オレが今、マヤ副会長(中身スシ)なんだ。化身は本人の代わりに行動しなくちゃならないんだ。と、いうことは!)
マヤ副会長(中身スシ)は衝動にかられて、セリフを口走った。
「スシくん、お願いします。はい!」
「スシくん、お願いします」までがマヤの声色、「はい!」がスシの地声。
沈黙が、場を包んだ。
マヤ副会長(中身スシ)は、心のままに突っ走ったはいいが「しでかした感」が強く、脂汗が流れ落ちた。自責の念にかられ、あったばかりの過去を消したくなった。
あまりの出来事に、クロハ会長(中身マヤ)、カニ、オロネは3人が3人とも、うっかり自分から「コイツどうするべえ」と切り出してしまわないように、気を張った。
その後もしばらく続いた沈黙を破ったのは、やはりMCのクロハ会長(中身マヤ)だった。
「あの、その、クロハ会長(中身マヤ)から。スシくんがマヤ副会長(中身スシ)に化身しても、一定部分は大丈夫そうなのはわかったから、もう化身解除してもらっていいかな?」
「?」
「頼むよ。・・・。いいでしょ?」
「??」
「頼むよ。・・・。だめ?」
「???」
「もう! スシくん見てると、こっちがウーッて身悶えしそうなんだってば! わかれよ!」
マヤ副会長への化身を渋っていたわりに、実際やってみたらノリノリのスシに、クロハ会長(中身マヤ)が先に音を上げた。マヤ副会長(中身スシ)は返す言葉もなく、寂しそうに別区画秘密化身室にこもった。自分一人でスシへと化身解除したので、通常より長い、5分ほどを要して出てきた。
「スシくん、あたしオロネの老婆心からだけど、女物の下着って持ってる?」
「持ってるわけないでしょ、変態や犯罪者じゃあるまいし」
クロハ会長(中身マヤ)は、スシの受け答えに、安堵の表情を浮かべた。今のオロネの問いに、マヤ副会長(中身スシ)に化身したままで受け答えをされていたら、クロハ会長(中身マヤ)が頭をかきむしりたくなったのは必至だ。
「オロネから説明するとね、うーん、うちのチアリーダーのコスチュームはね、パンスト穿くのが基本なのね」
スシではなく、クロハ会長(中身マヤ)の顔が青ざめた。
「じゃあオレ、スシがパンスト穿けばいいの?」
スシは、パンストを軽く考えていた。
「スシくん。実はね、トランクスの上からパンスト穿こうとしても、うまくいかないのね」
「なんでそんなことがわかるの?」
なぜかカニが咳払いをした。
「あ、カニくんで試したのか。・・・。それなら、下着なしでパンストだけ穿けばいいんじゃないの? もしくはパンストとアンダースコート」
クロハ会長(中身マヤ)が慌てて口を挟んだ。
「ちょっと! スシくん本人が素肌に、直にパンスト穿くのはともかく、クロハやオロネちゃんの化身がパンスト直穿きって、どうなのかな! 本人の名誉のために、そういうのやめようよ!」
スシは「え、じゃあパンスト直穿きはマヤ副会長(中身スシ)に化身する時ならいいの?」と思ったが、口には出さなかった。
クロハ会長(中身マヤ)の発言は、クロハ会長(中身マヤ)というより素のマヤの本音が出ていたように、スシには感じられた。
「ここでオロネから。じゃあさ、スシくん、あたしが手持ちを貸すから。かわいいやつが好きとかあったら、選んで」
クロハ会長(中身マヤ)が、さらに血相を変えた。
「ええっ! それは・・・。役員女子と男子で下着の貸し借りとか、オロネちゃんに、そこまでさせるわけにはいかないでしょ! クロハ会長(中身マヤ)が、というよりマヤが、ちゃんと用意するから。スシくんに使ってもらった後は、スシくん専用の化身用備品にするということで、いいかな?」
「オレとしては、なんでもいいけど・・・。でも、いいの? クロハ会長(中身マヤ)?」
「いいわよ!」
(オロネさんに下着を用意させるわけにいかなくても、マヤさんが自分で用意するならいいの? それは責任感? ああ、そうか、マヤさんが用意するのは新品だから?)
使用後はスシ専用の備品にするとはいえ、マヤが直々《じきじき》に女物の下着をくれる。4月生まれのスシは、少し遅れた誕生日プレゼントに、すごいの来たなと思った。でも誰かに自慢しようにも秘密だし、そもそも化身自体秘密だし、と冷や汗をかいた。
スシはオロネの方をふと見て、先ほどのオロネの言葉を思い出した。
(そういえばオロネさんは、服が小さいと言っていた。小さいのは、つぶれたチアリーダー部から引き継がれているコスチュームだから、自分のサイズに合っていないということか・・・)
スシは、ナイスバディのオロネが、ぱつぱつのコスチュームを着せられている図を想像して、数秒の間感動に打ち震えた。
「クロハ会長(中身マヤ)だけど、スシくんどうした?」




