2章の6 生徒総会終わる
クロハ会長(中身スシ)は「オレ、クロハさんがどういう人か知らずに化身した割には、結構美人にできたんじゃないか」とか、余計なことを考えだした。気分は勝手に高揚してきて、自分の力に頼って総会をまとめようとした。
マヤ、カニ書記長(中身オロネ)、オロネ書記次長(中身カニ)はそろって、ハラハラした表情でステージ上を見つめた。
クロハ会長(中身スシ)は、余裕たっぷりに総会進行用原稿に目を落とした。原稿の最後には「そこから後は資料冊子を見ながら、流れでよろしく」と書いてあった。
(なんだよカニくん、最後は「流れで」とか、割とテキトーだな。いいけど)
クロハ会長(中身スシ)は、これまた余裕たっぷりに冊子のページをめくろうとした。
(あれ?)
クロハ会長(中身スシ)がページをめくったら演台の天板が見えた。めくったページが最後だったのだ。
(あれ、ページってこれで最後だっけ? ・・・。いや、そんなことない!)
前日にスシとして綴じ込み作業を手伝ったクロハ会長(中身スシ)であるから、演台に準備されていた資料冊子の最後の1ページが抜け落ちていることに気づいた。
最後のページがないと、全校生徒に対して議案を説明するのに支障が出る。
ただでさえ予算案の議決に関して、自分たちの納得いかない決定がなされないかと敵愾心を隠さない生徒たちである。このままでは丸腰で荒海に挑むようなものだ。
(あっ!)
クロハ会長(中身スシ)の脳裏に、前日の資料冊子綴じ込みの光景がよぎった。
クロハ会長(中身マヤ)はスシめがけてページを投げた。スシもお返しにクロハ会長(中身マヤ)に投げた。クロハ会長(中身マヤ)の方は、投げてしまって手元からなくなったページと同じのをスシが投げてよこしたので、手持ちのほかのページと合わせて綴じ込み、1部を作った、まではわかる。
では、スシの額に当たったページの方を、スシはどこへやってしまったのか。スシには記憶がなかった。
自分はそのページが足りないまま冊子を綴じたのか。よりによって、その1冊が、役員誰かの手によってこの演台の上に準備されてしまったというのか。
(生徒全員分の数を作った資料冊子、そのうちたった1冊しかない1ページ足りないやつが、コレなわけ? ツキなさすぎだろ!)
クロハ会長(中身スシ)はおののいた。でも遅すぎた。脂汗が流れた。
クロハだったら、あるいは誰かが化身したクロハ会長(中身誰か)だったら、ここで脂汗は流さないだろうし、そもそも脂汗を流すような状況を避ける手腕があるだろう。
クロハ会長(中身スシ)は、原則からすれば、これと同じ状況に追い込まれた際のクロハ本人と同じリアクションをしなくてはいけないのだが、どうやっていいか、全く見当がつかなかった。
クロハ会長(中身スシ)の発言が途絶えて30秒あまり。生徒の視線はきつさを増し、「部活の予算削減は認めない」「もうかなり長く総会をやっている、もう終わろう」という情念が渦巻いていた。クロハ会長(中身スシ)は、酸素の足りない金魚みたいに口をパクパクさせたが、状況は変わらなかった。
ステージ下のマヤとカニ書記長(中身オロネ)は、クロハ会長(中身スシ)の身に何が起きているのかわからず、ただ動揺するばかりだった。
クロハ会長(中身スシ)は1分以上、脂汗を流し続けた。
「え、ええっと・・・おお・・・」
スシはようやく言葉をしゃべった。沈黙を破る発声ではあったが、言葉に内容がなく、また生徒たちから激しいブーイングが浴びせられた。
マヤがクロハ会長(中身スシ)を救うべく、席を立ってステージに向かいかけた。それがクロハ会長(中身スシ)の目に入った。
救いが来ると安心して、クロハ会長(中身スシ)は一気に緩んでしまった。
自分でも予期しない言葉が、口を突いて出た。
「えー。総会も最後です。最後ですので、こういう時は採決をしましょう。ほら、世間的には採決をするものと決まってますよね。予算案に賛成の方は挙手をお願いします」
生徒は、「あーこれで総会も終わる、終わる」とばかりに一斉に手を上げた。
クロハ会長(中身スシ)を導こうとステージに向かったマヤだったが、間に合わなかった。
マヤは道の途中でバッタリ倒れた。
「クロハ会長(中身スシ)が見たところ、賛成多数のようですね。採決は賛成多数でした。めでたしめでたし。ありがとうございました」
クロハ会長(中身スシ)は、ここまで言ってやっと、マヤが床に倒れ、カニ書記長(中身オロネ)のみならずオロネ書記次長(中身カニ)も泡を噴いているのに気づいた。
採決などの議事を仕切るのはマヤかマヤ副会長(中身誰か)という段取りは、クロハ会長(中身スシ)も重々承知していた。事態打開が何事にも優先すると、クロハ会長(中身スシ)なりに考えた結果だったのだが・・・
それまで意気揚々としていたクロハ会長(中身スシ)だが、役員の様子を見て「何事だろう」と思いつつ、そろそろとステージから降りた。
本来の進行役だったマヤが倒れたままなので、オロネ書記次長(中身カニ)が代わってマイクに向かった。
「い、以上でせ、生徒総会を、お、終わります」
声は裏返り、顔は引きつっていた。
生徒はぞろぞろと体育館から出て行った。
静寂が訪れた。
生徒がいなくなった体育館で、マヤ、カニ書記長(中身オロネ)、オロネ書記次長(中身カニ)がクロハ会長(中身スシ)を取り囲んだ。「とにかく終わった」とホッとしているクロハ会長(中身スシ)に、マヤが言った。
「クロハ会長(中身スシ)、ご苦労さまでした。本当にありがとうございます」
「いやいや、どうも」
クロハ会長(中身スシ)は、マヤに喜んでもらえて、役に立つことができたと思えて、うれしさがこみ上げた。
「オロネ書記次長(中身カニ)思うに、クロハ会長(中身スシ)の化身、初めてとは思えないくらいだった。生徒に気づく隙を与えなかった。ほんと成功、成功だよ。ははは・・・」
「ほんと。カニ書記長(中身オロネ)が思った通り、スシくんの化身は通用したね。ははは・・・」
クロハ会長(中身スシ)は、オロネ書記次長(中身カニ)とカニ書記長(中身オロネ)がふたりとも、目が泳ぎ、セリフは化身に関することに限定され、「ははは・・・」という力ない笑いで締められていたのに気づいた。自分に対するぎこちない態度を感じはしたが、スシ自身は、ミッション成功をほめられてうれしい気持ちの方が大きかった。
この日はこのまま放課なので、役員(シークレット含む)は2年1組に戻る必要はない。クロハ会長(中身スシ)は、自分の制服を脱ぎ散らかしたままのステージ下秘密化身室に戻って、化身解除した。男女の制服を交換し合うオロネ書記次長(中身カニ)とカニ書記長(中身オロネ)は、生徒会室別区画で化身解除をすることにして、マヤと一緒にその場を離れた。
生徒会室では全員、生徒総会の疲れでグッタリしていた。部外者も来そうになかったので、スシも誰にも化身せず、そのままでいた。
「スシくん」
クロハ会長(中身マヤ)がスシに声をかけた。
「あれ、さっきまでマヤさんだったのに、なぜかまたクロハ会長(中身マヤ)に戻っている。クロハ会長(中身マヤ)、オレに何か用?」
「今日さ、わたしを家までバイクで送ってくれない?」
「えー」
「だめ?」
「というか、化身している人は、どっちの家に送ればいいの? クロハさんの実家? それともマヤさんち?」
「もちろんマヤの家でいいよ」
「じゃあ送って行くよ。って、マヤさんの家がどこにあるか知らないけど」
「学校からだと、スシくんの家への通り道だと思うよ」
下校時刻になり、全員生徒会室を出て、クロハ会長(中身マヤ)が部屋の鍵を閉めた。
カニとオロネは先に家路に就いた。
クロハ会長(中身マヤ)は備品のヘルメットを持ち、スシと一緒にバイクがある自転車置き場に歩いた。
「なんでまたクロハ会長(中身マヤ)に戻ってるの? ホックがはまらないブラは大丈夫?」
「生徒総会の時は、体育館ステージ下秘密化身室にスペアのブラがなくて困ったけど、今は生徒会室別区画にあったのを使ってるから」
「そうなんだ。いろいろ大変なんだね」
スシは自転車置き場からバイクを押していき、校門を出たあたりで後ろにクロハ会長(中身マヤ)を乗せ、走り出した。スシは、わざわざ小さいブラで胸を締め付けているクロハ会長(中身マヤ)の苦労を思いつつも、少しだけ「どうせならマヤさんのまま乗ってくれればいいのに」と思った。「マヤさんを背中に感じていたい」とか思わないのは、まだいいが。
「スシくん、今、マヤのまま後ろに乗ってくれたら、って期待しなかった?」
「えー。クロハ会長(中身マヤ)、そんなことないよう」
「ところで、生徒総会だけどさ」
「うんうん」
「スシくん、すごく良くできてたんだけど」
「うんうん」
「最後、ちょっとしでかしたね」
「え?」
「ほら、予定の段取りでは総会の最後の採決は、予算案についてではなくて、予算案採決先送りについてでしょ?」
「え、えーっ。そう言われれば」
「スシくんがキラちゃんに迫られて、カニ書記長(中身スシ)化身で予算案の扱いの説明をしたよね。その説明通りに、総会の最後で予算案の採決先送りの件を持ち出して、処理してくれたら、ばんばんざいだったね」
スシの脳裏に、前日の綴じ込み作業で自分が投げた、資料冊子の最後の1ページの内容がフラッシュバックした。そこには、執行部が予算案採決先送り議案を出すとまでは書かれてはいないものの、何かしら執行部提案の議案が出ると、読みにくい小さい字で示されていた。
スシは尋常でないほど追い詰められ、どうにか議事を進めなくてはと思うあまり、最後の一番重要な議事をすっ飛ばし、予定と違う採決をし、予算を赤字のまま成立させてしまったわけだ。
スシはバイクを走らせながらへこんだ。クロハ会長(中身マヤ)がポンと肩をたたいた。
「赤字予算でも、もう成立しちゃったからそれでやっていくしかない。うっかり成立させるっていうのも、あんまりないけど、まあしょうがない」
スシはまたへこんだ。
「クロハ会長(中身マヤ)、ごめんね・・・。でもこれからどうしよう?」
クロハ会長(中身マヤ)が、またスシの肩をポンとたたいた。
「成立したから、もう各部に頭を下げて予算削減のお願いをすることはできなくなったわね。まあ元々そうする気は、あんまりなかったけどね。でもほら、わたし思うんだけど、夏に何か大きな臨時収入があるんじゃないかと」
「それは期待?」
「希望的観測か、それ以上」
「年度末の3月まで待っても臨時収入がなかったら?」
「そのときは秘密裏に弁済ね。本来そうするべきなのかもしれないわね」
「ほんとごめん・・・」
「気にしないでよスシくん。わたしは今日うれしかったよ! エスケープ設定の生徒がちゃんとマヤを救ってくれて。それに比べたら赤字予算成立なんて大したことないよ」
「ところでクロハ会長(中身マヤ)、さっきマヤさんだった時には、この話をしなかったでしょ? みんながいないところでクロハ会長(中身マヤ)の姿で言うのは、気を遣ってくれたの?」
「いや、マヤは、はっきりモノを言わないヤツだから、クロハ会長(中身マヤ)化身で言おうと思っただけ」
「なんだ」
「あ、そこの公園からマヤの家は近いのよ。そこで降ろしてほしいな。化身解除して帰るし」
スシは言われたとおりにバイクを止めた。
「あ、クロハ会長(中身マヤ)」
「なに?」
「このあと化身解除するんだよね?」
「うん」
「だったら、別れ際にオレ、もう1回マヤさんに会いたいんだけど」
「ヘンなことを言うヤツだな。うん。ま、いいよ」
クロハ会長(中身マヤ)は、他に誰もいない黄昏の公園で、大きな土管を通り抜ける間に化身解除した。所要15秒ほどというのは、シャツを脱ぎ着しないバージョンだ。
「スシくん。お待たせしました」
「マヤさん。別れ際にまた会えて、うれしいです」
「スシくん、今日は本当にありがとうございました。スシくんも困ったことがあったら、なんでもマヤに言ってくださいね。マヤ本人か、クロハ会長(中身マヤ)がなんとかしますので」
「なるべくマヤさんがクロハ会長(中身マヤ)でない時に言いたいかも・・・」
「えっ、よく聞こえませんでした」
「いえ、なんでもないです。じゃあ失礼しますね」
スシはバイクに跨り、その場を後にした。マヤは、スシが見えなくなるまで手を振っていた。
「・・・」
スシはひとりでバイクを走らせながら、首をひねっていた。
「やっぱりオレってば、マヤさん相手だと口調が丁寧だな。クロハ会長(中身マヤ)も同じ人なんだが、クロハ会長(中身マヤ)相手だとオレの口調もぞんざいになる。それぞれの口調に合わせてしまうのかな。あるいはオレの体が、マヤさんとクロハ会長(中身マヤ)を別人と扱うようにできているのかな?」




